第34話 さっきのマーナ

 目に飛び込んできたのは、ずらりと並ぶ9の文字。表示されうる全ての数字が9で埋めつくされていた。

 私が驚く隣で、カトレアが声を上げる。


「な、なによあれ……?」

「なっ……こっ、これは、一体どうなっている? 数値が……だ、ダメだ! もう完全に故障だ!」


 ラパンはそう吐き捨てながら、地団駄を踏み始めた。もはや敵意を隠すことなく、恨めしげにアリスを睨みつけた。

 

「アリス殿! まさか、魔物が現れたどさくさにまぎれて、数値をごまかそうとなにか妙な細工をしたのでは!? それに先ほどの剣の扱いといい……そのはずみで故障した可能性も十分にありうる。これは勇者といえど、処罰の対象になりますぞ!」


 わめきながらラパンが近づいてくる。

 剣を放り投げたのは事実だけど、細工がどうたらはかなり因縁じみている。

 対するアリスはというと、さっと私の背後に隠れて縮こまった。

 いやいや、そんな風に人を盾にされても困るんですけど……。

 

「……アリス、どんな手を使ったのか知らないけど、もういいでしょう。そうまでして勇者になったところで、後々つらいだけよ?」


 カトレアも諭しモードに入っていた。

 ただそうなるのも無理はない。あのケタ外れの数値は、まともに測定されたものとはとうてい思えないし、実際アリスは疑わしい。


 どうしてアリスはそこまで勇者にこだわるんだろう。

 両親の話になると、急に真面目になるのを見るに、やはり名を汚したくない、という考えがあるのかもしれないけども……。

 

 ここはさっさとごめんなさいして、こんな茶番は終わりにしたほうがいいと思う。

 こうして顔を真っ赤にしているおじさんを目の前にすると、余計にそう思える。

 ここで国宝を壊しただのなんだの、因縁をつけられるのはまずい。私は目の前でハッスルしているおじさんに提案する。

 

「あの、剣が本当に壊れたのかどうか、もう一回カトレアがやってみればいいんじゃないですか?」

「はっ、なにを馬鹿な! あんなもの、故障以外の何者でもあるまい! マーナの分際でなにを偉そうに……いや元はと言えばお前だ! 魔力がゼロと言う段階ですでにおかしかった!」

「ってことは、その時から壊れてて、アリスは関係ないってこと?」

「……んん? それは…………? じゃあ、お前が壊したと言うんだな!? 認めるんだな!? 重罪だぞ!」

 

 ……ダメだこりゃ。話を聞く耳もない。

 マーナってなると、やっぱりこういう扱いなんだ。

 

 私が辟易していると、とつぜん試験場の扉が勢いよく開かれた。すぐに怒声が響き渡る。


「おいどうなってんだよ、ふざけんなよオヤジ! 貸切にしとけっつったろ!」


 聞き覚えのある声だった。嫌な予感を抱きながら振り向く。

 開け放たれた扉の前に立っていたのは、なんと昨日のあのクズ勇者――ライナスだった。


 ……げっ、息子ってアイツのことだったのか。

 まさにこの親にして、この子ありというやつだ。


 またなにか嫌味を言われるかと思いきや、ライナスはわき目も振らず、大股に父であるラパンに詰め寄っていく。


「マジでなにやってんだよオイ! 伝えてあっただろ!」

 

 何やらすっかり血相を変えている。焦っているようだった。昨日の余裕めいた軽薄そうな雰囲気は微塵もない。 

 いきなり怒鳴りつけられ、怒り心頭だったはずのラパンは人が変わったように弁解をはじめた。


「お、落ち着けライナス。それはわかっとるが、いや、な? ほれ、珍しいお客さんが……」


 ちら、とラパンがアイコンタクトを送る。ライナスが視線を追う。そこで初めて私たちに気づいたようだ。


「イリスと、カトレア……? アリスも? なんでここに……」

「そうそう、せっかくアリス殿がいらっしゃってだな、いまちょうど魔力の測定を……」

「いやいいんだよ、今はそんなことどうだって! いいから早く、剣の準備だよ!」


 息子の反応が意外だったのか、ラパンは面食らった顔をしている。おそらく一緒になってねちねちアリスを責めようとしていたのだろう。


 しかしライナスはそれどころではないようだった。ぼさっとしているラパンを放って、自ら準備をしようと剣の台座に近づこうとする。だが表示されているカウンターの数値に気づくなり、すぐさま声を荒げた。


