8話 神託の内容
(ねえ、アーヴィン。これは何?)
この場でひとりきりの知り合いに向かってローゼはそう尋ねたい。しかし彼は青い群衆の中でローゼに向かって頭を下げていて顔も見えない。そればかりか雰囲気からは余所余所しさしか感じられず、ローゼは本当に彼と知り合いだったのかどうかさえ判然としなくなってくる。
怖くて堪らないローゼが足元の緑へ視線を落とすと、正面から声が聞こえた。
「ローゼ・ファラー様。お目にかかれて光栄に存じます。私はアストラン王国の大神殿にて大神官を務めます、モーリス・アレンと申します」
おそるおそる見てみると、彼はまだ頭を下げていて顔は見えない。だが、その状態でも声は思いのほかよく響いた。
「本来ならば私が出向かねばならぬところを、わざわざこの場までご足労頂きました非礼をどうぞお許しください」
その声からは何の感情も窺うことができない。
答えて良いものなのか、しかしなんと答えたら良いのか。分からないのでローゼは黙っていた。
「我々がこの地まで参りましたのは、神々より
そう言って大神官は顔を上げる。
「ローゼ様、聖剣のことはお分かりですね?」
神々から与えられた魔物を打ち倒すための武器、聖剣。
この世で聖剣のことを知らない人物がいるとは思えない。教典に記載があるのだから。
そうでなくともローゼは聖剣の伝説も好きだ。神殿の書庫にあった本も読んでいるので、教典にある以上の知識も持っている。
ローゼがうなずくと、大神官は先ほどまで打って変わって痛ましそうな視線を向けて来る。
「神より賜った、魔物を打ち倒すための聖剣。――ローゼ・ファラー様。あなた様は神により、
何を言われたのか理解するまでにはしばらく時間が必要だった。
目を見開いたまま動きを止め、やがてローゼはかすれた声で呟く。
「聖剣の主に選ばれた……? ……あ、あたしが……?」
まず浮かんだのは否定の言葉だ。まさか、ありえない、とローゼは頭の中で繰り返す。
天上には主神のウォルスを始めとした“
そんな光の神々と敵対する者が、地の底深くに住まう“闇の王”。その闇の王が人間を苦しめるために地上へ出現させているのが『
魔物は個別にしか現れないし、しかも出てくるものの大半は、さほどに強くない小鬼ばかり。グラス村だって近くに小鬼が出ることはあるし、その場合は大人たちが討伐隊を組み、神官と共に戦う。
だが、時には『
そうした人々を哀れみ、神々が与えてくださったのが、魔物に対して強大な威力を発揮する『聖剣』だった。
この大陸に聖剣は十振ある。大陸の五つの国に十振の聖剣、つまり各国に二振ずつ。
どの聖剣も初めに聖剣を手にした人物の子孫がそのまま主となるが、彼らの住居は王都にあると聞く。辺境の村で生まれ育ったローゼには何の関係もないし、農業を営む家系に生まれたローゼに聖剣の主の血が入っているはずもない。
呆然としたままのローゼに、大神官は言う。
「二か月ほど前、アストラン大神殿にいる
大神殿は各国に一か所、それぞれ王都に存在する。
ローゼが住むのは大陸の西にあるアストラン王国、だからアストラン大神殿。
そして大神殿には巫子という、神々の声を受け取るものがいるそうだ。彼らは夢を介して神からの託宣を得たり、神々を体に降ろして人との仲立ちをするらしい。
各大神殿には十名の巫子が在籍している。夢で託宣を得る時は、同じ夢を見た人数が多いほど信ぴょう性が高くなるという話だった。
――では、全員が同じ夢をみたということは。
ローゼが思いを巡らせる間にも、大神官は話を続ける。
「十振の聖剣は千年前から人の世にあり、今もその
一度会話を切り、大神官は言う。
「最後に作られた一振。四百年前に人の手に渡されて初めての主様がお使いになり、以降は誰も手にしていない聖剣」
さらにもう一度切り、ローゼを見つめた大神官は厳かに告げる。
「ローゼ様は十一振目の聖剣の、歴史上おふたり目の主様となられるのです」
大神官の話を聞いても、ローゼは何の言葉も発することができない。
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