余話 休憩時間

 大神官一行は適度に休みを挟みながら村まで来たらしい。帰りもおそらく同じ具合で進んでいくようだ。

 そう聞いていたローゼは出発後の最初の休みで、アーヴィンから渡された小さな包みを開く。これは今日の朝、イレーネが持ってきてくれたというもの。


 中には予想通り食事が入っていた。パンの間に、焼いた肉や、くたくたに煮詰めた野菜や果実などを挟んだもの。

 そのほかに、手紙が二通。


 一通はイレーネの字だ。「朝ごはん」と書いてある。

 小さく「帰りを待ってる。気を付けて」とあるのがいかにも彼女らしい。

 この感じから察するに、どうやらイレーネはローゼが旅に出る理由が「見初められた」ではないのだと気づいてるように思える。


(あの子、聡いからなあ)


 もう一通の手紙は少し長かった。こちらの差出人はディアナ。彼女はこの手紙をアーヴィンに託したのだろうか、それともイレーネだろうか。

 肉を噛みしめながらローゼは手紙を開く。



   *   *   *



ローゼへ 



 本当は手紙を書くつもりなんてなかったけど、イレーネが訪ねてきて「渡すものがあったら預かる」なんて言うから、つい書いちゃったわ。

 神官様にお渡ししたけど……あんたがこれを読んでるのはどこかしら。いずれにせよ私の知らない場所よね。


 あんたが聖剣の主になるって決めたこと、本音を言えば私はまだ複雑な気分でいるわ。

 だけどあんたってどっかその辺の子たちと違うところあるから、最初に聖剣の主なんて話を聞いた時から「あ、これは行くな」って思ったのも本当よ。


 なんでそう思うかって?

 あんたっていつもどこか遠くを見てたもの。

 豪華な部屋の綺麗な籠の中にいるのに、ずっと空しか目に入ってない小鳥みたいだったわ。


 本当ならね、大神官様と一緒に王都へ行くなんて話、絶対に誰も信じないわよね。

 だけど私がお父様に「ローゼは王都の大神官様に見初められた」って言ったらあっさり納得したの。

 あんたのお祖父さんに言っても同じ感じだった。


 それはね、多分誰もが心のどこかでローゼのことを「いつかどっか行っちゃう子だ」って思ってたせいだと思うの。

 あんたがこの村で落ち着いて暮らす姿なんて、心の中では誰も想像できてなかったんじゃないかしら。私と同じようにね。


 あんたが王都へ行く話は明日……ううん、今日にはもう村中の人が知るところになるわ。

 一か月はこの話でもちきりになるでしょうねえ。

 次の『乙女の会』の話題も決定よ。

 神官様とあんたの話、どっちがより多く出るか数えておいてあげるわ。


 だけど正直言えば、あんたが聖剣の主様になるとかならないとか、王都に行くとか行かないとか、そんなのどうでもいいのよ私は。

 重要なのは、あんたが無事でいることだけ。


 これだけ仰々しい人たちが来てるんだから、聖剣を受け取った後もきっとすぐには戻ってこられないでしょ?

 本当に王都に行くんだけと思うんだけど、でも、とにかく、ちゃんと帰って来て。

 これだけは何があっても守って。


 守らなかったときは、ただじゃおかないからね!



あなたの友人、ディアナ・ランセルより



追伸:テオが女の子を泣かせてたって噂があるの、知ってる? 私はね、あれは絶対に誰かの見間違いだと睨んでるの。だってあの子がそんなことするはずないでしょ。テオをよく知るあんただってそう思うわよね?



   *   *   *



 口の中にあったものを飲み込んでからローゼは西へ顔を向ける。


「うん。あれはテオじゃないわ」


 呟いたこの声は村のディアナに届かないけれど、次に帰ったとき同じ言葉を届ければいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る