34話 ふたりの話と神の木と

 ローゼとフェリシアの話が終わったと見て、ジェラルドが、


「いやあ、丸く収まって良かった良かった」


 と破顔する。


「良くありませんわ。わたくしの事情に関しては折を見てお話しようと思ってましたのに、お兄様のせいで予定が台無しですわよ」


 すかさずフェリシアが苦情を言うが、ジェラルドは、


「結果として上手く行ったんだからいいじゃねえか」


 と取り合わない。


「どうしてお兄様はそう、大雑把でいらっしゃるのかしら」

「どうしてかねぇ。多分生まれつきだろうなぁ」


 肩をすくめたジェラルドは、雲ひとつない青い空を見上げる。


「そういや、アイツにもよく『大雑把がすぎる』って文句言われたっけ」

「アイツ?」

「澄ました顔の、グラス村の神官さ」

「アーヴィンですか」

「そーそー。奴と俺は寮で同じ部屋だったもんでな」

「えっ、初耳です」


 神官を目指すのならば、王都の大神殿で学ぶ必要がある。それは神殿騎士も同様だ。


 大神殿での修行開始年齢の下限は十歳、上は特に制限がなく、修了までの期間は基本的に八年。そして大神殿の学舎では出身地や身分に関係なく全員が寮に入って生活する。寮は二人部屋で、大きな問題がない限りはずっと同じ人物と一緒だ。


「ジェラルドさんは神殿騎士ですよね。神官と神殿騎士が同じ部屋になることもあるんですか?」

「基本的にはないんだけど、俺、最初は神官見習いだったんだよ。でも落第ギリギリだったもんでさ、こりゃ頭より体使う方がいいだろうって考えて、途中から神殿騎士志望へ切り替えたわけ」

「志望の変更もできるんですね。よくあることなんですか?」

「たまーに、くらいかな」


 神官と神殿騎士は別の寮だが、途中で変更した場合は同じ部屋のままなのだという。

 知らない景色を見るのはとても興味深いが、こうして知らない話が聞けるのもとても興味深い。


「アーヴィンと一緒の生活ってどうでした?」

「ん? そうだなあ……」


 言いかけたジェラルドはふと表情を硬くして口を閉じる。その様子は悩んでいるようでもあり、何かを確認しているようでもあった。それを見てローゼは、まただ、と思う。


 これまでもジェラルドは自分の知るアーヴィンの話を聞かせてくれることがあった。しかしその途中で必ずと言って良いほど黙り込んでしまう。そんなときにローゼはいつも「黙っているはずでしたね、ジェラルド!」と制するアーヴィンの大きな声を思い出すのだ。


(でもきっと、深い意味なんてないわ。……そう、あたしがアーヴィンとそんなに親しいわけじゃないからよ。それでジェラルドさんも、あたしに話していい内容かどうかを悩むの)


 ローゼが自分に言い聞かせ終わる頃にはジェラルドの顔も笑顔に戻り、再び機嫌よく話し始めた。


「割と衝突は多かったぜ。一緒に行動することも少なかったし。例えば――俺たちの部屋からは神木が見えたんで、俺は登ってみたくてしょうがなかったんだけど、どんなに誘ってもアイツは来なくてなあ。じゃあいいやって夜中にひとりで行ったら、アイツ、見回りの神官に言いつけやがった。おかげで俺は大目玉くらっちまったよ」

「当たり前ですわ。神木に登るなんて、お兄様ったら罰当たりな」


 横で聞いていたフェリシアが心底嫌そうに眉をひそめる。

 確か大神殿には神木と呼ばれる大きな木があるとは本で読んだ。だけどローゼが知るのはその程度だ。


「神木っていうと、大神殿にある大きな木ですよね。木登りできるくらい丈夫なんですか?」

「丈夫も丈夫さ。なんせ十人の大人が手を繋いでも囲めないくらい太い幹なんだぜ」

「十人が? すごいですね」

「だろ? その割に高さはそこまでじゃなくて、一番下の枝なら人が背伸びすれば届く程度なんだ。だから俺の所属する部隊にはひとつ習わしがあってな、新しく配属された奴は神木の下で跳ぶんだ。ほかの皆は、そいつがどの高さの枝に触れるかを賭け――」

「神木は元々ただの木だったそうです。それが人々の祈りと神の力によって変容したのだと伝わっておりますわ」


 横からフェリシアがさらりと口を挟む。


「神官や神殿騎士にとって重要な木ですけれど、それだけではありませんわ。神木があるおかげで、王都には絶対に魔物が出ませんの。実際に有史以来、王都は魔物に一度も襲われておりません」


 各集落には結界の役目を果たす壁がある。これによって神殿の神の力を留めておけるので、内部の魔物出現率は外に比べて格段に低い。しかし絶対に出ないわけではないのだ。グラス村でも「小鬼」と呼ばれる弱い魔物は数年に一度の割合で姿を見せるし、何百年か前には「食人鬼」と呼ばれる大きな魔物が出て壊滅状態になったことがある。だけど、王都に住めばそんな脅威とは無縁になるということか。


 しかし居住権を得るためには条件がある上に、王都は税もかなり高いらしい。


「いいなあ……だったら神木があちこちの町や村にあれば安心なのに。接木とかできないのかな」


 ローゼが呟くと、フェリシアとジェラルドが顔を見合わせて困った笑みを浮かべる。


「……それはできませんのよ」

「だな」


 どうやら神木にも何かまだ秘密があるようだ。

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