第33話後編 フラスコの痛み

フォーセリアの武器、それは唯一史実や報告に記載されている情報である…イニティウム・テオスが作り出した地上宇宙バースで最初の神器、その神器は感情の起伏が大きければ本物の神器となる…普段、感情をあまり出さない彼の手の下ではと呼ばれているが、真名は別にある

―曰く、バースの双刃刀そうじんとう


憎悪により肥大化した神器、それが今のフォーセリアを保つ理性である。フォーセリアがスゥと息を吸い、構える時に、ベルゼブブが翅を羽ばたかせ、斬撃を放つ。それはフォーセリアの足を狙う地面すれすれの攻撃、が、彼は直前で飛び上がり、翅を土台として飛び上がる。大気を纏わせ、滞空時間を最大限利用する。ルキフグスの左目を頂点として双刃刀を回転させ、攻防を同時にこなす。が、ルキフグスはフォーセリアの太刀筋を全て読み切り、双刃刀の持ち手が軽くだが破損する威力の鋭利な拳を何発も向ける。それだけでなく、ルキフグスの拳を縫うように空を舞うベルゼブブの翅と近接のダガーも相手にして滞空時間を使い切った。その時間、わずか3秒。

(ルキフグスの拳の軌道、セアの剣の太刀筋と同じ…俺の攻撃を避けると同時に、俺の力をそのまま自分の力に変えて放つ高威力で無駄のない戦術…他者の肉体の一部分を移植すると、その一部分だけ戦い方を奪えるのか…まるで、セアとマジの決闘をしているみたいだ…)

(焦ったぜ、セアの眼球移植してなかったら防ぐのしんどかったな…だが、地上じゃ勝ち目がねぇってことを自覚しやがった…だから空中戦闘に切り替えてきやがったのか、それなら…)

(翅の威力も、ダガーの個数も増やしたんだがな…それ以上に攻撃範囲が広大で攻撃そのものが研ぎ澄まされている、いやこちらの手札に対応してきたといった方が正しいか?滞空時間という制限を利用して態勢を整える微量な時間を作っている、ならば…)

三者が次の戦いを、相手の動向を見定めた時間は2秒、フォーセリアが次の猛攻に備えようとするとルキフグスが地上に降り立ち、翅でフォーセリアの視界を覆う。内側から攻撃を仕掛けて、視界を戻すと、彼を中心とする半径1mを囲うように地面が水のように動き出して壁を作る。

下のやつらがさぁ、遊びたいって!」

ルキフグスが下を指さすと、フォーセリアの足元から水が噴射して足を貫く。それだけではなく、地上に出てきた地下水は形状が変わり、水の矢となり彼に容赦なく矢の雨を降らす。気後れしたが、これも冷静に対処して勇猛果敢に足を進めた。それを真正面から受け止めるベルゼブブを吹き飛ばして、後ろに控えていたルキフグスに一直線に双刃刀を投げる。しかし、双刃刀は地面に突き刺さる前に液状化した地面の中に沈んでいった。

『玩具の神ルキフグス、かの神は生きている、或いは心のある生物を意のままに操る権能を持つ神…まるで、玩具で遊ぶように…その権能をさらに拡張させているのが”アニミズムの瞳”、その瞳に映る世界は全て心が宿っているように見えるという摩訶不思議な瞳…今、我らが王が自然を操れない理由はそこにある』

ウンディーネの指摘した通り、普段の彼であれば精霊王らしく自然を操っている。が、能力としての格が上であるルキフグスにつられて自然操作ができないことがフォーセリアの手札が限られている理由である。地盤が安定していないなかでの拳のぶつかり合い、しかし、それを見過ごさないベルゼブブの背後の攻撃をどうするか、フォーセリアの判断が鈍った。

終わりフィナーレ

勝負が決まる現実がその場に訪れたが、それは神が弱者と判断した者によって延長した。

ヒュゥゥゥン!!

上空からたった一滴降る銃弾は、高い強度を誇るベルゼブブ神の翅に跳弾してルキフグスの右目を射抜いた。ベルゼブブは空を見上げる。その目に映ったのは遥か上空で飛んでいたはずのサラマンダー、それが捉えられる位にまでおりてきたのか…それよりも目に留まる背中で銃を構える者、

「十徳武器魔法、日長石の銃…」

ライフルを足で固定する木聯と、その肩に触れて魔力を譲渡するタチアオイがいた。

「間に合ってよかったなぁ、あにさん」

「分けを勝ちにする強さはなくても、負けを分けにできる実力は持ってんねん!…あんな舐めんとちゃうぞ!」

予想外の奇襲、神に刹那の静寂がもたらされた。アニミズムの瞳による操作範囲から外れた地面の支配権はフォーセリアが強奪する。地の壁でベルゼブブを覆い、戦いから遮断する。沈んでいたバースの双刃刀を手に取り、フォーセリアはルキフグスを見据える。


原初一族の里、イニティウムが天を仰ぐ。

守護者ガルディは人類の希望、そんな私達が守護者ガルディに値するかはすべてフォーセリアを基準にして選ばれる…希望の希望であり続ける、それが”希望の先駆者”の由縁…」

