卵焼きは甘いか、しょっぱいか。
三角ケイ
第1話 卵焼きは甘いか、しょっぱいか。
その日、彼は食堂の定食の卵焼きを食べて衝撃を受けた。
(あれ?卵が甘い。彼女が味付けを間違えるなんて初めてじゃないか?)
彼女とは5年前に彼の前に突然現れた異世界の女性のことだ。彼は城下の騎士団に所属していて、当時は夜の見回り当番に当たっていて偶然彼女が現れた場に居合わせたのだ。
この世界では異世界人が転移してくることはよくあることだったから、彼は人が突然目の前に現れても驚きはしても狼狽えることはなかったが彼女はそうではなかったようで、気絶した彼女を慌てて抱きかかえて病院まで走ったのは今となっては懐かしい思い出だった。
ここでは異世界人は難民として扱われ、自立出来るまで国が保証人を付けて世話することになっていたから彼は自ら彼女の保証人となった。
親身にお世話してくれる礼にと彼女が作ってくれたしょっぱい卵焼きが美味しいと思った彼は住み込みで働ける騎士団の食堂の仕事を彼女に紹介した。
(そう言えば食堂に彼女がいない。確か彼女は今日は休みではなかったはず。普段から頑張り屋の彼女のことだから初めての失敗を気にしているやもしれん。それとも誰かに文句を言われて、どこかで泣いているとか?どいつだ、彼女を泣かせた奴は!)
そう思った彼は眼光を鋭くさせ食堂内にいる騎士達を見やった。
「今日の卵焼きも甘くて旨いな」
(今日も、とはどういうことだ?)
騎士達の会話に彼は首を傾げた。
「俺は辛党だから甘くない方がいいが」
「仕方ないさ。一人ひとりの好みに合った卵焼きを出すなんて食堂では不可能だからな。食堂の味付けはコック長が決めているから、彼の許可がなければ味は変えられないのさ」
(食堂の卵焼きが甘いとは、どういうことだ?俺はずっとしょっぱい卵焼きを食べていたぞ)
騎士達の会話を聞いて驚いていると遅れてやってきた団長が彼に声をかけた。
「彼女に何かある度に仕事放りだして駆けつけていく君がのんびりしているなんて珍しいね」
「は?珍しいとは?」
「だって彼女、今日は朝から熱があってメイド長に医務室に連れていかれたのだけど、君の卵焼きだけは自分が作りたいと泣いているらしいよ」
「ええっ!?済みません!失礼します!」
駆け出していく彼を見送った団長はコック長に言った。
「これからは卵焼きを甘いのと辛いのを交互に出せないかい?」
「いいですよ。でも彼だけはこれからも甘い卵焼きを食べ続けるんでしょうね」
「違いない」
そう言って二人は笑いあった。
卵焼きは甘いか、しょっぱいか。 三角ケイ @sannkakukei
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