地上の掟




 バイクはそのまま町の外へ出る。

 ヨルの前に座っているディナは、正面を向けて景色が見られることが嬉しそうだ。

「あのね」

「うん?」

「ヨルって何者?」

 また、運転している時にそんな質問を。

 ヨルは乾いた荒野を走らせながらディナをちらりと見る。

「何者とは」

「守護者って何?」

 聞いていたかとヨルは小さく溜め息を吐く。

 不思議そうに見られているのは分かっているが何から話せばいいのか、ヨルは考えつつ言葉を探す。

「…この地上の守護者だ」

 大きな話に聞こえて欲しくはないが、言葉は大きい。

「ヨルが守っているの?」

「俺だけでは無理だ。守り人という組織と共に安寧を測っている」

 ディナが首を傾げる。


「それは何時から?」

 何時からと問われて、ヨルは過去の時間を思い返す。それははるか遠くに霞むほど昔で。

「数百年ほど前から」

「ヨルが?一人で?」

「いや。昔は爺さんがいた」

「じいさん?」

 小さく笑うヨルをディナは見上げている。


「俺の育ての老人だ」

「ああ、おじいさん、かあ」

 ディナが納得して頷くと、ヨルは少しバイクのスピードを緩める。


「どうして?」

「うん?」

「どうしてヨルが守護者をしているの?」

 ヨルが荒野の真ん中でバイクを止める。それからディナの顔を正面から見つめた。

「その知識が必要か?」

「あ、うーん。気になる」

 ディナの返事にヨルはやはり言葉を考える。しかし他の言葉など見つからなかった。


「俺が最後の生き残りだからだ」

「さいご」

「ああ。“よるべなき民”の最後の一人が俺だから、守護者をやっている」

 ディナは自分の知識にそれがある事に気付いた。しかしそれは天空人には禁忌の言葉で、口にするには勇気が必要だった。

「それは、あの」

 ヨルがゴーグルの下で薄く笑う。


「天空から追放された者。それが”よるべなき民“だ。知っているのか?」

「……うん」

「そうか。俺は見た通り黒い色を持って生まれたから、すぐに捨てられた。廃機構から落下したら普通は死ぬのだが、たまたまその下に爺さんがいた。だから生きている」

 ディナは言葉を口に出来ない。ヨルの笑い顔が少し怖かった。


「爺さんも目が片方黒かった。俺ほど黒いものは他にはいないが」

「そうなんだ…」

 ヨルはディナの頭を撫でる。


「別にもう恨んではいない。適材適所だと思っている」

「てきざいてきしょ」

「夜は地に鳥は天に。それが良いと思う」

「とり?」

 ヨルは小さく笑う。手はディナの頭に乗せたまま。

「コトリは俺と双子だ」

 天空の長の名を言われ、ディナはヨルを見上げることが出来ない。


「こんな話が聞きたかったか?」

 ディナはヨルを見る。それから首を振った。

「ううん。ごめんなさい、ヨル。言いたくなさそうなの気付けばよかった」

「……いいさ」

 ディナを抱えなおし、再びバイクを走らせる。

 しばらくはその風に黙っていたディナだったが、走る先に荒野しかない事が不安に思えてきた。


「この先に街とかあるの?」

「随分先にある。昔と違って今は人が住んでいる地域は少ない」

「少ないの?」

「ああ、厄介な奴らが壊して回っている」


 ヨルの腕の中でディナが首を傾げる。苦笑しながらヨルが話しを続けた。

「その話は何処か落ち着いてからにしよう」

「分かった」

 荒地には植物もさして生えておらず、乾いているから喉も乾きやすい。これだけ走れるバイクでもなかなか踏破しない。

 ヨリアミに行く途中もそうだったが、この地上は荒れ果てていて緑地が少ない。普通の町と言われた所も、半分以上廃墟の様だったし今走っている荒野もはるか向こうまで続いているように見える。

