第2章 蛇神様と陸巫女
第13話 作戦ですよね?!
夜が明けて、また忙しい一日が始まった。
朝起きて、朝食を済ませたら湖の周囲を見回って、草を刈ったり、ゴミを拾い集めたり。それが終わったら神殿内をくまなく掃除して清め、お祈りをする。昼食を済ませたら村の御用聞きだ。端から端まで回って、困っていることはないか話を聞かねばならない。
変わらない、いつもの日常である。
ただ、一つだけ、変わったことがある。
「翠よ、草刈りはおれに任せろ」
「そんな! あの、螺旋様にそのようなことをさせるわけには!」
「気にするな。映心、鎌を寄越せ」
「は」
螺旋様もそれを手伝うと言い出したのである。
労働とは良いものだ、などと機嫌よくザクザクと雑草を刈っている。さすがは神様、手際が良い。いや、そうじゃなくて。
「あの、映心様、これは一体どういうことなのでしょうか」
「翠殿に気に入られたいんでしょうね」
「えっ」
「好きにさせたら良いんじゃないですか」
「そうかもですけど。あの、気のせいかもですけど、映心様ちょっと口調が、その、なんか昨日までと違うような」
何ていうか、ちょっと荒いというか、尊大な感じがするんですけど。とはさすがに言えない。
「あぁ、そうですね。これはもう完全に神様の影響ですね。さすがに今回はちょっと近すぎます、あの人。ずかずか踏み込んで来すぎなんですよ」
「あぁ――……やっぱり。ていうか、『あの人』とか言っちゃって大丈夫なんですか。踏み込んで来すぎとか、そういうのも」
「私をそういう風に作ったのは神様ですし、問題ないんじゃないですかね」
ああ、温厚で癒し系の映心様はいずこへ……。けれども、螺旋様もそれはそれは真面目に働かれるのだ。だから映心様は、多少態度や口調が変わってしまったもの の、働きぶりに影響はない。それについては良かったけれども。
「この姿だと飲み食い出来て良いな」
そう言って、螺旋様は私が用意した昼食をそれはそれは美味しそうに食べた。食べることは出来るものの、別にお腹が空いているわけではないらしい。ただ、『食べてみたい』のだそうだ。私の手料理を。
「なぁ映心よ。ちょっと出来過ぎてないか、これ」
「何がです」
「見ろ、翠を」
「えっ。私が何か?!」
「気立ても良く、器量も良く、真面目によく働き、飯まで美味い。どうなってるんだ」
「どうなってるも何も、それが翠殿ですから」
「おれの嫁として完璧すぎるだろ。神が創り給うた最高傑作ではないか」
「左様でございますね。その先祖を創ったのはあなた様ですけどね」
「そうだった。さすがはおれだな。というわけで、結婚しよう」
「いやいやいやいや! 何をおっしゃるんですか! あの、いまのなんか違いますよね?! なんかこう、無理やり褒めちぎって私のことおだてる作戦でしたよね?!」
「無理やり褒めちぎったわけではないのだがな」
「作戦だなんて人聞きの悪い」
二対一の構図である。
しかも、相手は私なんかよりずっとずっとずっと格上の御方だ。勝てるわけがない。
「わ、私よりも、あの、螺旋様ですよ」
「おれが何だ」
「螺旋様の方が素晴らしい御方で、その、驚いたと言いますか。いえ! あの! 神様であらせられる螺旋様が素晴らしい御方なのはそれはもう当たり前のことなんですけど!」
「ほう?」
だって、神様ってなんかこう、不思議な力でぱぱぱぱーん、って何でも出来るわけだから、まさか、私達のように汗水たらして労働をするなんて思いもしなかったのだ。なんていうか、思ってた『神様』と違う。
「翠は、自分の親が自堕落な生活をしていたらどう思う」
「え」
「尊敬出来るか? あのようになりたいと思うか?」
「それは、ちょっと」
「だろ? 何度も言うが、おれはこの国を、そして、お前達の先祖を作った神だ。つまりは親なんだ。お前達の手本となるべき者がふんぞり返って怠惰な生活をしていてどうする。示しがつかんだろ、我が子に対して」
「た、確かに」
ぴしり、と背筋を伸ばして、優雅な所作で白米を口に運ぶ。茶碗に一粒の米も残すこともなくきれいに平らげ、「美味かった」と箸を置いた。すかさず映心様がお茶を注ぐ。
「だが、こういうところが王曰く、『古い』のだそうだ」
「古い、ですか?」
「王の考える『神』というのは、人知を超えた力でもって民を救い、贅に囲まれて悠々自適に暮らしているものらしい」
「え」
「つまり、王はそういう生活を送りたいんだな。だから、おれのような神がいると困るんだろ。自分より数段も格上の存在が勤勉に働いていれば、自分達もそれに倣うしかないからな」