彼女の手にあるものは限られた者のみが閲覧できる地上宇宙バースの史実、その内容は守護者ガルディの任務の総数であった。イニティウムはフォーセリアの名前をなぞる。

「任務総数1,009件、達成率は驚異の100%!! あの子は期待を裏切らない!」


手をクロスさせて、勢いよく薙ぐ。それでもセアの目を通して躱す。

「右目とったくらいで…調子に乗んじゃねぇぇ!!結局、お前は、この目があるかぎり俺を殺るなんて…度胸、持ってねえだろぉ!!」

ルキフグスは声を荒らげて、力一杯の拳で撲る。重い1手に、双刃刀がフォーセリアの手から離れ宙に舞う。その一瞬で右目を再生して、フォーセリアの首に鋭利な拳を向けて仕留めようとする。

「あ゛?」

勢いに乗ったルキフグスの拳は急激に速度を落とし、フォーセリアの耳だけを掠め取った。

(なんだ?左目が、見えない?そんなはずは…完全に制御下に置いたはず…)

突然左目が機能しなくなった、というよりは意図的に見えなくなった。左目からは血の涙が溢れ出る。予想だにしていなかった展開にルキフグスは困惑して、動きにブレが生じた。

「その目がある限り俺はお前を殺せない、確かにそうだな…でも、セアがお前を拒んだなら、俺はできるよ」

ルキフグスの瞳孔が開く。それと同時に心臓を打つ鼓動が急激に速くなり、冷汗が滝のように流れ出る。不意な恐怖心が神であるはずのルキフグスの背後に死神がいるのかと錯覚してしまうほど…恐怖心がルキフグスの神経を走る…それはフォーセリアが原因ではない、遠い過去、己を葬った者がなぜか彷彿してしまった…そいつが、セア・アぺイロンが耳元で囁く…

『私は誰も操れない、操らせない、傲慢な人間…お前はお前の愚行で命を落とす!!』

ルキフグスの恐怖を最大限駆りたてる!

「ふざけるなよ!!亡霊がっっ!!」

フォーセリアに怒号と、拳を向けるルキフグスだが、セアの左目を通してフォーセリアの太刀筋を避けていた。今、左目を失った神に彼の攻撃を防ぐすべはない…しかし恐怖により冷静な判断が不可能となり、攻撃という愚行が重なった…守護者ガルディとして、希望であり続けるフォーセリアは今日まで積み重ねてきた実績から見出だした判断は、進むべし!

フォーセリアは双刃刀の持ち手を変えて、覆い被さるように下から上へと扱う。刃の先端がルキフグス神の拳に触れた事実の次には、真っ二つに両断していた。

「く、そがぁぁ…」

苦し紛れの断末魔を最後にルキフグスは塵と化して、風にのり天高く舞った。フォーセリアはベルゼブブを閉じ込めていた地の壁に切り込みをいれるが、その中には誰もいなかった。

(逃げられたか…)

『王よ』

「悪い、俺都合で動いてもらったのに無駄足だった」

『我らは何もしていないわ、王…礼を言うなら聖女とこの魔法使いでしょう』

サラマンダーがすぅと下りてくると、フォーセリアが問わず話す。しかし、窘めたのはウンディーネで、サラマンダーの背中から下りた。その後に続くように、タチアオイと、アロエを抱える木聯も下りて、フォーセリア…否…精霊王に事実上の謁見する。

「アロエから聞いてる、君が稀代の聖女なんだってね…辛い役目を担わせて悪い」

「いえ、お力添えいただいたおかげで師匠とまたお話しできます」

「そう」

タチアオイはいつもの訛りの効いた口調を正して、フォーセリアと会話する。そして、フォーセリアに見惚れて、今までの想いが無駄でなかったと感傷に浸り、彼を目に焼き付ける。

(誰よりも長く、隠れて、前線に赴き、颯爽と敵を薙ぎ倒す…それがこの御方の当たり前、わいが会いたかった御方…やっぱ期待を裏切らない)

「なにが期待裏切らんって言うとるねん!!」

『『!!』』「!」

あにさん⁉ 精霊王の御前やで!無礼な言葉慎みぃや!!」

「黙れ!!!」

突然怒声を上げる木聯を止めようとタチアオイが言葉で制止を促すが、木聯はそれ以上に憤慨していた。精霊王で、守護者ガルディというレジェンド相手に物怖じせず、激昂したまま詰問していく。

「最高戦力がみすみす七洋逃がす失態つくって! 精霊の申し子も助けられへんで、、、なにを達成できたんや⁉」

「これは任務じゃない、アロエと俺の契約だよ」

「それや…なんでアロエが精霊王あんたと関係持ってんねん⁉」

『イオ大教会の発足目的は精霊王の信仰を建前とした精霊存続のための組織、精霊の加護を与える代わりに信仰心を得て存在を保つ…共存共栄の手段だ』

木聯の問いに答えたのはサラマンダーであった。それに付け加えてウンディーネもこれまでの経緯を問わず話し始めた。

『イオ大教会が発足したのは魔塔創立から約10年後、神聖時代中期後半かしら…それに目を付けたクヴァレが当時の聖女を惨殺して一時期精霊は絶滅の一途をたどっていたの…それを救ったのが当時の座天使ソロネ級魔法使いであり精霊使いだった者、彼は自身の命を捧げる代償に精霊への信仰を取り戻した…

