49話 ゆめかうつつか 2

 黙り込むアーヴィンを見ながらローゼは不安になってくる。もしかして自分は悪いことを言ってしまったのだろうか。

 困って一緒に黙ったままでいると、アーヴィンが顔を上げてローゼを見た。彼の表情に暗いところはなかったので、ローゼは安堵して力を抜いた。


「ところで今、ローゼが私のことを好きだと言ってくれたように思うけど、もしかして聞き違いかな?」


 尋ねる彼の声は笑みを含んでいた。改めて問われると少し恥ずかしい気がしたので、ローゼはごまかしの言葉を言おうとする。しかしその時、頭の奥で誰かの声が響いた。


『もっと早く伝えたかった。こんなことになる前に。まだ、あなたと私が生きているうちに』


 そうだ。ローゼが「皆に気持ちを伝えよう」という気持ちになったのはこの言葉を聞いたからだ。思い出したから、ローゼはにっこりと笑って言う。


「聞き違いじゃないよ。あたし本当は、アーヴィンのことが好き。頑固で意地悪だけど、でも本当は優しくて、あたしのことちゃんと見ててくれるアーヴィンのことが、大好きなの!」


 言われたアーヴィンはローゼに笑みを向ける。それは今まで見たことのない極上の笑みだった。


「ありがとう。私もローゼのことが大好きだよ」


 彼の嬉しそうな声は、笑みと合わせてローゼの心の奥底まで打った。ローゼは「キャー!」と叫びながら足をバタバタさせる。


「アーヴィンがそんな風に言ってくれるなんて思わなかった!」

「そうかな」

「うん! アーヴィンは誰の気持ちにも応えるつもりがないでしょ? だっていつか村を出て行くからね!」


 彼の表情が強張った。


「……どうして、出て行くと……」

「えー、分かるよー。アーヴィンって、ちっとも『約束』してくれないもん。約束しないのは、守れないかもしれないから。なんでしょ?」

「それは……」

「ごまかさなくていいよ」


 ローゼはまっすぐにアーヴィンを見つめる。耐え切れなくなったのか彼は横を向いた。


「だけどね。一つだけでいいから約束して。いなくなるときは必ず別れの挨拶をする、黙っていなくならない、って。……じゃないと、あたし……きっと、アーヴィンのことを、諦めきれな……」


 ローゼの意識はそこで途切れてしまったので、アーヴィンがどんな答えを返してくれたのかを聞けなかった。



   *   *   *



 目が覚めたローゼは天井を見上げる。見覚えがないはずなのに、見覚えがあった。しかもこの天井の下で誰かと喋っていたような記憶まである。それが何なのか思い出そうとするが、どうしても記憶を手繰れない。


(……夢、かな? うん、きっと夢だ)


 そう結論付けたローゼが起きようとしたとき、扉を叩く音が部屋に響いた。ローゼが応えると、入って来たのはフェリシアだ。


「ローゼ! 良かった、目が覚めましたのね!」

「おはよう、フェリシア。えーっと、ここはどこ?」


 起き上がったローゼが寝台に腰かけると、フェリシアも机の前にあった椅子を引いてきて向かい合わせに座る。

 この椅子に座った誰かと話をしたような気になったが、それだってただの既視感に違いない。


「ここはグラス村の神殿内にある客間ですわ。ローゼは祭壇で気を失ってしまいましたのよ」

「祭壇……」


 その言葉で思い出した。ローゼは昨日、何かに急かされるようにして神殿に来たのだ。祭壇に聖剣を置き、エルゼや神官に呼びかけ、不思議なことに過去を垣間見た。そうしてエルゼとレオンの話を聞いたところまでは覚えているが、以降の記憶はふっつりと途切れている。


「あたし、自分がが祭壇に行ったあとのことって覚えてないんだけど、どんな感じだった?」

「ええと……」


 フェリシアの話によると、ローゼが祭壇に行ってすぐに一人の神官補佐が「神官以外の者が祭壇を使用してはいけない」と慌てて走って来たらしい。その声を聞きつけた他の神官補佐も祭壇へ来た。フェリシアは彼らをローゼのところへ行かせまいとして立ちはだかったのだが。


「そうしたらローゼが倒れましたの。最初の神官補佐でさえ、わたくしのところに到着していないくらいでしたわ」

「そんなにすぐだったんだ」


 ローゼは長くエルゼの記憶を見ていたように思ったが、実際にはずいぶん短かったようだ。


「時間の流れがちがうのかな……」

「何か仰いまして?」

「ううん、なんでもない。で、そのあとは?」

「直後にアーヴィン様がお戻りになって、場を収めてくださいましたのよ」

「そっか。迷惑かけちゃったんだね。ありがとうフェリシア」

「いいえ……。でもわたくし、悔しかったですわ」

「なにが?」


 フェリシアはしばらく椅子に座ったまま床を蹴っていた。


「……わたくし、気を失ったローゼを支えようとしましたの……でも、支えきれなくて、一緒に床に座り込んでしまいましたわ。もちろん起こすことだってできなくて……アーヴィン様にお任せするしかありませんでしたの……」

「だけどフェリシアが支えてくれたから、あたしは怪我もなくっていられたんだよ。ありがとう」

「ですが支えた上で抱えて差し上げられましたら、お部屋に運ぶことだって出来ましたのに……」


 呟いて唇を噛んだフェリシアは、ぐっと顔をあげる。


「これはすべて、わたくしの鍛錬不足によるものです! わたくし、王都に戻ったらもっと頑張って鍛錬に励むことにしますわ!」

「う、うん。フェリシアならきっと強くなれるよ。……ところで聞きたいんだけど、あたしを寝間着に着替えさせてくれたのって……」

「わたくしですわ」

「そこ、すっごく重要だった! ありがとうフェリシア!」

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