33話 お姫様

「ローゼちゃん、どうした? ぼんやりして」


 ジェラルドから声を掛けられてローゼはハッと顔を上げる。夢のことを考えていたせいで黙り込んでいたらしい。

 今日もローゼの右側を歩くのはジェラルド、左側を歩くのはフェリシアだ。他の神殿騎士たちはいつもと同じように周囲を取り巻きながらも他人行儀な空気を漂わせている。


「すみません、なんでもないんです。ちょっと考え事をしてました」

「そっか。俺はてっきり、フェリシアちゃんのイビキがうるさくて寝不足なのかと思ったよ」

「まあ酷い! わたくしはお兄様と違ってイビキなんてかきませんわ! ねえ、ローゼ様?」

「うん。そうだね」

「ほら、お兄様。聞きまして?」

「へいへい、聞いた聞いた」


 深く気にした様子のないジェラルドと、頬を膨らませるフェリシアと。右と左に頭を巡らせてから、ローゼは思い切って口を開く。


「あのう。お尋ねしてもいい? ジェラルドさんとフェリシアは兄妹きょうだいなの?」


 ジェラルドの姓はリウス、フェリシアの姓はエクランド。苗字は違うが妙に仲が良さそうではあるし、この旅の途中でフェリシアはジェラルドのことをいつも「お兄様」と呼んでいる。

 気になるけれど、これは尋ねてよいものなのか。悩んで悩んでようやく問いかけたローゼに対し、ジェラルドは軽い調子で「違う違う」と言いながら顔の前で手を振る。


「兄妹じゃなくて従兄妹いとこなんだよ。俺の母親とフェリシアちゃんの母親が、姉妹なわけ」

「なるほど、それで親しい感じなんですね」

「そ。しかも神殿騎士と神殿騎士見習いだろ? おかげでいっつも俺が面倒見てんだ」


 ジェラルドは大仰にため息を吐く。


「今回もフェリシアちゃんが『自分も連れて行け』ってワガママ言うからさ、俺、苦労したんだぜ? あちこち根回しして、なんとか訓練生を連れて行くよう手はずを整えて、だけど申請は偽名を使って、あとでこっそり合流もできるようにしてな。俺の仲間たちが協力してくれたから何とかなったけど、今回の代表がアレン大神官じゃなかったらおそらく上手くいかなかったぜ」

「どうしてアレン大神官なら上手くいったんですか?」

「そりゃ、奴の人望のおかげさ」


 ジェラルドがにやりと笑い、彼の話が聞こえたらしい周囲からは忍び笑いが漏れる。どうやら『人望』は良い方向の話ではないようだ。考えてみれば古の聖窟へ向かうこの道中もアレン大神官は馬車の外にほぼ姿を見せないし、周囲の神官や神殿騎士に気を使うそぶりも見せない。そういった手前勝手な性格も含め、あまり好かれる人柄ではなさそうだ。


「久々に頭を使ったから最後は頭痛がひどかったんだぞー」

「だって、わたくし……」

「『新たな聖剣の主様に、どうしてもお会いしたいのです』だろ? そのお言葉は何度も聞きましたよ、お姫様」

「そのようなおっしゃりようはめてくださいませ」

「本当のことだからしょうがないだろ、お姫様」

「止めてくださいませったら!」


 フェリシアは本気で嫌がっているが、「お姫様」という表現は彼女にぴったりだ。

 ローゼがつい頷くと、ジェラルドはなんだか嬉しそうな顔になる。


「お、ローゼちゃん。もう聞いてたんだな」

「何をですか?」

「フェリシアちゃんがお姫様だって話」


 今までで一番鋭い声でフェリシアが「お兄様!」と叫ぶ。しかしジェラルドに気にした様子は見られない。


「そっかー、もう少し後で明かすのかと思ったけど、割と早かったなー」

「すみません。言ってることが良く分からないのですけど」

「だからほら、フェリシアちゃんがお姫様――王女様だって話だよ」

「……え?」


 ローゼが反射的にフェリシアの方を向くと、彼女の顔は強張っている。


「王女様? フェリシアが?」


 返事は反対側からあった。


「ありゃ、まだ言ってなかったのか」

「……言ってませんわ。ですから、止めてくださいって申しましたのに」

「ごめんごめん。悪かった」


 ジェラルドの謝罪は軽い。


「だけどいつかは分かることだから許してくれや。――てことでローゼちゃん。フェリシアちゃんはこの国の王女様なんだよ」

「……本当に?」

「本当、ですわ」


 強張った顔に笑みを張り付け、フェリシアはこくりとうなずく。


「わたくしはアストラン王国第六王女、フェリシアです」


 思わずあんぐりと口を開いたローゼの方へ身を乗り出し、フェリシアは矢継ぎ早に告げる。


「で、でも、わたくしのお母様は下級貴族出身の第三王妃ですし、わたくしの王位継承権だって高くはありませんし、今のわたくしはただの神殿騎士見習いですし、ですから、その、ローゼ様もわたくしを王女とは思わず、普通に接していただきたいのです!」

「う……」


 さすがに即答は出来ずにローゼは口籠る。

 フェリシアには優雅で高貴な雰囲気があると最初から思っていた。貴族の娘かもしれないとは考えていたが、まさか王女だったとは。


(あたし……どうしよう)


 頭の大半は意外なことを聞いて混乱しているが、その中にある冷静な部分が「腑に落ちた」と呟く。

 初めてフェリシアと会った日、ローゼの部屋で彼女が「大神官様もわたくしの存在を把握しておりませんわ」と言ったことに引っかかりを覚えたが、フェリシアの出自分かった今なら納得がいく。あのアレン大神官だ。王女が一緒に来ていると知ったなら、彼女を下にも置かない扱いをしていたに違いない。


(あと……出発の日に名前を呼んだときだって)


 あのとき頬を伝ったフェリシアの涙を思い出しながらひとつ頷き、ローゼはにっこりと笑った。


「うん、ありがとう。これからも仲良くできたら、あたしも嬉しい」


 途端に愛らしい顔がぱっと輝く。


「本当ですわね? これからも『フェリシア』と呼んでくださいます?」

「うん」

「隣でご飯を食べてもよろしいかしら」

「もちろん」

「良かった! 夜も一緒に寝ましょうね!」

「え? えーと、そうね、分かった」


 生まれがどうであれ、目の前にいるのはローゼの友人になってくれたフェリシアだ。彼女もそう望んでいるのだから、互いの関係はそれでいい。

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