29話 出発

 大神官がいなくなってしまえばあとの神官たちは特に問題ではなさそうだった。

 ローゼは「出発前のお忙しい時間に失礼しましたー!」と言って頭を下げ、有無を言わせずその場を立ち去る。神殿騎士が多くいる方へ足を進めると、ほどなくして覚えのある太い声が聞こえた。


「おっ! そこにおられるのはローゼ・ファラー様ではありませんかあ! よかったらー、うちの部隊へいらっしゃいませんか? 来ますか! そりゃあ良かった!」


 演技が下手というより演技をする気がさらさらない様子の神殿騎士は、もちろんジェラルドだ。彼は親指で背後を指し、ニッと笑う。


「予定通りだな!」

「はい、おかげさまで。古の聖窟までよろしくお願いします」

「任せときな! ……ただ……」


 大柄な神殿騎士は晴れ空のような顔を少し曇らせる。


「正直に言うと、まぁ、なんだ。神殿騎士の方は、神官側とまた少し雰囲気が違っててな。別の意味で居心地は悪いかもしれない」

「仕方ないですよ。あたしがどういう人物か分からないですし、今回の代表のアレン大神官から睨まれてますし」


 ローゼは言うが、ジェラルドの表情は晴れない。

 どこか不安そうな彼と一緒に草原の奥の方まで行くと、何人かの神殿騎士が出発の準備をしている。そこに向かってジェラルドは「よう」と声をかけた。


「ローゼ・ファラーちゃんだ。一緒に行動することになるから、よろしくなー」


 辺りの神殿騎士が一斉にローゼを見る。少々たじろぎながらもローゼが、


「よろしくお願いします」


 と挨拶をすると、辺りからはやはり一斉に「よろしくお願いします!」と返ってきた。

 神官側にいたときは様々な思惑がまざった視線を向けられることが多かった。しかし神殿騎士はそれとはまた違って不思議な空気感だ。例えるなら好奇とか興味とか、そういった類のように思える。

 何に由来するものだろう、と思いながらジェラルドと一緒に先へ進むにつれ、ローゼはひとつの言葉がよく聞かれることに気が付いた。


「……賭け?」


 ぽつりと呟くと、横を歩くジェラルドが気まずそうに頬を掻いた。となればローゼにも察しが付く。おそらく神殿騎士たちはローゼに関して何かしらの賭けをしているのだ。

 どうやら今回の大神官は我欲が強く、神殿騎士は賭け事が好きらしい。


(神に仕える人たちって清廉潔白というか……俗世と離れてる印象があったけど、そういう訳じゃないっていうのが今回のことで良く分かったわー)


 分かっても別に不快ではなかった。むしろなんだかおかしい。

 神殿騎士は魔物との戦闘を主として行動する集団だ。こういった形の息抜きが必要な心持にもなるのかもしれない。


 ジェラルドが「荷物の最終点検をする」と言って少し離れたので、ローゼはひとりで端に寄る。相変わらず好奇の視線を感じながらセラータを撫でていると、向こうから大きな黒い馬が駆けてきた。背に乗る小柄な人物は器用に馬を操りながら周囲の人や荷物を避け、ローゼの近くで軽やかに飛び降りる。


「初めまして、お会い出来て嬉しいですわ、ローゼ様! わたくし、フェリシアと申しますの!」

「初めまして、ローゼです。よろしくお願いします、フェリシア」


 ローゼが神殿騎士たちと会うのは初めてだということになっているのだから、知り合いのように挨拶をするわけにはいかない。

 それで言葉だけはやや他人行儀に挨拶をして、顔を見合わせ、ローゼとフェリシアは同時に小さく吹き出した。


「おっ、なんだなんだ? ローゼちゃんとフェリシアちゃん、もう仲良くなってるのか。楽しそうでいいなあ」


 言いながらのんびりと戻ってきたのはジェラルドだ。彼は片手に短めの剣を持っている。


「ところでローゼちゃん、ちょっと荷物を見せてもらっていいかな。あ、奴が準備した方。多分入れてあると思うんだよなー」


 奴というのはアーヴィンのことだろう。どうぞ、と言うとジェラルドはセラータに結び付けた荷物の口を器用に開ける。


「えーと……よし、やっぱりあった」

「帯ですか?」

「そう。剣帯な。ローゼちゃんも今後は帯剣して行動することになるはずだろ? やっぱり勝手が違うから、今から慣れとくといいんじゃないかと思ってな」


 言って彼は着け方を教えてくれる。ローゼがその通りに着用したところで、ジェラルドは持っていた剣を渡してくれた。想像以上にずしりと重い。


「俺の予備の剣だけどさ、まあ護身用って意味も含めて差してるといいぜ」

「ありがとうございます」


 護身用ということは、これからは魔物と戦う可能性があるということだ。なんだか身が引き締まる思いがする。しかし。


「……動きづらいですね」

「だろ? まあ、ぼちぼち慣れていけばいいさ」

「はい」


 聖剣の主になる、というのをこういうところでも少しずつ実感する。


 もしもレオンのようにひとりきりだったら、ローゼは耐えられなかったかもしれない。だけどアーヴィンが様々な手配をしておいてくれたおかげで、初めての旅であってもこんなに不安がなくていられる。本当にありがたいことだ。


 草原の中でも道に近い側で声があがった。それを合図に周りの神殿騎士たちが騎乗する。ジェラルドとフェリシアに促され、ローゼもセラータに乗った。

 いよいよ出発だ。

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