「そんな」
「いやぁ、子育てに失敗したな、おれも。まさか数百年ほったらかしたらこんなことになるとは。あっはっは」
笑いごとなのかな。
そう思うけど、螺旋様はあっけらかんとしているのだ。
神様からしてみればそうなのだろう。
「まぁ、それでやれるだけやってみれば良いんだ。人間は痛い目を見ないと学ばんしな」
「それはそうかもですけど」
でも、出来ることなら痛い目なんて見ない方が良い。
だってこの場合の『痛い目』ってきっと、国が滅亡する寸前とかそういうのだろうし。そうなった時に犠牲になるのは、力を持つ者――王ではない。何の力も持たぬか弱き民だ。
「あのな、翠。親っていうのは、四六時中べったりついてりゃ良いってもんでもない。離れたところで『あーぁ、アイツ馬鹿だなぁ』って見守ってりゃ良いんだ。それで、本当に危ない時にはサッと手を差し伸べる。そういうものだろ」
「手を差し伸べてくださるのですか」
「そりゃそうだろ。親は子を見放さないものだ。どんなに愚かでもな」
だからそう心配するな。
その言葉にホッとして、胸に手を当て、深く頭を垂れる。
「ありがとうございます。どうか、神様の御慈悲を」
「名前で呼べと言ったろうに。なぁ、どうだ。そろそろおれと結婚する気になったか? こんな素晴らしいおれだぞ?」
「えっと、それはまた別の話と言いますか」
「えぇ~? いつになったらお前はおれの嫁になってくれるんだ」
「だ、だって。私は選ばれていなくて」
「だーから、それはもう解決しただろ。碧はもう王の妾だ」
「ですけど、あの、私には碧のような力はありませんし。悪濁だってあんな力技でどうにかした感じですし」
「力技でも何でもどうにかなったではないか」
「それはそうですけど……って、よく考えたら、あの悪濁ってどこに!? 映心様、あれはどこに埋めたんですか?!」
あの時はただのヘドロだと思ったから、その辺に埋めておけば良いだろう、なんて安直に考えて映心様に押し付けてしまったけど、あれってそういうものじゃないのよね?! その辺に埋めて良かったのかな?! 良いわけないよね?!
「言いつけ通り、湖の周りに埋めましたが」
「で、ですよね! 私そう言いましたもんね! えーっ、どうしましょう! あれって本来は嫁巫女が祈りの力でどうにかするべきものなんですよね?!」
「厳密にいえば巫女の祈りの力を得て、おれ自身がどうにかするやつだな」
「そ、そうでした! いや、だとしてもですよ! 埋めてしまったら駄目ですよね?!」
どうしよう。掘り起こすべき?! でも掘り起こしたところでどうする?! 碧は王都にいるのに!
「落ち着け翠。問題ない。あれはあれで問題ないんだ」
「そんなわけが! 申し訳ありません! 私が無知で無力なせいで余計なことを!」
いますぐ王都に行って、碧を引っ張ってでも連れ帰ります! と立ち上がる私の手を取り、「落ち着けと言っておろうに」と、自身の膝の上に座らせる。
「問題ないんだ、あれでも。一時的にでもおれから悪濁を引き剝がしてくれたから、浄化出来るだけの力が戻ったんだ。脱皮すると言ったろ。それだけでも多少は回復するんだ。これまでそうして騙し騙しやって来たしな。今回は湖だけではなく、おれの身体についた悪濁まで翠がきれいにしてくれたから、
やり方は違えど、お前の行動は間違っていない。
耳元でそう囁かれ、至近距離で微笑まれれば、どきんと心臓が跳ねる。
「そもそもおれは掃除をせよとしか言ってないんだ。そう捉えても無理はないだろ。翠は悪くない。よしよし」
「あ、頭撫でるのやめてくださいぃ」
「いや、親は子を慈しむものだからな」
「そうかもしれませんけど! いや、そう考えると、子どもを娶るとか、おかしいのでは?!」
「人間の尺度でおれを計るな。おれは神だぞ。何でもアリに決まってる」
「そんな!」
「というわけで、納得したか? 諸々解決しただろうから、じゃあ結婚だな」
頭を撫でていた手が、私の顎に伸びてきた。親指で私の下唇をなぞり、にやりと悪い笑みを浮かべる。次の行動が読めてしまって、心臓がばくばくとうるさい。けれど、流されるわけにはいかない。
「まだ私の心の整理がついていません!」
それにやっぱり、神様と一緒にいるのは相応の力を持った巫女でなくてはならないのではと、そればかりが引っかかる。
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