 ディナがヨルにもたれかかる。ヨルがディナを抱え直すがその腕にしがみついた。ちらとディナを見ると、何やら頬が膨らんでいる。


「どうした?」

「自分が駄目なので反省中」

「ん?」

「いいの。ちょっと置いておいて」

 頬のふくらみが収まらない少女を、視界の下部分に納めたままヨルは走る先を見る。深森の町へ行くにはこの先の山を越えなければならない。

 補給は足りていると思うが、行く予定ではなかった場所に向かっている事に、少し苛立ちを感じる。


 いや、それが苛立ちの原因ではないか。

 ヨルは先の話を思い出し不機嫌の理由を考える。多分誰かに言う事ではないと思っていた事項を話したことが嫌だったのだろうと、思いつき小さく笑う。


 話す事を選んだのは自分だ。それを嫌だと思うとは。

 なんて器が小さいのか。


 大きなサボテンの横にバイクが止まる。まだ日差しが強いが植物の影は幾らか涼しかった。

「どうしたの?」

 ヨルが胸ポケットから煙草の箱を出すと、なるほどとディナは納得する。

 どうやらあれは依存性があるらしく、ヨルは割とたしなむ方だと思っている。バイクから離れていくヨルを見ながらディナは溜め息を吐く。


 失敗したなあ。

 あんな顔するぐらい嫌なら、聞くんじゃなかったな。


 まだ出会ってから数日の、自分の親代わりに嫌な思いをさせてしまった。生まれてから数日と言い換えてもいい。何事も興味深い。自分の近くにずっといてくれる人なら、なおさら。


 嫌われたくない。だけど、どうすれば好かれるのかも判らない。

 だいたい好いてくれる事があるのかどうか。

 手元の渡された水筒から果実水を飲みながら、ディナは小さく息を吐いた。



 薄茶色の地面を歩きながら、ヨルは煙草を咥える。

 自分の愚かさを恨みながら、紫煙を吸い込む。足元で乾いた土が細かく崩れ、砂になる。乾いて乾いてすべてが細かく何もかも。

 終わりに向かうこの地上に、天空都市だけが生き残る。

 それで良いと思っていたのに。


 振り返り、バイクの上の小さな姿を見る。

 今更誰かを守る事になるとは。彼女の寿命が尽きるまでこの地を守らなければならない。それは僅かな可能性の、ただの延命。

 終わる世界の守り手がちょうどいいと思っていたのだが。

 彼女を守るとなると、覚悟が必要で。


 そこまで考えてヨルは苦笑する。さっきの話がどうとか引っかかっている場合ではないな。俺がしっかり決めていなければ、あの命は地上ですぐに消えてしまう。

 もう一本煙草を咥えて、小さな姿を見つめる。


 ヨルが自分を遠くから眺めている事に気付いたディナは困っている。

 怒ってるのかな。それとも呆れてるのかな。

 まさか置いて行かれないよね?バイクの上から動くまいと、少し位置をずらして座りなおす。もう余り過去の話を聞くのは止めよう。自分にもヨルにも良くない。



 絶賛反省中のディナは自分の上に影が出来たことに不思議になり、サボテンの上を見る。そこには何か大きな肉塊が。


 急にバイクが発進した。ディナは驚いてハンドルを握る。

 バイクが走る先にヨルが走って来ているのが見えた。


「そのまま走らせる!掴まっていろ!」

「うん!」

 バイクに捕まりながらヨルとすれ違う。ヨルは何か鉄製の武器を握ってあの肉塊に向かっていた。振り返りヨルを見ていると、何かを打ち出した。

 あれは確か。

「銃だっけ?」


 ディナの近くのサボテンの上に、“残欠”が乗っていた。

 ヨルは気を抜きすぎたと耳に触れバイクを発進させる。ディナはバイクの上にいてくれたので一緒にヨルの方に向かってくる。

 何をやっているのか自分は。


 腰から銃を抜き、飛びかかって来る“残欠”に向かって放つ。大きな音と共に“残欠”の一部が千切れ飛ぶ。すかさず二発目を打つと、“残欠”の中央がはじけ飛ぶ。肉塊の中小さな内部が見える。そこに向けてもう一発。

