21話 ★神官と神殿騎士

 家には戻らず、かといって畑に行くでもなく、ローゼは村の中をあてもなく歩きながら家族への言い訳を考える。しかしなかなか良い案は浮かばないまま昼を過ぎてしまった。

 アーヴィンと話がしたかったけれど、町へ行ったという彼がグラス村へ戻るのはどんなに早くても夕方だ。町へ行った理由にもよるが、今日は戻ってこない可能性もあった。


「あたし、明日には出発なのよ! もう会えないかもしれないのよ! そんな時に町なんて行かなくてもいいじゃない! アーヴィンのばーか!」


 アーヴィンは何も悪くないと分かっているのに口からは悪態が出てくる。ただの八つ当たりだ。

 ローゼはもう一度「ばーか!」と叫んで小石を蹴飛ばした。描いた見事な弧を追って顔を巡らせると、木の上からは白い鐘塔しょうとうが頭を覗かせている。中の黄金色が揺れて澄んだ音を響かせたのは、ちょうど鐘が鳴る時間だったのだろう。

 だけどローゼにはなんだかその姿とその音が、「こちらへおいで」と誘っているような気がした。


 神殿の中ではいつも清涼感のあるこうが焚かれている。アーヴィンがいなくても、あの香りを嗅げば頭がすっきりして良い考えが浮かぶかもしれない。


 そう考えたローゼは歩いていた小道を逸れた。わき道を通り、大通りへ出て、そこで足を止める。行こうとした先に見知らぬ男性が立っていたためだ。

 彼は背が高く、がっしりとした体格をしている。癖のある長い金髪を背中まで伸ばし、そして青いマントの下からは白い鎧が見えていた。


(……神殿騎士)


 警戒するローゼが足を止めたのと、当の神殿騎士がローゼの方を振り返って破顔するのとは同時だった。


「おっ! 俺ってばツイてるぜ! おーい!」


 ローゼが身を翻すよりも、大きく手を振る彼が間合いを詰める方が早かった。逃げそびれたローゼの前に立つ大柄な彼は顎に手を当て、目線を合わせるため腰をかがめてくる。



『挿絵』

https://kakuyomu.jp/users/Ak_kishi001/news/16818093079554571200



 まだ若い男だ。二十代の半ばくらいだろうか。目の前が一杯になるほどの存在感なのに不思議と威圧感がないのは、垂れ気味の青い目が柔和な印象を与えるからのような気がした。


「赤い髪と赤い瞳! 君、ローゼちゃんだろ?」

「そうです、けど」

「良かった、合ってた! 俺はジェラルド。神殿騎士のジェラルド・リウスってんだ。よろしくな!」

「……もしかしてアーヴィンの知り合いの方ですか?」

「その通り! フェリシアちゃんから聞いてた?」


 ローゼはうなずく。彼の名前に覚えがあったのは、昨日フェリシアが言っていたからだ。アーヴィンの知り合いだというから神官だと思っていたが、どうやら神殿騎士だったらしい。


「俺、あいつに呼ばれて神殿へ行くところなんだけど、道が分からなくて困ってたんだ。良かったら案内してくれねえかな?」

「それはいいんですけど……アーヴィンは今、留守だと思いますよ」

「ああ、町へ行くとか言ってたっけ。だけどこの時間を指定したのはあいつなんだ。そろそろ戻って来ると思うぜ」


 ジェラルドがさらりと言い切った話を聞いてローゼは目を丸くする。

 馬車はもちろんのこと、例え馬を使ったとしても、村から町までの往復がこの程度の時間で済むはずはない。どちらかが時間を間違えたのだろうか、と思いながらジェラルドと連れ立って神殿へ行くと、門の前には本当にアーヴィンがいた。横には馬の姿もある。


(本当に、帰ってた……)


 唖然とするローゼの横で、ジェラルドが軽く手を上げた。


「よう!」

「……よう、ではありませんよ」


 眉を寄せるアーヴィンの第一声を聞いて、ローゼは「あ、丁寧に話すんだ」と思った。

 アーヴィンは基本的に誰に対しても丁寧な口調で話す。彼がローゼに対して砕けた調子なのは、六年前にローゼがそう望んだからだ。ジェラルドとは親しい間柄だと聞いていたのでもしかしたらと思ったが、やはり彼に対しても丁寧な口調になるらしい。


「約束の時間に遅れておいて、悪びれもせずいられる精神の強さは相変わらずですね。私も見習いたいものです」


 ただし内容まで丁寧かどうかは別の問題のようだ。

 言われた当のジェラルドは小さく肩をすくめる。


「しょうがねえだろ。初めての場所だから迷っちまったんだ」

「初めての場所かどうかは関係ないでしょう? 大神殿内での待ち合わせでさえ遅れて来ていたではありませんか」

「否定はしねぇけどよ。でも今回はおかげでローゼちゃんと会えたんだぜ! 行き違いにならなくて済んだろ? ローゼちゃんも良かったって思うよな!」


 話を振られるが、状況が分からないローゼは「はい」とも「いいえ」とも言い難い。


「もしかしてジェラルドさんは、あたしに用があったんですか?」


 無難に返してみるが、答えは横からではなく正面からあった。


「いや、用があったのは私だよ、ローゼ。ジェラルドは私の用の――」

「えっ、すげぇ! お前がそんな風に砕けて喋ってるの初めて聞いた!」


 太い大きな声に話を遮られ、アーヴィンがじろりと睨む。しかし興奮した調子のジェラルドは気にする様子がない。「もう一度! なあ、今のもう一度聞かせてくれよ!」とはしゃぐ姿がおかしくてローゼが思わず吹き出すと、すかさずジェラルドがローゼに向けて親指を立てた。


「おっ、いいね! さっきの顔も美人さんだったけど、笑うともっと美人さんだぜ! そうだローゼちゃん、よければ――」


 そこにアーヴィンが「さて」と言いながら割って入り、ジェラルドを押しのける。


「そろそろ本題に入ろうか。ジェラルドに主導を握らせていたら話が横に逸れるばかりだからね」

「ち、相変わらず面白味がねえ奴だな」

「ジェラルド?」

「へいへい。俺はしばらく黙ってるから、お前のお話をどーぞ」


 おどけた様子で両手をあげるジェラルドを一睨ひとにらみして、アーヴィンはローゼの方へ近づく。その姿に何も違和感がなくて、逆にそれが違和感となって、ローゼは「あ」と声をあげた。


「あの青い衣装、脱いじゃったの?」


 アーヴィンの神官服はいつもと同じもの、白地に青で縁取りがなされたものに戻ってしまっていた。

 多分に残念な気持ちを含めながらローゼが言うと、アーヴィンは頓着なくうなずく。


「儀式が終わったからね」

「……儀式? なんの?」

「聖剣の主が神へ承諾の意を返す儀式。本当はもう少し複雑なんだけど、ここは大神殿から遠いから簡略化されてるんだ」


 そのように言うのだから、やはりアーヴィンは「ローゼが聖剣の主を受ける」ことを知っているのだ。

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