38話 聖剣

 輝きの無くなった今、ティファレトを含む十柱の神像はぴくりとも動く気配を見せない。ローゼは諦めて視線を外し、手を下ろす。神に会うという使命は終わったが解放感は無かった。理由は分かっている。床に置かれた一振の剣のせいだ。


(女神様はこの聖剣について、なんて言ってたっけ……)


 一.この聖剣は、魔物を殺せる。

 二.この聖剣は、人を傷つけられない。殺すこともできない。

 三.この聖剣は、新しい試みによりつくられた。

 四.この聖剣は、あるじ――今回はローゼだ――と魂で結びついている。


(で……)


 五.この聖剣は、人を殺せないはずなのに人を殺した。

 六.この聖剣は、たくさんの魂を選定したけど無反応だった。

 七.この聖剣は、理由は分からないけれどローゼには反応した。

 八.だからローゼに押し付けようと思った。なんかそんな感じだった。


 ローゼは頭を抱えた。

 つまりローゼは貧乏くじを引いたということなのだろうか。


(聞きたいこともあんまり聞けなかったし……)


 いずれにせよ、神がローゼに聖剣の主をさせたいということだけは間違いない。よって聖剣はいま、ここにある。だけどそれ以上のことは結局分からなかった。

 仕方がないので剣に向き直る。神は聖剣に意思があるようなことを言っていたのだから、何か答えがもらえるかもしれない。


「さっき喋ってたのって聖剣あなただよね?」

【せいけん】


 先ほど神と話をしているときに聞こえたものと同じ声がする。

 声だけ聴くのなら成人男性のような低さだが、話し方はかなりたどたどしい。小さな子が覚えたての言葉を一生懸命に話しているような、酔っ払いが眠い目をこすりながらなんとか喋っているような、そんな感じだ。


「あたしはローゼ。ローゼ・ファラー。よろしくね、聖剣」

【ろーぜ よろしく】

「ねぇ、どうしてあたしを選んだの?」

【ろーぜ いい】

「何が良かったの?」


 返事はすぐに戻ってこなかった。ときどき唸るような声が聞こえた後に、


【いい】

「うーんと、どの辺が良かったの?」

【いい】

「具体的に言うと?」

【いい】


 使える語彙が少ないのだろうか、明確な答えはもらえなかった。


「……じゃあ、質問を変えるわ。あのね。聖剣って人を傷つけられるの? もしそうならあたしは剣の扱いが下手だから、うっかり自分を斬っちゃうかもしれない」

【ない】

「ない……斬らない……斬れない?」

【ない】


 剣の答えにローゼは首をひねる。


「でも以前、人を殺したんでしょう?」

【ない】

「神様が殺したって言ってたけど?」

【ない】


 うーん、とローゼはうなる。


「じゃあ、何を殺したの?」


 剣は一拍置いて答えた。


【まもの】

「魔物なの? 本当に? 人じゃなくて?」

【ない】

「絶対に人は殺さない?」

【ない】


 言い張っている以上、とりあえずは信じてみようとローゼは思った。


「じゃあ、質問変えるね。レオンって知ってる?」

【れおん】

「そう。レオン」

【れおん】

「……知らない?」

【しる】

「知ってるのね。やっぱりレオンがあたしの前の主なの?」

【あるじ】


 ならばあの夢はやはりただの夢ではなかったのだ。


「レオンはどうなったの?」

【せいけん】

「え?」

【れおん】

「そうね、十一振目の聖剣を最初に持ったのはレオンよね」

【れおん せいけん】

「うん」

【せいけん れおん】

「んん?」


 剣は一体何が言いたいのだろうと、ローゼは首をひねる。


【れおん せいけん】

「聖剣の主が、レオン」

【せいけん れおん】


 同じ言葉ばかり返す聖剣に対し、ふと思い当たったローゼは聞いてみる。


「……もしかしてあなた、レオンなの?」

【れおん】

「あたしの前に聖剣の主だったっていう、レオン?」

【れおん】


 ローゼは腕組みをして剣を眺めた。


「レオンって人間だったでしょ? なんで剣がレオンなの?」

【ない】

「分かんないってことかな? じゃあレオンの時も、剣は話をしたの?」

【ない】

「話さない、かな。とすると今、あたしと話してるのはレオンね? 聖剣じゃなくて」

【れおん】


 しばらく考え込み、それから少し迷いながら剣に尋ねてみた。


「あのね。あたし、レオンの夢を見たの。あれはレオンの記憶?」


 剣からの返事はだいぶ遅かった。


【はなし むかし】

「話、昔?」

【たび おもう】

「話、昔、旅……話を聞いたことが切っ掛けで昔の旅を思い出した、ってこと?」

【ゆめ ろーぜ】

「それがあたしにまで届いて夢に見たってことでいいのかな」

【いい】

「不思議ね。あたしが夢を見たこともだけど、レオンがあたしの話を聞いたのも」

【たましい】

「そっか、あたしの魂と聖剣は結び付けられてるって神様が言ってたもんね。それでどこかが繋がってるのかな」


 もしこの剣が本当に以前の聖剣の主レオンなのだとしたら。


「あの、ね。嫌なら答えなくてもいいんだけど」


 そこまで口には出すが、先を言って良いものかためらう。

 黙って剣を見つめ、しばらくそのままでいてから思い切って口を開いた。


「人だったレオンは、どうなったの?」


 先ほどよりもずっと長い沈黙が降りる。

 沈黙の後、剣はぽつりと言った。


【おもう】


 たった一言だけだというのに、それはとても悲しそうな声だった。


 以降は返事が絶えてしまったのでローゼは話しかけるのを諦める。

 この後は外へ向かった方が良いのだと頭では分かっていたが、重い荷物を背負ってまた長い道を戻るのかと思うと、床に座り込むローゼの体は動いてくれそうになかった。


(よし、今日はここで休んじゃおう。そんで明日、早めに起きたらいいや)


 そう決めたローゼは携帯食の味気ない夕食を終え、荷物の中から寝袋を取り出す。


「レオン、おやすみ」


 傍らの聖剣から返事はなかった。明日になったらまた話してくれるかな、と思いつつローゼは目を閉じる。

 固い地面で眠るのは慣れたが、辺りが明るいまま眠るのは初めてだ。寝付けないかもしれないと思ったが、意外にもすぐ意識は暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る