「はっ? なんだよあの数値、ぶっ壊れてるじゃねーか! おい、どうなってんだよオヤジ!」

「い、いや、それがおかしくてだな、ゼロだったかと思えば数字が振り切れたりとな、どうも故障したようで……」

「故障!? ふっざけんなどうすんだよ、デュリオさんたち来てんだぞ!! あークソッ、なんなんだよ!」


 ライナスは頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。なぜか相当焦っている様子。

 あれ誰? という顔をしてくるアリスをよそに、二人のやりとりを眺めていたカトレアがライナスに声をかける。

 

「ずいぶんピンピンしているようね、昨日の傷はもういいのかしら」

「ああ、おかげさまでな! てかこっちはオマエの相手なんかしてる場合じゃねーんだよ! いいからさっさと出てってくれよ!」

「私達も無理やりお願いしたようなものだから、悪いとは思うけども……。なにをそんなに慌てているの?」

「天使騎士(エンジェルナイト)になったデュリオさんが、今から測定すんだよ! もうそこで待ってんだぞ!」

「エンジェルナイト……? なに? それは?」


 カトレアが首をかしげていると、入り口から言い争う声が聞こえてきた。


「ですからそれは私の一存では……」

「うるせえなてめぇ、しつこいんだよ!」

 

 先ほどラパンに追い出された兵士が、何者かともめているようだ。

 その相手にも見覚えがあった。あれはついさっき城下町で一騒動あった、オルガという勇者だ。


「うるせえっつってんだろがぁ!」


 オルガはいきなり兵士の胸倉をつかむと、顔面を殴りつけた。吹き飛んだ兵士は地面に倒れる。


「あれれ~? なんか人いっぱいいるじゃん。なんなの~~?」


 倒れた兵士の上をまたいで、さらにもう一人現れた。派手派手な魔法少女のような格好をした女の子だ。

 現れるなり不機嫌そうに小さな口を尖らせる。


「ちょっとぉ新人クン、どーいうこと? 貸切りにできますって言ってたくせに~」


 またどこかで見たような、と思ったら、城下で男達に囲まれていた少女だ。たしか、彼女がレミィと呼ばれていた子だったか。 

 ライナスはカトレアを押しのけると、身を低くして二人に擦り寄っていく。

 

「ち、違うんすよ、ちょっとした手違いで……。てか、なんか試しの剣が故障したとかって言ってて」

「はあ? バカ言うなよ、故障なんてしてたら一大事じゃねえかよ。おいおいライナス君さぁ、あんまふざけたこと抜かしてっとシメちまうぞ? さっきのマーナみてえによ」

「きゃ~オルガキビし~。でもさっきのマーナ、マジウケたよね~、堪忍してぇそれ破かれたら金がもらえんのや~って! キャハハハ!!」

「は、ははは……、い、いや~お二人とも、マーナにはマジ容赦ないっすよね。でもあいつ、あのままほったらかしにしちゃって……もしかすると、し、死んだんじゃないっすか?」

「は? 当たり前だろ? あいつらには存在価値がねえからな」


 声からして耳障りな会話だ。

 耳にしたくもなかったが、嫌でも聞こえてくる。その中に、心当たりのあるワードがひっかかった。


 ――さっきのマーナ……?

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勇者アリスと不思議の国 ~念願の金髪碧眼美少女に転生したと思ったら謎の魔法兵器だった件~ 荒三水 @aresanzui

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