地方都市ヨリアミ




 目を覚まさないディナを抱えたまま、ヨルはバイクを走らせている。なるべくなら天空都市の落下地点から離れておきたかった。何かの関連を疑われるのが嫌だった。


 地上の人間は天空の鳥たちを恨んでいる。いや、羨んでいると言ったらいいのか。はるか昔に二分された命の営みが時に諍いを起こし、遺恨は残ったままだ。


 それは大きな都市でも地方の村でも、変わらない。

 何せ見上げれば空には天空都市が浮かんでいるのだ。それと比較して自分たちの暮らしはと、思う者たちもいる。

 もちろん全てがそういう人達では無いが。



 ディナを抱えたまま、荒野をバイクで走っている。

 記憶によれば、この近くに街があるはずだ。町の場所に印をつけてレーダーの上に張り付けてあるヨルは、ちらりとそれを見てまた前を向く。


 腕の中で、ディナが動いた。

 目線を下げると小さく伸びをして、ヨルを見上げてくる。

「おはよう、ヨル」

「ああ、おはよう、ディナ」

「何処に行くの?」

「この先に地方都市がある。そこで水の補給をしたい」

「ふうん」

 分かったのか分からない返事をされて、ヨルは眉を下げる。

 ディナは、走っていると感じる風に、心地よさそうな顔をしていた。


 ディナを入れた人型は首から下は殆んど空洞で、ディナの伸ばされた神経系と、作られた内臓で埋まっている。

 脳に関しては元々あったそれに、ディナの一部が入り込んで作られたようだ。知識などは記憶されていたらしく、見た目通りの十歳程度の行動は出来る。


 そもそも天空では、足りない人員を補てんするために生まれる年齢はバラバラで、ディナが子供になったのは極めて異例だったようだ。だからか少し大人びている。

 目を覚ました時に、この状態だったのはヨルも驚いたが、天空のシステムを思い出して落ち着き今に到る。

 地上の人間の気持ちでいてはいけない。


「お腹空いたよ、ヨル」

「…そうか、街に着くまで待てるか?」

「うーん。どれくらい?」

 チラッとヨルが地図を見る。それを一緒にディナも見た。

「30分ぐらいか」

「じゃあ、待つ」

「そうか」

 ヨルにしがみついてディナが黙る。するがままにさせているヨルは少しだけアクセルを開けた。タイヤが多めに砂を巻き上げる。


 ディナの金色の髪が光を反射している。作られた体の為に日焼けしない白い肌。今は閉じている眼は空の蒼。そのキラキラ光っている髪を視界の下に納めながら、半帽を何処かで買わなければと考えつつハンドルを握りなおす。


 やがて地面から砂が無くなり、土の感触にディナが目を開ける。

 砂埃を避けて目を閉じていたが、速度が緩くなった事で町が近いと思い前を向く。腕の中のディナが前を向いたので、ヨルが軽く肯いて口を開く。


「もう、着くぞ」

「うん、見えてる。あれはなんていう町なの?」

「ヨリアミ。普通の町だ」

「普通」

 ディナが復唱して首を傾げた。

「普通って何?」

 また難しい質問だと思って、ヨルは何も言わない。そのヨルの服をディナが引っ張る。


「普通って」

「…そのままだ。軍事もなく異常現象もなく。普通の人たちが住んでいる」

「ふうん?」

 疑問符で終わったディナの言葉は気にせず、ヨルはバイクの速度を緩めて町中に入る。


 町の名前が書いてある門はあったが門番などは存在せず、バイクはするりと街中の石畳を踏む。ゆっくりと街中を抜けて、入った場所から反対の町はずれまでバイクを進める。

 ヨルがバイクを止めたのは古びた宿屋の前だった。


 通って来た町中にもいくつかの宿屋があったはずだが、そこには止まらずにここまで来た事に、ディナは小さく首を傾げる。

 バイクの音に気付いてか、中から中年の男性が出て来た。


「ヨル様。お久しぶりでございます」

 笑顔で挨拶をする男に、ヨルが苦笑する。

「さま、は止めろって前に言った記憶があるんだが?」

「守護者様に軽口など」

「ビリーフ」

「はあ、そう言われるなら仕方ないですなあ」

 ビリーフと言われた男が諦めて口調を変える。それからディナに視線を移した。


「まさか、お子様ですか?」

「違う。連れだ」

 ビリーフがぎょっとしてヨルを見る。

「…そういう連れじゃない。預かっている子だ」

「おお、そうですか。いやあ、焦った」

 ヨルを犯罪者認定しそうだったビリーフは、ほっと息を吐く。二人の会話を面白そうに聞いていたディナは、ヨルの服を引っ張る。


「お腹空いたよ?」

「そうだったな。何処かで食べるか」

「もちろん!」

 ディナと手を繋ぎ町中に引き返していくヨルを、ビリーフが見送る。それから胸を撫で下ろした。

「いやあ、本当に驚いたなあ」

 そう言った後で、ビリーフは二人が帰ってくる前に部屋を綺麗にしておこうと、宿屋の中に入っていく。久々の来訪だ、出来るだけ寛いで貰いたい。


 古びた食堂に入った二人は出されたメニューを見ていたが、ディナにはさっぱり分からずヨルに選ぶように言った。ヨルは幾つかの品を頼み、最初に来た果実水を嬉しそうに飲んでいるディナを見ている。


