4話 ★村にひとりだけの神官
神殿には立派な書庫があり、たくさんの書物がある。神殿の書庫の蔵書なのだから、これらの本はすべて神官のためのものだ。
学術的なものや知識系の本が多く、やたらに内容が難しいものもあるし、娯楽系の本は無い。
そしてこれらの本は手続きさえすれば誰でも借りることができる。本は高価なものだから悪意を持った人が持ち出すことだってできるだろうが、例え捌こうとしたところで神殿の本を買い取る愚かな真似をする者はこの世界のどこにもいないし、ましてや田舎のグラス村ではそんなことを考える人すらいない。それどころか本を手に取ろうと考える人だって少ない。
よってグラス村の神殿の書庫へ足繫く通う者など、この村の中ではローゼくらいだった。
神話系の話は面白い。簡単なものなら学術系の話だって興味はある。そしてなぜか書庫には徐々に精霊に関する本が増えてきていたので、最近のローゼは精霊の本を中心に借りることにしていた。
昨日もローゼは神殿へ行き、本を借りる手続きを済ませ、外へでたところで、神官服――神殿の基調色である白に、同じく基調色の青で縁取りをした長衣――を着た人物に会った。この村に神官はひとりしかいないのだから、神官服を着る人物もひとりしかいない。アーヴィンだ。
門の向こう側から現れたのだから、彼は神殿をあけていたのだろう。肩下までの褐色の髪を麗らかな日差しに輝かせるアーヴィンは、ローゼを見ると灰青の瞳を細めて穏やかな微笑を浮かべる。
「こんにちは、ローゼ。もしかして私に用があったのかな?」
グラス村の神殿に神官はアーヴィンひとりしかいない。他にも神官補佐という数名の人たちはいるのだが、彼らは雑用係として雇われている村人なので神聖術は使えないし、専門的なことも分からない。
そのため神官を訪ねて来た際、運悪く留守だった村人は神殿でアーヴィンの帰りを待つのが常だった。
だけどローゼは別にアーヴィンに用があったわけではない。その証拠とばかりに小脇に抱えていた本を見せる。
「あたしは本を借りに来ただけ。アーヴィンに用があったわけじゃないし、今は誰も待ってないから心配しなくても平気よ」
「そうか、ありがとう」
礼を言うアーヴィンに手を振ってローゼは門へ向かったのだが、今度は背後からアーヴィンが呼び止める。
「ローゼ」
振り向くと、ほんの少し前まで普段通りだったはずのアーヴィンは何故か硬い表情だ。何かを言おうとしたようだが、すぐ思い返したように口をつぐみ、わずかなあいだ灰青色の瞳を地に向ける。
《挿絵》
https://kakuyomu.jp/users/Ak_kishi001/news/16818093079486673528
見たことのない様子を不審に思ったローゼが問うよりも早く、アーヴィンは顔を上げる。その様子は、たった今見せていた姿が嘘だったかのようにいつも通りだった。
「ローゼは本が好きだね。この村で一番本を読んでいるのは、きっとローゼだろうな」
「あー、うん。そうかも? っていうか、ねえ、アーヴィン。あの――」
「呼び止めて悪かったね。気を付けて帰るんだよ」
ローゼが何か言おうとしていることは分かっているはずなのに、アーヴィンは一方的に言い切って神殿の中へ歩み去る。どうやら問いかけてほしくないようだ。
「……なに、あれ。変なの」
釈然としないものを抱えながら小さくぼやき、ローゼは神官服の背を見送った。
今日の呼び出しは、きっと昨日のあれに関係がある。
内容に心当たりはないが、おそらく面倒なことなのだろう。
前もって、しかも直接言ったのではローゼが逃げるだろうと考えたアーヴィンは、ディアナを通して呼び出すという回りくどいことをしたのだ。
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