 三発目の銃弾で、“残欠”が破壊され動かなくなった。


 手早く弾をリロードしてから辺りを見回す。他には居ないようだ。

 バイクを振り返り、その上にディナがいる事に安心する。

 近寄りながら見ると少し青い顔をしていた。


「すまない。大丈夫かディナ」

「うん。平気」

 そう言っても自衛手段のない少女には恐怖だっただろう。

「本当にすまない。もっと近くにいれば」

「バイクが動いた方がびっくりした」

 その言葉に少しヨルが笑う。その顔を見てディナも微笑んだ。

「移動しよう。山の近くで休もうと思っていたからそこまでは」

 バイクに跨って言ったヨルにディナが抱き付く。


「うん。ちょっと落ち着きたいかも」

「わかった」

 ヨルはぎゅっとディナを抱くとバイクを走らせる。ディナは遠くなる“残欠”の残骸をじっと見ていた。


 山の麓近くにバイクを止めて、ヨルは自動ハウスを展開した。

 前にも見た事はあるがディナはその家をしみじみと外から見る。その姿にヨルが首を傾げる。

「中に入らないのか?」

「この間の町の家よりも、綺麗だなって」

 ヨルが苦笑する。

「これは機械だから、石造りと違って外面はあまり変化しない」

「え、この家、機械なの?」

 真面目な顔で頷かれて、ディナはポカンともう一度家を見上げる。どう見ても木製にしか見えない。地上も技術凄くない?

