10話 ちゃんと考える
(あたし……)
ローゼは大神官の後方を見た。
褐色の髪をした神官は膝をついて頭を下げたまま。その表情を窺い知ることは出来ないけれど、ローゼは彼の声を思い出せる。
『慌てず、落ち着いて、良く考えて』
体はいつの間にか縮こまっていた。先ほどまで背にあった大きな手が押してくれたような気がして、ローゼは深呼吸を繰り返しながら姿勢を直す。
(うん。ちゃんと考えるわ)
自分に魔物と戦う力があると思えないのは本当だ。そんな自分を神はどうして選んだのかはさっぱり分からない。ただ、託宣があったのは間違いないだろう。そうでなければこんな辺境まで大神官の一団がわざわざやってくるはずはない。
(でもなんで、一対一で話をしないの?)
この場で話していたのは結局、アレン大神官だけだ。大勢の人物は一言も発していない。
(だったら神殿で話せばいいだけよね。こんなところに呼び出して、これ見よがしにたくさんの人を並べて、全員に頭を下げさせるなんて。変なの)
おかげでローゼは委縮してしまい、
そこまで考えてふと思いつく。
(もしかして、それが目的? この人、あたしを聖剣の主にしたくないの?)
会話を思い出してみると、大神官はローゼに断るように促してはいたが、主になることを勧めてはいなかった。しかしアレン大神官がローゼを聖剣の主にしたくないのは、本当に心配の感情からなのか。
途中からみせた慈愛の眼差しだけを見るなら、確かにそうだと言い切れる。だけどローゼは最初に向けてきた表情が気になって仕方がない。あれは、ローゼに対して――。
「ローゼ様、どうなさいましたか」
優しい声をかけて来るアレン大神官は、相変わらず優しげな表情を浮かべている。ただ、なんとなく先ほどとは違う気がした。
そう思うと同時に、ローゼは相手のことをきちんと見る余裕ができてきたことに気付く。
『堂々としているんだよ』
低く、穏やかな声を思い出しながら、ローゼは腹に力を籠めてみる。
「大神官様、ご心配下さってありがとうございます」
思ったより大きな声が出て、ローゼはほっとする。大丈夫だ、震えたりもしていない。
「でも私のようなものには、聖剣のことは雲の上のお話なので、すぐに理解ができません」
ほんの一瞬、大神官の表情が困惑したように見えた。
「申し訳ありませんが、考えるお時間をいただけませんか? まさかここで今すぐにお返事しなくてはいけないなんてこと、ありませんよね?」
「……かしこまりました」
すぐに頭を下げた大神官の表情はもう見えなかった。
(これで良かったのかな……)
もう一度大神官の後方を見る。今は全員が頭を下げていてアーヴィンの表情はやはり分からない。しかしローゼは、どんな選択をしても必ず味方をすると言ってくれた、彼のその言葉を信じることにした。
* * *
話が終わるとローゼは村へ帰された。てっきりアーヴィンも一緒だと思ったのだが、アレン大神官曰く「レスター神官とは少し話がある」から駄目らしい。
仕方なくローゼは渡されたお守りと共に日の沈み切った道を一人で戻る。高い石壁をくぐり、門を開けておいてくれた衛兵に礼を言って、石で舗装された大通りを行く。集会所の前にさしかかると、中から扉が開いてディアナが顔を出した。
「ローゼ、こっちこっち」
「なあに? 待ってたの?」
笑いながら入ると他の少女たちの姿はなかった。日も暮れているし、家の手伝いもあるから、他の皆はそんなに遅くまで遊び歩いているわけにはいかない。ディアナがこうしてまだ集会所にいられるのは村長の娘だからだ。
村長の家は村で唯一、使用人を雇っている。おかげでディアナは雑事をする必要がない。それでもあまり長く外にいれば心配されてしまうだろうから、きっと何かしらの偽の用事を作って家を出て、ローゼが戻ってくるまでずっと集会所で待っていたのだろう。
集会所の中は外よりさらに暗かった。ディアナは手にした
「
「だってローゼがいつ戻ってくるか分からないでしょ」
人々が明かりとして使うのは主にこの輝石だ。衝撃を与えると輝くこの石は熱も
「ねえ、ローゼ。結局何があったの?」
ディアナに問われ、ローゼは少し考えてから答える。
「なんかあたしが、聖剣の主に選ばれたらしいのよね」
「え?」
ディアナの茶色の瞳が極限まで見開かれた。
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