我らは二度とこのような失態が起きぬよう、精霊使いと契約して聖女と並ぶ信仰をもらった』

「…あにさん、精霊術はな…使うほど精霊への信仰を与えるんや」

タチアオイもおずおずと話してくれた。それでもなお、怒りが収まらない木聯はフォーセリアを睨みつける。

「契約は…あいつとの契約はなんにしたんや!」

「・・・」

基本的に精霊と人間の取り決めは当人以外秘密である。それを知っているが、木聯は納得するために聞いた。タチアオイは木聯の度重なる無礼にはらはらして、フォーセリアに視線を送る。

「聞きたいなら言うけど」

「…」

「精霊王様、お願いします」

木聯に変わってタチアオイが返答すると、フォーセリアは何か諦めたようにため息をつくも、話してくれた。

「君たちに何かあれば助けてほしい、アロエはもう一つ…俺が動く条件を自ら提示してきた」

「それが、」

「完璧な精霊術を構築する魔法術式の完成、つまり精霊王の召喚成功」

その解を聞いてタチアオイは納得したのか目を閉じて一回だけ頷いて答えた。しかし、木聯は心で感じていた。己が未熟過ぎることを…

(なんやねん、それ…うちが守るって決めとったのに、結局、守ってたんはお前だったんか、アロエ…どうやったら、この想いを償えるんや…)

「この程度?」

塞ぎこみ、瞳から光が消えてしまう直前に、木聯の耳に入ってきた精霊王の辛辣な言葉に、思わず顔を上げた。やっと顔を上げたことに木聯の口角が一瞬上がったが、何事もなかったように話を続ける。

人間が命を懸けて繋いだ人間が!…一から魔法を創り上げた才能ある人間が‼…たかが、この程度で歩みを止めるの?」

「たかが、って」

「アロエは今のお前を見たくて、契約を結んだわけじゃないだろ?何事にも真剣で、徹底して創り上げ、これからの魔法界を導いていく魔法使い…’現実主義者の木聯’に賭けたんだ!」

フォーセリアは木聯に近づいて、彼の手にあるものを握らせた。それはセアの瞳を射抜き、七洋ルキフグス神を殺すきっかけをつくった弾丸…

「過去っていうのは気にして、迷うものだ…だけど、立ち止まるためのものじゃない! だから、全力で足掻いて、這い上がってこい!!」

フォーセリアの激励は木聯の脳天に光を与えた。それと同時にアロエの言葉がなぜだろうか、脳天に響いている。


それは何気ない日常のことだった。三人で花が咲き誇る草原で休日を満喫していた時、眠りこけてしまったタチアオイを膝枕して隣り合って座り、頬をくすぐる優しい風に吹かれていた時のこと…

『ぼくはね、アロエ? 君とタチアオイがいつかいなくなってしまうんじゃないかって恐いんだ…だから、こんな時間が一生続いてしまえば…時が止まってしまえばいいのに…』

アロエの突然の言葉に木聯は珍しく動揺する。そんな彼を見たアロエは心からの笑顔を見せた。

『こうして君の珍しい顔が見れたのは、ぼくが過去から進んできたからなんだよ…楽しいことは一生続いてほしいけど、もっと楽しいことがぼくを待ってる…

だから、ぼくは進むよ! どんな困難が待ち受けていようと…君たちも立ち止まっちゃだめだよ、アロエ』


「精霊王、うちに加護授けぇや」

あにさん⁉なに言うとんねん!」

奇想天外な言葉にタチアオイはおかしくなってしまったのかと思ったが、木聯は本気だった。

「精霊術は?」

「契約や、うちがあんさんら精霊を滅ぼさんようにするかわりに、うちが精霊術使えるようにしてほしい」

「酷な現実が待ってるよ…」

「構わへん、アロエがいない現実が一番酷やわ!!」

決意の固まった瞳がフォーセリアを捉えて離さない。熱く心の奥にまで語り掛けてくる魂のこもった瞳にフォーセリアは軽く笑みを溢す。

「いいね、その目…お前は一番それが似合ってる」

「契約成立やな」

木聯は膝まづいて頭を差し出すと、フォーセリアは彼の頭に軽く手を乗っける。そして、フォーセリアの周りに光の粒子が戯れのように飛び回り、彼からは圧倒的なオーラが放たれる。


覚悟を決めた瞳は未来発展への希望に値する最高の存在…いいね、これだから…魔法使いってのは目が離せない!


『精霊王の祝福があらんことを!!』

精霊王を中心に辺りは光に包まれた、しかし、その光はなぜだか温かく、懐かしい…

それは精霊王の激励の光であった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 21:00 予定は変更される可能性があります

NO PAIN ~女神は眠りの中に~ 尊大御建鳴 @sondai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