14話 伝言
ローゼがフェリシアを連れて家の中に入ると、陰に隠れて見ていた弟たちが声にならない叫びをあげた。
更にふたりはローゼが二階の自室へ行くまで一定の距離を保ちながら後ろを着いてきたが、とりあえずローゼは弟たちを放置することに決めた。おそらく妹が何とかしてくれるだろう。
ローゼの部屋に家具はひとりぶんしかない。それでフェリシアには椅子をすすめ、ローゼ自身は寝台に腰掛ける。
「で、あなたはどういう人?」
椅子にちょこんと腰掛けて物珍しそうに辺りを見ていたフェリシアだったが、その言葉を聞いてローゼの方へ顔を向けた。
「先ほども申しました通り、わたくしは王都から参りました神殿騎士見習いですわ。でも、大神官様の一団とは関係ございませんの。それにローゼ様とは年が近いですから、お家へ伺っても怪しまれないのではないかという話になりまして、伝言をお預かりして参りましたのよ」
「アーヴィンからの伝言でしょ。あなた、アーヴィンと知り合い?」
「伝言は確かにアーヴィン様からのものですが、わたくし自身はアーヴィン様と直接の面識はございません」
「……どういうこと」
奇妙に思ったローゼが出した声はかなりの不信感を含んでいたが、フェリシアの態度に変化はない。相変わらず柔らかな微笑みを絶やさずに彼女は答える。
「わたくしに伝言を頼んだのはジェラルド・リウスという人物です。ジェラルド様は、アーヴィン様と親しい間柄にあるそうですの」
聞いたことのない名前に首をかしげるローゼだが、そもそもアーヴィンの交友関係に詳しいわけではない。特に神殿関連の人物となれば知らなくて当り前だろう。それで黙って先を促す。
「ジェラルド様がアーヴィン様にお会いした際に、こっそりと伝言を託されたと聞いておりますわ」
「こっそり、か。……ねえ、アーヴィンは今どこにいるの?」
「見張り付きで大神官様の近くにおられるようです」
「村には戻ってきてないのね」
「はい。先ほど神殿を覗いてみましたけれど、他の神官が代理として派遣されているようでしたわ」
「ふうん……」
やっぱり、とローゼは心の中で呟く。
ローゼは王都から来た一団に知り合いなどいない。大神官が神殿関係者とローゼを会わせたくないと考えるなら、アーヴィンだけを見張っていれば用が済む。
そして同時にローゼは自分の勘が正しかったことを確信した。やはりアレン大神官はローゼを聖剣の主にしたくないのだ。
「……それで、アーヴィンからの伝言って何?」
「ええと……」
真剣な表情になったフェリシアは、こほん、と咳払いをひとつ。
「聞きたいことがあるのなら、このあと会おう」
妙に太い声で言ったのは、もしかしたらジェラルドという人の声真似かもしれない。
再びにこりと笑い、フェリシアは元の優美な声に戻す。
「だ、そうです」
「会えるの? だってアーヴィンにも見張りがいるんでしょ?」
「なんとか抜け出すと聞いておりますわ。……いかがなさいます?」
「会う」
そもそも情報が少なすぎて困っていたのだから、会って話をしてくれるというのは願っても無いことだ。
言い切ったローゼに、フェリシアがうなずく。
「分かりました。では行かれる際にローゼ様は変装してくださいませね。きっと見張りがいますから」
「あたしにまで?」
「大神官様はローゼ様の動向も把握したいはずですもの。でも、ご安心くださいませ。わたくしが途中まで一緒に参ります。見張りはきちんと誤魔化してみせますわ」
「……あなただって神殿の関係者でしょう?」
「ええ。でも先ほども申し上げました通り、わたくしは今回の一団と関係ありませんもの。大神官様もわたくしの存在を把握しておりませんわ」
どうしてそう言い切れるのか不思議だった。罠の可能性も考えたが、ひとつ首を振ってローゼは腹をくくる。
疑っていても仕方がない。ローゼはフェリシアを信じると決めた。あとは、とことん信じるだけだ。
「お願いするわね。ところでアーヴィンとは、いつ、どこで、どうやって、会うの?」
「このあとすぐにお会いできます。落ち合う場所は森の小屋と聞いてますわ」
「森の小屋……」
ローゼは頬を引きつらせた。
グラス村の北と南には森があり、どちらにも何か所かの狩猟小屋が置かれている。
しかしローゼはこの六年、北の森に足を向けていない。嫌な思い出があるためだ。おまけに小屋となると、絶対に行きたくない場所が一か所あった。
「……どこの森のどの小屋か聞いてる?」
「北の森の、最も東側――」
「そこは駄目」
顔が赤らむのを感じながら即座に言い切ると、フェリシアが首を傾げる。
「どうして駄目なのです?」
「どうしても! そこは絶対に、絶対に! 駄目なの!」
「ですがアーヴィン様が指定なさったのは、北の森の、最も東側の小屋ですわよ」
「いやああああ!」
フェリシアの言葉を遮るようにして叫び、ローゼは座っていた寝台にうつ伏せになって枕を抱えた。
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