23話 彼らの判断

 ローゼから見てアーヴィンは背の低い方ではないし、別に華奢なわけでもない。彼だって傷ついた村人を抱え上げられる程度の力はあるのだから当然だ。

 だけどこうしてふたりが並ぶと、ジェラルドはアーヴィンより頭半分ほど高いし、横幅も思いのほか差がある。やはり神官と神殿騎士ではいろいろと違うのかもしれない。


「ローゼ、改めて紹介しよう。彼はジェラルド・リウス。見ての通り神殿騎士だ。アレン大神官の一団として来てもらえるように私があらかじめ頼んでいたんだよ」

「よろしくな、ローゼちゃん!」


 ほんの短時間の付き合いだけでもジェラルドが悪い人でなさそうに見えていたが、アーヴィンがわざわざ頼んでいた、という事実がローゼの最後の警戒心を解かせた。


「ジェラルドさんがとてもいい人みたいで安心しました。こちらこそ、よろしくお願いします」

「おうよ! 俺はいい人だぜ!」

「そうだね。とても単純な彼は、裏表を考えて付き合う必要がない。とてもいい人だよ」

「……お前。それ、褒めてるのか?」

「おや、褒めてるように聞こえませんでしたか? 腹芸ができないから信用には足ると言ったつもりですが」


 すました調子でまぜ返し、アーヴィンはローゼに視線を向けてわずかに眉尻を下げる。


「だからいにしえ聖窟せいくつへ行く間に困ったことがあれば、ジェラルドを頼るといい。……私も一緒に行ってあげられたら良かったのだけれど、私はこの村の神官だからね」

「……うん。分かってる」


 嘘だ。

 きちんと分かったのは今だ。


 心の奥底でローゼは、実はアーヴィンが一緒に古の聖窟まで来てくれるのではないかと思っていた。

 だけどアーヴィンは来ない。

 代わりに彼は馬を始めとする精一杯の品物を用意してくれた。ジェラルドを呼んでくれたのだって「初めての旅に出るローゼが困らないように」との心遣いだ。


(それだけじゃないわ。アレン大神官と初めて会ったときに、何も教えてくれなかったこともよ)


 もしも先にアレン大神官の企みを聞いていたなら、ローゼが草原で受けた衝撃はもっとずっと弱かった。立っていられないほど震えることはなかったし、ひどく悩むこともなかった。

 けれど逆にいま心の奥にある「あれを乗り越えた」という実感も自信もなかったに違いない。

 あのときアレン大神官と対峙した経験があったからこそ、ローゼは少し強くなれた。


「ありがとう、アーヴィン。あたし……」


 移動するにも馬がなければ不便だ。もちろんローゼだって馬に乗ることは出来るが、ローゼの家には馬が一頭きりしかいない。明日からの旅で乗って行ってしまった場合は自宅に馬がいなくなってしまう。

 荷物だってそうだ。旅に出ると決めたのはローゼなのだから、本来ならこれはローゼが用意しなくてはいけないことだった。


 ひとつひとつに対しての言葉を尽くして礼を言う必要があるだろうが、灰青の瞳はローゼの気持ちなどすべて見通している気がした。

 だからローゼが選んだのは一言だけ。


「あたし、必ず帰ってくるから」


 笑顔でうなずくアーヴィンを見つめながらローゼは心に誓う。


(あたしが甘えるのは、今回だけにするわ)


 今回の旅の間に、アーヴィンが用意してくれた荷物を確認して、次からはきちんと自分で用意する。

 馬に関してのジェラルドとアーヴィンの遣り取りは少しばかり引っ掛かるが、これも後々の課題だ。

 とりあえず今すぐに気になるのはまた別のこと。


「ねえ。あたしがアレン大神官に答えを出したのは今日の朝よ? なのにアーヴィンはもっとずっと早く町にでかけてたでしょ? それって」


 言いかけてローゼは首を横に振った。


「ううん。違う。馬や荷物を手配して、ジェラルドさんに連絡まで取ってたんだもの。もしかしてアーヴィンはずっと前から、あたしの出す答えが分かってたの? それも神々からの予言?」

「まさか。今までの経験から得たものだよ」

「……経験って、なんの?」


 ローゼは困惑するが、アーヴィンは微笑むだけで何も答えなかった。代わりにローゼから手綱を受け取って言う。


「馬と荷物は神殿で預かっておくよ。出発はいつ?」

「ええと、明日の昼過ぎだってアレン大神官が言ってた」


 アーヴィンはジェラルドを見る。ジェラルドも同様にアーヴィンを。

 ふたりの表情が芳しくなくて、ローゼは胸の奥がざわざわする。


「……どうしたの?」

「出発は昼過ぎだと、アレン大神官が言ったんだね?」

「うん。ちゃんと聞いたわ」


 しかも念を押すようにして最後にもう一度「昼過ぎだ」と言った。ローゼがそう伝えると、ふたりは揃って苦い顔をする。


「あなたはどのように聞きましたか、ジェラルド?」

「追って伝える、だ。お前は?」

「あそこに立ち寄っていないので知りません」

「勝手にて勝手に帰って来たのかよ。自由な奴だな。まあいい。とにかく、間違いねえだろうよ」

「でしょう? 昼過ぎ、よね?」

「残念ながら、昼過ぎの出発にはならないよ」

「え?」


 アーヴィンの言葉にローゼが目を瞬かせると、ジェラルドが肩をすくめる。


「ローゼちゃんが昼過ぎに草原へ来たら、もう誰もいねぇだろうなあ」

「え? えええ?」


 つまり大神官はローゼを村へ置き去りにしたいらしい。皆には「聖剣の主は気が変わって、一緒に来なかった」とでも告げるのだろう。そう聞いてローゼは絶句する。


「早めに出発する腹積もりでいてくれな。時間が分かり次第、俺かフェリシアちゃんが迎えに――あ、そうだ。それで思い出した。フェリシアちゃんから預かってたんだ」


 ひとつ手を叩いたジェラルドは持っていた袋から一着の服を取り出す。フェリシアに貸していた上着だ。


「ありがとうってさ。フェリシアちゃんも明日を楽しみにしてたぜ。『ローゼ様と一緒に行けますわ~』なんつってよ」


 ジェラルドが妙に高い声でフェリシアの真似をするのがおかしい。笑って上着を受け取ると、ふわりと優しい香りがした。それが彼女の気持ちのように思えてローゼの緊張をわずかにほぐす。


「ありがとうございます。フェリシアにも伝えておいてください。『明日からよろしくお願いします』って」

「任せな! 覚えてたら伝えとく!」


 自慢げに胸を張るジェラルドと、彼に視線を向けてため息をつくアーヴィンと。息が合って見えるふたりがおかしくて、ローゼはつい吹き出してしまった。

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