第5話 旅立ち

 ブレシア王国の南西に位置するサウレス砦。

 国境に沿うように広がる山脈の間を塞ぐように建設された砦の防壁の上。

 青い空の下にブレシア王国の元第四王女、アンジェリカの高笑いが響いていた。


「アッハッハッハ! さあどうしたのかしら! そんなことではわたくしは止められなくってよ!」


 砦を突破するために、崖を壁に見立てて防壁まで蹴りあがってきたアンジェリカが駆るSA、ラヴィーネを捕縛するために出撃したブレシア軍の主力量産SAキャバリエが五機。

 ラヴィーネと違い、多角的なパーツで構成された機体。

 その機体の縦にスリットが入った頭部パーツの奥にある外の映像を取り込み、操縦席に映し出す、人でいうところの目に当たる位置に内蔵された青い魔石を、ラヴィーネのショートソードが貫いた。


「これが精霊憑きの、いや、姫様のお力か」


 頭部を破壊され、暗闇に包まれたキャバリエの操縦席で、操縦士が呆然としながら呟いた。

 ためらいがあったとはいえ、自分は確かに王女に刃を向けた。

 頭部を破壊すればまずは視界を奪って戦意を喪失できるだろう。

 そうあってくれと願ってキャバリエに剣を薙ぎ払わせた。

 ところがどうだ、目の前に迫った王女の愛機は目の前で消えたと錯覚するほど身をかがめ、次の瞬間には逆手に持ったショートソードでこちらの機体の頭部を貫いていた。


「まずは一つですわ! どんどん行きますわよ!」


 アンジェリカは楽しそうに笑いながら、左手の操縦玉を引き、右手の操縦玉をすくいあげる。

 その動作に答えるように、ラヴィーネは敵機からの剣による刺突を側宙で避け、着地と同時にこちらを狙ってきた敵の手足を切り落として見せた。


「SAでなんて動きするんだ」


 目の前で見たラヴィーネの動きに驚嘆し、操縦士は耐衝撃用の安全ベルトを外すと、操縦席から這い出て辺りを見渡す。

 その頭上を別の機体の腕が舞った。


 ラヴィーネが三機目のキャバリエの腕をもいで放り投げたのだ。

 その隙をついて四期目のキャバリエが水面蹴りでラヴィーネを転倒させようとするが、それに合わせて操縦席のアンジェリカは操縦玉を両方ともすくいあげた。


 これによりラヴィーネは跳躍。

 落下しながら地面に這いつくばっているキャバリエの頭に踵を落として破壊する。


「これで四つですわね! さあ、最後の一機でしてよ!」 

 

 SAに狭い防壁の上。

 常にキャバリエを直線状に並べ、強制的に一対一の状況に持ち込んだことで囲ませることなく、遂にはアンジェリカは最後の一機も頭部と両手両足を破壊して戦闘不能に持ち込んだ。


 とはいえ一国の国境を守る砦である。

 たったの五機で警備にあたっているはずもなく。

 山をくり抜いて整備された格納庫から続々とキャバリエが姿を現した。

 その光景を見ても、アンジェリカはラヴィーネの操縦席で口角を上げ、意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「まだまだ楽しませてくれるのかしら? いいのかしらサウレス砦の防衛力がなくなってしまいましてよ?」


 アンジェリカの言葉は決して追放された国を気遣ってのものではない。

 いうなれば、目の前に並べられた料理を見て「こちら全部食べてしまってもよろしくて?」というニュアンスの言葉でしかなかった。


 防壁の真ん中、左右から挟まれているにもかかわらず、アンジェリカの顔からは笑みが消えない。


「そっちから来ないのであれば、こちらから行きましてよ?」


 言いながら、操縦玉を握りなおしてラヴィーネを走らせようとしたアンジェリカ。

 しかし、操縦席に映る外の景色の中、アンジェリカはキャバリエの足元から人影が現れたのを見つけて前進を止めた。


「ここまでです姫様! 剣をお納めください!」


「あら。早々に降参かしら。気弱なのではなくて? ビクテン」 

 

 拡声魔法で外に声を届け、現れた無防備な人影に剣を防壁に突き立てるアンジェリカ。

 姿を現したのはこの砦を預かるビクテンという、初老ではあるがよく鍛えられた体躯の兄ラスターから信頼をおかれている騎士の一人だった。


「ラスター殿下から書状を預かっております! 姫様の助けになれと!」


「その割にはしっかり襲ってきたではありませんの」


「言い訳作りのためでございます! 王からの叱責を回避するため、あくまで戦ったうえで突破されよとのご命令でした!」


「あなた達は王より兄の命令を優先するのね。それも立派に反逆罪だと思いましてよ?」


「我らサウレス砦の騎士、兵士は皆殿下の駒で御座いますれば」


「そう。まあ、この国を追われた私にとってはもうその辺りはどうでもよくってよ。さあでは道を開けなさい。私は私の道を進みたいように進みますわ」


 そう言ってアンジェリカはラヴィーネに剣を拾わせると、腰に装着して砦の国境側を目指そうと右手側の操縦玉を引く。

 そんなラヴィーネの足元に、話していたビクテンと部下の女性兵士が何やら大きめの鞄を持って近づいてきた。


「着替えなど、入用になりそうなものを集めさせました! お使いくだされ姫様!」


「結構! 王族たるもの施しは受けなくてよ! と、言いたいところですが、私はもう王族でもなんでもありませんからね。ありがたく使わせていただくわビクテン。あ、そうそう」


 女性兵士が置いた鞄をラヴィーネがつまみ上げ、胸元に近づけていく。

 そして、開いた搭乗口から鞄を受け取ったアンジェリカはその鞄を操縦席の後ろの空間に押し込む。


「王にお伝えくださる?」


「っは! なんなりと」


「ふふふ。では、さっさと死ね。と、お伝えくださいまし。ではねビクテン。お兄様にはよろしくお伝えくださいましー」


 そういうと、アンジェリカはラヴィーネを前進させて砦の防壁から当たり前のように飛び降りていった。

 その防壁の上でビクテンが困ったといわんばかりに肩を落として溜息を吐く。


「はあ。とりあえず片付けだな。あと、殿下に伝令で先の姫様の言葉を伝えよ。王に直接伝えては、流石に首が飛ぶ」


「了解です」


 この数日後、ブレシア国王に王子ラスターから、書面でまんまとアンジェリカに逃げられたことと、その際に放った捨て台詞が伝えられることになる。

 この書面、報告書を見た国王が「おのれアンジェリカァア!あの小娘めえ!」と、激昂したのは言うまでもなかった。

 




 

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叛逆の追放王女 アンジェリカは愛機と旅をする リズ @Re_rize

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