 ヨルが手招くのでディナも中に入る。その中は安全なのかヨルも上着を脱ぐので、ディナもソファに座って足を投げ出した。


 バテているディナにグラスで果実水を渡す。氷が入っているそれをごくごくと飲み干すと、ディナが大きな溜め息を吐いた。


「暑かった」

 今日一日の感想がそれなのかと、ヨルが見るとディナがヨルに近付く。

「お風呂入ってもいい?」

 水は足りている。

「ああ。服はディナのベッドの横にあるはずだ」

「私のベッド」

 寝室に行って自分のベッドの横を指さすヨルを見てから、ベッドを指さす。

「私の」

「そうだ。隣で近いが」

 ディナが全力で抱き付いた。


「嬉しい!」

「…それは良かった」

 浮き浮きとベッドと横のタンスを見ているディナに安心して、ヨルは調理の為にキッチンに行く。

 それを見送ってからディナはお風呂に向かう。

 自分のベッドを置いてくれるという事は当分追い出されることはないと。

 思って良いのかな。

 頭を洗いながらそう思って、自分のジャリジャリする手触りに幻滅する。一日中バイクだから仕方ないが、頭に布でも巻こうかと悩みながら洗い続ける。


 強い日差し。生き物がほとんどいない荒野。

 それが地上の大半なのだろう。

 ディナが生きていく世界。それは美しいガラスに包まれた先進都市ではなく。


 頭を拭きながらキッチンへ行くと、良い香りがした料理が並んでいる。

「んふふ」

 嬉しそうな声に、並べていたヨルも微笑む。

「辛くないから大丈夫だ」

「ん?」

 見るとヨルの分は赤い色で、ディナの分は普通の色。

「それは」

「ディナには無理だと思うのだが」

「一口欲しい」

「いや、辛いから」

「辛いって?」

 疑問を口にしたディナの眼がキラキラと輝いている。これは、あげなくてはいけないのかとヨルが悩んでいる間に、皿から一口分取られてディナの口の中に入った。


「あ」

「!!!」

 顔が真っ赤になり、果実水が一息で飲まれる。叫びはしなかったがディナはボロボロと涙をこぼしていた。果実水のピッチャーから何度もコップに入れている。

「…大丈夫か?」

「う、べべ、だいじょ、ぶ、べ」

 喋るのも辛そうだ。ヨルは溜め息を吐いてからキッチンの大形の箱から、小さなカップを持って来る。

「これでも食べるか?」

「ごれ、なに?」

「…アイスだ」

 涙目で首を傾げながら、渡された物は食べるようで。

 スプーンで掬って口に入れる。

 ディナの眼がぱっと開かれた。スプーンを咥えながらヨルを見る。


「そうか。良かったな」

 激しく肯きながら喜々としてアイスを食べているディナを見ながら、さっさとヨルは食事をすます。一緒の時は辛い物は控えようと思いながら。

 その後ディナも自分の食事を終わらせてから、リビングに座っている。


 少し眠いが、ヨルに話があると言われて起きていた。

「すまないな、眠いだろうが少し付き合ってくれ」

「うん」

 そう頷いたディナの前に、ホログラムが立ち上がる。

 ヨルが指先を動かすと、その光景が変わる。


「今日ディナには、怖い思いをさせた。すまない」

「ううん。そこまで怖くなかったよ」

 ディナを見ながら、ヨルがさらに画像を変える。


 映っていた荒地から画像が何か大きな、化け物が映る。


「何これ?」

「今日見た、“残欠”の親玉みたいな物だ」

「ざんけつ?今日の変な奴?」

「そうだ。元は死んだ生物の肉塊だが、そこに取りつかれると動き出す」

 死んだ生物。ほとんど他の生物が見当たらない場所で生きているのは。


「…うん」

「気分が悪いだろうが聞いてほしい。あれが集まって大きな物になり、何故か意識を持つ。人格というべきか。そういう物が幾つか存在している」

「喋ったりするの?」

「ああ。喋るし眠るし生活もする。今確認しているだけで五体居る」

「大きいの?」

 ヨルが肯く。


「一番大きいのは町を飲み込むほどの大きさだ」

「え」

「その大きさになると、機械や他の物も取り込んでいるので、厄介なのだが」

「それと戦う?」

 そう聞いて来たディナをヨルが見る。


「戦いたいか?」

「え?うーん。あんまり?」

 ディナが顎に指を当てて考えた後に出した結論にヨルは笑う。


「そうだな。あまり戦いたくはない。お互いに牽制しながら生存している関係だな」

「でも、そのお化けたちのご飯は?」

 ヨルが眉を顰めて立ち上がる。物置部屋のようなところから何かを持ってきてディナの前に置いた。ガタンと少し重たい音がする。


「もちろん、俺達が喰われる」

「うう」

 ディナは目の前に置かれた物を見る。

「それはディナが使ってくれ。弾丸は出ないが、網と粘着物が出る。逃げるためには有効だ」


 銃口が筒の様な、玩具のような外見の銃だ。

「明日、ホルスターも探しておく」

「うん」

 珍しそうに触るディナをヨルが見ている。


「殺すことは出来ない。あくまで足止めだ。だから過信せず打ったらすぐに逃げるようにして欲しい」

「うん。使い方は教えてくれる?」

「もちろん。明日外で教える」

「分かった」

 欠伸をしたディナの頭を撫でて、ヨルが寝るように告げる。


 ディナはベッドに横になりながら、地上で生き残るのは大変なんだと思った。自然が厳しいのに、更に怪物までいるとは。

 しかし目を閉じたら考える隙もなく、眠ってしまった。



 リビングに座ったままのヨルは、耳に小さな振動を感じて外に出る。耳に触るとニュッとインカムが出て来た。

「誰だ?」

『すみません、ヨル様。トラストです』

 珍しい人物からの連絡で、咥えようと思っていた煙草を持つ手が止まる。

「トラスト?どうした?」

『はい。“厄災”の行方が分かりましたので』

「…ビリーフから聞いたのか?」

『はい。お伝えしたと聞いていたので。このままの進行先ですと、多分海岸に出ます』

 煙草を咥えて星空を見る。


「海か」

『はい。何の目的かは知れませんが、被害はないかと』

「それならいい。連絡ありがとう」

『はい。それでは』

 唐突にブツッと切られて、ヨルはインカム側の耳に視線をやる。


 降るような星空を眺めながら、ヨルは少し嫌な予感がした。

 わずかに事態が動くような、この平穏が動くような。

 目を閉じて溜め息を吐く。

 やはり、天空都市が堕ちたのは何かの前触れか。


 何百年も落ちた事がなかった天空都市。それが落下をした。老朽はしているだろうがメンテナンスは完璧にやっているはずで。

 新しい都市を作るとなると、地上からかなりの物資を搾取しなければならない。それはさすがにしないだろうし。


 いや。何かの反乱分子がいたとして。

 それが地上に降りてくるだろうか。この汚れた地上に。


 ディナを守らなければならないのに、面倒な。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る