5話 お客様
「なによ、やっぱりあたしに用事があったんじゃない! だったらあのとき素直に言いなさいよ! アーヴィンってばそういうところがもう、本当に意地悪というか卑怯というか!」
「馬鹿っ、声が大きい!」
叫んだローゼの口をディアナが片手で慌てて塞ぐ。
「周りの子にバレないようにしてローゼだけを呼んで欲しい、って話だったんだから。静かにしなさいよね」
「ご、ごめん……?」
ディアナの手越しにもごもごとローゼが謝ると、きょろきょろと辺りを見回してからディアナは手を離す。
「まったく……あんたってばまた何かやったんでしょ。今度は何?」
「ぜんっぜん思い浮かばない。っていうかあたし、『今度は』って言われるほど問題児じゃないわ」
「嘘言うんじゃないの。だいたいね、今の神官様が初めて村にいらした時、半年くらい逃げ回ってたことは誰も忘れてないわよ? あれもあんたが
「えーっ……違う……」
「だったら何があったのか言ってみなさいよ。みんな未だに真相を知りたがってるんだからね」
「な、なんでもいいじゃない。もう六年も前に終わったことよ!」
目をそらしたローゼを笑った後、ディアナはローゼの背を思い切り押す。
「まあいいわ。とにかく、神官様にお会いして叱られてきなさいな。みんなには私が適当に言っておくから!」
押されてよろけたローゼが姿勢を整えて振り向くと、ディアナは扉の向こうに消えていくところだった。ため息をつき、ローゼは仕方なく神殿へ向かう。
“グラス村の集会所”という名前はついているものの、元はと言えばこれは神殿が所有する建物の一つであり、神殿側の好意で村人用に使わせてもらっているだけにすぎない。よって、集会所の先にある角を曲がると、神殿の入り口はすぐそこだった。
短い距離を歩きながら、ローゼはアーヴィンの用が何なのかを考える。
(この前の勉強会で質問した『神殿が魔物の序列についてどう考えてるか』についての内容がまずかったのかな。そりゃ、強い魔物が上位に決まってるのはあたしだって知ってるけど。でも……あ、それともあれかな。『神聖術を使う時にかかる対価については誰がどうやって決めたのか』。もちろん王都の大神殿の偉い人あたりが決定した金額なんだろうけどさ……いや、待てよ。もしかしたら『神官と神殿騎士、魔物と戦ったときに強いのはどっち?』って話が駄目だった? うーん、あるいは……)
結局まったく思い当らないまま角を曲がり、神殿の門が見えたところでローゼは息が止まるかと思った。とても美しい青の色が風に揺れていたからだ。
グラス村の北には小さな池があり、空の青を映してとても美しくきらめく時がある。しかしローゼが一番美しいと思っていたあの青にだって負けないくらい、この青は美しい。
とても鮮やかで、風に揺れるたびに光の加減で強く、弱く、輝く青。
それがアーヴィンの着る衣装の色なのだと分かったのは数瞬の後だった。
「アーヴィン、その衣装どうしたの!」
叫んで駆け寄り、そしてローゼは分かった。衣装の全面、胸元から足元までは、金の糸を使って豪華な刺繍まで施されている。
「すごいわ、こんなの見たことがない! なんて綺麗な――」
「ローゼ」
衣装だけしか目に入っていなかったローゼが視線を上げると、彼の顔色は良くない。
「えっ……アーヴィン? 具合でも悪いの?」
「いや、大丈夫だ」
ローゼの言葉を受けてアーヴィンはゆるゆると首を左右に振る。
「実は、ローゼに会いたいというお客様がいらしてる」
「え? あたしに?」
アーヴィンが顔色を悪くしているのはどうやらその“客”が問題のようだ。
村内の人物であればアーヴィンがこのような言い方をするはずがない。だとすると。
「村の外から……?」
アーヴィンの頷きを見て、ローゼの心には戸惑いと不安が湧き上がってきた。
村からほとんど出たことがないローゼには他から訪ねてくるような相手の心当たりなんてない。しかもアーヴィンは「いらした」と言った。であれば身分ある人物だろうか。それはアーヴィンにとって悪い相手なのだろうか。ならばますます心当たりなどない。
「ええと……誰、なの?」
「大神官様だよ」
「は?」
言われた内容はあまりに意外すぎた。ローゼは目を見開いたままぽかんとする。
ローゼが生まれたこの大陸には五つの国がある。そして大陸の宗教は基本的に一つしかない。“
大神官とは、そんなウォルス教の神官たちを束ねるもの。常に各王都の大神殿にいる彼らはそれぞれの国に五人ずつ、つまりこの広い大陸すべてにおいて二十五人しか存在しない人物だ。しかも貴族相応の地位を持っているとまで聞いたことがある。
「や、やだなあ、アーヴィンたら。そんな偉い人がただの村人に会いに来るはずないでしょ? 騙すつもりならもう少しマシな嘘を言ってよね!」
あはははは、と乾いた笑い声をあげるローゼだが、アーヴィンの生真面目な表情は変わらない。夕の声に乗って流れていくローゼの声は徐々にすぼんでいき、やがてかき消える。
「……嘘……よね?」
小さな声にはきっぱりとした返事が戻ってきた。
「本当のことだよ」
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