 ディナは自分を見ているヨルを見返す。

 この町の中にヨルと同じ色の人はいなかった。黒い髪。黒い瞳。肌の色はそこまで黒くはないが着ている服も黒いので、黒い人と言っても差し支えが無いように思う。


 街中は茶髪や金髪の人が多いように見えた。目の色も緑や青、薄茶や琥珀色。黒い人はいない。自分も金髪だ。ディナは自分を見てからもう一度ヨルを見る。


「なんだ?」

 さすがに視線が気になったヨルがディナに聞いてくる。

「うん。ヨルと同じ色の人はいないなと思って」

 店員が料理をテーブルに並べる。湯気が上がっていて良い匂いがした。

 今話していたことなど忘れたように、ディナがフォークで料理を食べ始める。

「美味しいっ」

 どうやって話そうかと迷っていたヨルは、笑いながら自分も食べ始める。

 ディナの頭からさっきの質問は消えただろうと、ヨルも果実水に口を付ける。少し話しづらい事だったので、この場での会話が中断した事にほっとしていた。


 満足するまで食べたディナの手を引いて、ヨルは街中の服飾店に入る。

 店員にお願いして、少女用の服をいくつか見繕ってもらう。女性店員は可愛らしいディナに似合う様に、張り切って選んでくれた。

「これ、私の服?」

「そうだ」

「わあ、綺麗だね」

 ニコニコしているディナはその服を抱えて喜んだ。

 ヨルは困って笑う。天空とは似つかない地上の服。その違いが分からないのは幸福なのか、ヨルには分からない。


 足りないものを買い集めて帰ると、宿屋の前でビリーフが立って待っていた。

「おや、凄い荷物ですな」

「そうだな、少し買い過ぎたか」

 そう言って笑うヨルをディナが眺める。その荷物はバイクの後ろの小さな箱に全て入ってしまった。

「え、どこにいったの!?」

「家の中だ」

 驚くディナにヨルが説明する。説明と言っても一言なのだが。

 空手になった自分の手を見て、ヨルを見上げるが見ても仕方ないとディナは諦めた。とにかく自分は物を知らないのだから。


「さあ、部屋を案内しますよ」

「ああ。行こうディナ」

 手を差し出されてその手を見る。

 いまだ謎のこの男に、自分の運命は握られている。ディナは頷いてその手を握った。


 大きなたらいで身体をゆすいだ後に、買ってもらった服を着てディナはベッドに横たわる。何か聞き忘れた気もするが、疲れた身体は質問を許さない。

 目を閉じればもう寝入ってしまった


 ヨルが階段を降りて外に行く。

 煙草を咥えると、隣にビリーフが立った。

「ディナ様はお休みですか」

 その物言いに苦笑するが、今度は窘めなかった。

「この地域に変わりはないか?」

「はい。特段に話す事もなく」

「それは良かった」

 目を細めてヨルが言うと、ビリーフは頭を下げる。

「“破壊”は別に向かっている様です」

「守り人のお前が言うなら、そうなのだろう」

「“厄災”は行方知れずです」

 つがれた言葉にヨルが眉を顰める。


「またか」

「はい。人のいない地域にでも行っているのか」

 そんな殊勝でもあるまい。紫煙を吐きながらヨルは眉をしかめる。

「よろしければ、次は深森の町に向かわれては、と」

 ビリーフの進言にヨルが目線を向ける。ビリーフは溜め息を吐いてから言葉を続けた。


「守り人のレイタが行っているようです」

「……なぜ、守護地域を離れている?」

「そこまでは」

「ハトゥラの守り人は、プレシャだったか?」

「はい」

 素直に返事をされてヨルは無言になる。その沈黙を煙草の焼ける小さなジリッという音が遮っているだけの。

 ヨルが空を見れば星空に遠く漂う天空都市。

 話が途切れれば、静かな町はずれの宿屋。ビリーフが守っている平和。

 これ以上の憤りの声をあげたく無くて、ヨルは紫煙を胸に沈めた。


 翌日は晴天で、その青空にディナはご機嫌になる。

「今日はどうするの?」

「まだ見たい所はあるか?」

 ディナは首を傾げる。街並みをずっと見ていたいという気はない。生きている人々は自分に感心はなく、ヨルは更に街中に感心が無さそうだった。


 ヨルのバイクに座って町を眺める。ヨルの言う普通の町。

 商売をしている人がいて、住宅街があって宿屋がある。旅する人は少なく、定住者が多い。行きかう人に貧富の差はなく、全体的に古い感じがする町。


「もう無いかな」

「そうか」

 ヨルは頷いてディナに半帽を被せる。被せられたそれをディナは手で触る。ヨルが被っている耳たれはなかったが、子供用のそれを嬉しそうに撫でた。

「あとはこれも」

 小さなゴーグルも渡す。やはりヨルの物ほど厳つくはないが、砂を避けるには十分だろう。浮き浮きと目に掛けるディナを見ながら、ビリーフに手をあげる。

 ビリーフはヨルに深く頭を下げた。




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