41話 外には
目が覚めるとローゼは泣いていた。
(馬鹿だなぁ、レオン)
ローゼとレオンには似ているところがある。聖剣の主に同じほどの年齢で選ばれ、出身は平民で、剣が得意なわけでもないこと。
彼の気持ちだって理解できる。ローゼも今回の旅でフェリシアやジェラルドがいなかったら、レオンと同じような気持ちになってしまったかもしれない。
だけどローゼに「必ず味方をする」と言ってくれたアーヴィンがいたように、レオンにはエルゼと村の神官がいた。ふたりはずっとレオンの味方をしてくれたはずなのに、黒く染まってしまった思考が視野を狭めてしまったせいで、レオンはそんな簡単なことすらも見えなくなってしまったのだ。
(でも)
レオンはひとりでも戦い続けた。
あの八年間が無駄だったとは決して思わない。
今の夢を見せてもらってもレオンが聖剣の中にいる理由は不明だったが、もしかしたらレオンの未練が彼を聖剣の中に留めているのかもしれない、と考えながらローゼは目元を拭い、静かに横たわる聖剣へ顔を向ける。
「おはよう、レオン。つらいことを思い出させてごめんね」
【いい】
返事があったことにほっとしながらローゼは起き上がり、寝袋をくるくると丸める。
「もう朝になったとは思うんだけど、時間の経過がここだと分からないね」
【わからない】
「レオンが外を見るのは久しぶりかな? 今はね、少しずつ暖かくなってきてるんだよ。って言ってもまだ朝や夜は寒いけどね。上着は手放せないくらい」
【さむい つらい】
「そうね。昼でも馬に乗ってたら結構寒いの。そういえばレオンは歩いて旅してたんだっけ?」
【あるいた】
「そっか。あたしはね、馬がいるんだ。綺麗な茜色の優しい子で、セラータっていうんだけど……もういないかな。どうかな。もしいなかったらレオンと同じで歩いて一緒に旅をしようか」
【ろーぜ いっしょ する】
「よし、じゃあ外へ行こう。食事は……外に出てからにしようかな」
立ち上がったローゼは神の像へ一礼をしてから黒い鞘の聖剣を剣帯に差す。荷物を背負い、白い世界を後にして、来たときと同じ道を戻り始めた。
重い荷物を背負いながらの長い道のりを行くのはやはり厳しい。けれど来たときとは違って休む回数が少なかったのは腰に聖剣があったからだ。話しかけると息は切れるし、レオンの返事だってたどたどしいから会話と呼べるほどのやりとりはできなかったけれど、それでも代わり映えのない景色の中を歩くローゼの気持ちはずいぶん紛れた。これならきっと山道だって元気に下りられる。付近の集落までだってちゃんと歩ける。
やがて、正面には来たときと同じ白い扉が見えた。
「ほら、レオン、あれを開けたら外だよ! レオンにとっては久しぶりの景色が見られるんじゃないかな?」
【みる】
ローゼは扉に手を掛ける。開けたときは押したので今度は引くのかと思ったが、意外なことに今回も扉は押すようだ。徐々に開いていく隙間から見えた外に、やはり昨日まで一緒だった一団の姿はない。
「やっぱりアーヴィンの言った通りだね。誰もいな――」
扉から出てローゼは言葉を失う。
外には、誰もいないわけではなかった。
入口近くの柱にはセラータが繋がれている。
そして、少し離れた場所には焚火があって。
「まあ。予想よりずっと早くお戻りになられましたのね、お帰りなさいませ」
火の傍に座っていたひとりの少女が顔を上げた。
「ちょうどお湯が沸いたところですの、お茶を淹れますわね。そうそう、朝食はお済みですかしら。もしもまだでしたら」
「フェリシア?」
信じられない思いでローゼが呼ぶと、フェリシアは美しい顔にふわりと笑みを浮かべる。
「はい、わたくしです」
「……どうして」
「もちろん、ローゼ様を待っておりましたのよ。セラータもとっても良い子でしたわ。綱がほどけてもまったく動きませんでしたの。ね?」
その言葉が分かったかのように、セラータは柱の近くでローゼを見つめて首を軽く振る。
「……いてくれたんだ……」
セラータに近寄り、ローゼは首筋を撫でる。手には温かさを感じるけれど、まだ信じられない。
「フェリシアは残ってて平気なの? 後で他の人たちから何か言われたりしない?」
「嫌ですわ、ローゼ様。忘れましたの? わたくしは今回の一団には含まれませんのよ。お兄様からは少し嫌味を言われましたけれどその程度ですわね、些細なことです。さあ、こちらへどうぞ」
声をかけられたローゼがフェリシアの横へ座ると、フェリシアは沸いたお湯をカップに注ぐ。彼女の微笑みのような甘い香りがたちのぼった。
「いい香り。さすがは大神官様、上等なお茶を飲んでおいでですわね」
「大神官のお茶なの?」
「ええ、こちらの食材もすべて」
フェリシアは紙を開き、中にあった塩漬けの肉を手早く切る。
「アレン大神官様は道中もきちんとお食事なさっていたようですわね。お兄様が専用の荷馬車からこっそり失敬しておられたので、わたくしも分けていただきましたの。ふふ、大神官様には内緒ですわよ」
唇に人差し指を当てたフェリシアは切った肉と野菜をパンに挟み、淹れたばかりのお茶と一緒にローゼへ渡してくれた。
カップの熱が手から心の奥までじわりと伝わって、ローゼの目の奥がつんとする。
(あたしは、本当に、恵まれてるんだ)
もしかしたらセラータが残っているかもしれないとは少し期待していたが、フェリシアまで残っていてくれるなんて思いもしなかった。
「フェリシア」
「はぁい?」
「……ありがとう」
――待っていてくれて、ひとりきりにせずにいてくれて。ありがとう。
礼を言うローゼの気持ちを知ってか知らずか、フェリシアは何も言わずにただ微笑んだ。
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