第33話前編 フラスコの痛み

(フォーセリア•ラトゥリア…初代守護者ガルディから10つの頂に座り続けるが、表舞台に一度も出ていない生ける伝説…)

ベルゼブブが翅を羽ばたかせて天高く飛び上がる。そして、フォーセリアを見下ろす。

(一度も表舞台に出ていないということは裏で暗躍している経験は多いだろう、そして唯一明らかなことがある)

ルキフグスはフォーセリアと対面しながらも、ここに出向く前にロワから言われたことを思い出す。

『やっほー! ごめんねぇ、こーんな早々に仕事してもらちゃって、オレ様が出るには早すぎてさぁ?』

『……そうか』

『え?ねぇ?なんかテンション低くなぁ〜い?今から大好きな戦いに行くんでしょ~、ベルさん?』

『まあまあ落ち着けよ、協力関係にあんだから仲良くしようぜ!』

ロワを弁護するルキフグスにロワは泣きつく。

『ふー、やっぱりちっちゃいころからの付き合いだから冷たいのは仕方ないよね〜、うんうん、心許してるんだよ…それじゃ、オレ様のことだーい好きな二柱さんに忠告!あのお兄ちゃん、冗談抜きで強いから』

ルキフグスはフォーセリアの手に握られた武器に目を向ける。槍にも似ているが、柄にも刃が付いた両端双頭の剣。刃の形状は逆刃はロッソの刃紋が閃光のように煌く。煌いているのは彼の武器だけではない。彼の瞳、アップルグリーンとサルファーイエローのグラデーションの中にキラキラと光る粒子が混ざっている。警戒という緊張が走るなか、フォーセリアは木聯に話しかけた。

「アロエから君達のことはたくさん聞いてたよ、もし何かあったら伝えて欲しいって言われててね…君たち2人に…」

「…!」

「愛してる、てね」

その言葉でフォーセリアが動く。軽やかなステップとそれに似つかない隙の無い剣捌きで翻弄する。上空にいたベルゼブブが急降下して、その勢いのまま、フォーセリアの間合いに侵入して翅からなる斬撃を繰り出した。その斬撃はルキフグスも彼の間合いに入っているにも関わらず、器用にフォーセリアだけを狙う。勢いはすさまじく、その分威力も上がっているが、余裕の表情で躱す。躱した翅は地面に食い込み、ベルゼブブの動きを封じた。その間にルキフグスを足蹴りして左耳を斬る。

「…!」

翅の脈からダガーが出現して、牙をむく。が、フォーセリアは両剣を回転させて蹴散らして、その回転を利用してベルゼブブの翅を斬り削ぐ。

悪夢クリフォトの首相」

ルキフグスがそう唱えると、地面が流動化して棘の形状になり、フォーセリアの目をめがけて上に貫くが、両剣で薙ぐ。前方100度からルキフグスとの肉弾戦も一つ一つ対処し、隙を作るまいと繰り出される360度全方位のベルゼブブの高速の翅にも動じず、二段階目の数多の方向に向くダガー、フォーセリアの注意と動作の向きを引き付けた後の、二柱同時の近接攻撃も逆刃で受け止め、余裕を崩さない。

フォーセリアの実力は守護者ガルディの中で最も明らかとなっておらず、彼に関しての地上宇宙バースの記録はほとんど公表されていない…精霊王として精霊の高次である存在を高めるためか、意図的に隠され続けてきた…裏で暗躍していると踏み、戦闘に特化した二柱も戯れなく戦っているはずが、なかなかとどめを刺せない。

(なるほどな…こいつ自分を守る対象じゃなくて武器だって思って動じてない…迷いがないから軸を壊せない…だったら)

ルキフグスがアイコンタクトで指示を出して、フォーセリアの注意を引く。ベルゼブブの翅が来るかと思いきや、その矛先はぼろぼろでもう魔法も使えない木聯だった。

「たかが近接戦が得意なだけだと落ちるんだよね、守護者人類の頂から」

翅はフォーセリアに向けられたものと同じ威力、木聯は死を覚悟して目を瞑る。だが、アロエを抱いている手は震えていた。

「……?」

目を瞑り、視界を遮断しているとはいえ、いつまでも翅の痛みが来ないことに木聯は疑問を感じ、おそるおそる目を開くと…

「!」

鋭利な翅が寸前で止まっている。それは水の盾に阻まれていたのだ。

「知ってるだろ?俺がだって!」

フォーセリアが声をあららげる。両剣の波紋にはアザーブルーの線が刻まれており、両剣には水が帯びていた。


原初一族の里内、イニティウムが庭にある水源を見つめる。

「刀や剣を極めた者には自然と第二の’刃’が発現する…オーシャンは水、近衛基実は炎、二条良元は風…どれも強力で守護者ガルディにも欲しい人材、しかし、その刃は能力こそ違えど自然の力…フォーセリアは、刃を発現できてないけど、それと


