47話 ★彼女が言いたかったこと
【ちがう! ちがう、チガ……チガウ、違う、違う、違うんだ!】
どこまでも白い空間の中で、茶色のマントを着て、茶色の髪を一つに結んでいる男性が、ローゼの横で泣き崩れる。
【神官様は何も悪くない! 俺がもっと、聖剣の主としてしっかりしていれば良かったんだ!】
この声は知っている。レオンだ。先ほどまでたどたどしい喋りだったはずの彼が、はっきりした口調で悔悟の言葉を叫ぶ。
【エルゼ、エルゼ! ごめん、あのとき俺がちゃんと話を聞いてさえいれば、こんなことには……! 俺は、なんて、馬鹿だったんだ!】
『本当に馬鹿よね。話を聞いてくれるまでこんなに時間がかかるんだもの。しかも最後まで、自分の意思じゃきてくれないんだから』
レオンの前に一人の女性が現れた。彼女はまるで羽根のように、ふわりとその場にしゃがみ込む。
【エルゼ……?】
名を呼ばれて、赤い髪と瞳の女性が微笑んだ。
『あなたのことを、ずっとずっと待っていたわ。今はもちろん……あのときだって』
【……待っていた?】
呟いたレオンは、皮肉げな笑いを浮かべる。
【先に俺を置いて行ったのはお前じゃないか。神官になるんだと言って、大神殿に行った】
『ええ、行ったわ。大神殿に行って、神官になって。そうしたら村へ赴任する希望を出して、神官様やレオンとずっと一緒にいようと思っていたの』
レオンはその話を知らなかったようだ。目を見開き、気まずそうに下を向く。
対してエルゼは夢見る少女の瞳で話を続ける。
『だからレオンが聖剣の主に選ばれたとき、どれだけ私が嬉しかったか分かる? 私が神官になれば、戻ってきたあなたを浄化してあげられるし、旅立つあなたにいろいろな物を用意できる。もちろん神官様もやりたいって仰るでしょうけど、この大役だけは絶対に譲らないわ! って思ってたの!』
きっと大神殿にいるときのエルゼはこんな風に考えながら日々、神官になるための修練を積んでいたのだろう。
しかしエルゼは急に表情を一転させ、暗い瞳でうつむいた。
『でも……私が神官になれなかったから……』
【エルゼ。違う】
『いいえ。最終的にそのことが、レオンに道を踏み外させてしまった』
【……いや。遅かれ早かれ、俺は同じ道を辿ったはずだ。あのころの俺は誰も信じていなかった。神官様のことも。お前のことも】
場が静かになった。互いに下を向く過去の二人を、ローゼは横で見続ける。
しばらくしてレオンが独り言のように言う。
【最後、北へ行かずに……いや、行ったとしても、大神殿に見つかっていれば違う道もあったんだろうか】
『そうなってたら、良かった?』
【さて……】
エルゼは顔をあげたが、レオンはまだ下を向いたまま。深く息を吐く。
【俺は今も、お前を陥れた娘を許せない。許せないが……あの貴族には悪いことをしたとは思っている。だから当時の俺も、償いはしただろうな。……それが終わったら……】
そうして彼女を見つめ、わずかに微笑んだ。
【お前と一緒に旅をするのも楽しかったかもしれない】
それを聞いたエルゼは笑顔になる。心の底から嬉しそうな笑顔だった。
『私、あなたのことが好きよ、レオン』
【……そうか】
『あなたと旅に行きたいわ』
【……ああ】
『嬉しい。やっと言えた。ずっと言いたかったの』
涙ぐみながら、エルゼはレオンを抱きしめる。
『本当は、もっと早く伝えたかった。こんなことになる前に。まだ、あなたと私が生きているうちに』
そう言ってエルゼはちらりとローゼを見る。何かを含んだ表情で微笑んだように見えたが、しかしそれも一瞬のこと。彼女は体を離すとレオンに向き直った。
『でも、私はもうレオンと一緒には行けない。だから代わりに……あなたと一緒に行くあの子を、守ってあげて』
エルゼがローゼを示す。レオンはローゼを見て、エルゼに顔を戻し、大きくうなずいた。
【任せておけ】
力づよいレオンの声と表情はとても頼もしかった。
《挿絵》
https://kakuyomu.jp/users/Ak_kishi001/news/16818093083300643068
安堵したように笑うエルゼは立ち上がってローゼに手をふると、最後にもう一度レオンを見つめ、なんの名残も残さず消えた。
何かを決意したような表情のレオンを見ながら、ローゼは最後のエルゼの言葉と様子を思い出す。加えて、フェリシアと一緒に小鬼と戦ったときのことを。
(聖剣に血がかかったときのレオンの反応からして怪しいと思ったけど……やっぱり、そうだったんだ)
ローゼは、エルゼの血を継ぐもの。彼女の末裔だ。
悟ると同時に白い空間はぐらりと揺らぎ、ローゼは下の方へ強い力でぐいと引かれた。
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