「昔から水の刃は剣遣いにとって最大の天敵って言われている、なら…君達にも通じるよね?」

フォーセリアは両剣を振り下ろし、通常であればすぐに振り上げることは難しいが、地面を蹴る水の弾性を利用し持ち上げ、横に薙ぐ。肩から斜めに入れられた傷からは多量の血が滴り、手を切断したため、ルキフグスはバランス感覚を崩して尻をつく。

『動くな』

加勢しようかと考えていたベルゼブブの背後に立つのは、全身紅い鱗に包まれているドラゴン姿の火の下位精霊サラマンダーである。そして、人質として利用してやろうと考えていた木聯に目を向けると、庇うように立つ全身水の体をしている精霊がいた。それは水の下位精霊ウンディーネであり、彼女は聖女を抱き抱えている

「下位精霊ごときが…」

「下位だからって侮らないでよ、そいつらは俺の能力の一部を開花させた存在…精霊なんだから」

フォーセリアの忠告に動けないでいると、彼はルキフグスの首もとに逆刃の先端を当てる。

「殺す前に、聞きたいことが1つ」

「なんだよ」

「知ってるだろうけどセアは君たち七洋と戦って命を落とした、結構酷かったよ…俺、セアの瞳好きなんだよ、お揃いって感じで…なのに、最後に見た彼女の目、片方抉りとられてたんだよね……だから俺いろいろ探ったんだよ、そうしたら七洋の中に眼球集めて玩具の部品にしてる神がいるって聞いたんだ……それでさぁ」

フォーセリアの瞳の色が沈み、残虐な顔がルキフグスを見下ろす。

「てめえだろ…俺の女に手ぇ出したの」

莫大な殺気が暗雲の如く、その一帯に解き放たれる。殺気は重圧へと効果を変え、ベルゼブブや味方である部下のウンディーネも鳥肌が立つ。ルキフグスは一筋の冷や汗が流れるが、鼻で笑う。

「だったらなんだよ? お揃い…確かにあいつの目よりは薄い色、だが、守護者ガルディの瞳集めんのも良いな!」

「クズだね」

ルキフグスの手が急に再生したかと思うと、地面が振動を始めた。

(…地震! 一回弱くなった地盤で、うちらが受けたのと同じなら…耐えられへんで⁉)

木聯が動揺していると、ウンディーネが木聯もアロエも持ち上げてサラマンダーの背中に乗る。サラマンダーは口から火を吹いてベルゼブブの気を引いて、翼をはためかせ、上空へと避難する。

「ちょい待ちぃや!あんさんら精霊王助けんとええのか⁉」

『我等の王の戦いに善良など要らぬ!』

「せやかて、負けたら…」

『あらあら、うぬの王が負けるなんて…』

優雅に笑うウンディーネも木聯の発言を全く気にしていない。それよりも面白いものに惹かれて心踊らせているように見える。

「……」

『うぬの王はどんな舞を見せてくれるのかしら?』

避難した一行の遥か下、地上ではフォーセリアが信じられないものを見て、目を見開いている。

「その眼球…」

ルキフグスの手にはエメラルドにクリソベリルが星のように埋め込まれたような瞳の眼球がふよふよと浮いている。その眼球を自神の左目に埋め込む。

「あの目、史実で読んだ神皇とおんなじや」

木聯の発した言葉に、ウンディーネは静かに頷く。ルキフグスが埋め込んだ瞳は、かつてクヴァレのみならず紅帝族をも震撼させ、今尚’天災’と恐れられるセア•アペイロンの眼球だった。待つべしという最良の判断を下したフォーセリアの纏う空気が膨大な憎悪へと変貌を遂げ、希望という2つ名を持つ彼とはかけ離れたおぞましい顔をする。フォーセリアの強膜が黒くなり、瘴気のような粒子が取り巻く。両剣にこめられる力が強くなったかと思うと、両剣にも瘴気がまとわりつく。

「メインディッシュはここだったか」





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