第11話 王都に神様は不要?!
「お、おおお止めくださ――――いっ!」
すぱぁん! と勢いよく戸を開け放ち、しゃかしゃかしゃかと床を這って映心様の前に移動する。
「そんな些細なことで首を刎ねるなんておやめください! 私なぞ、下々ですから! 下も下! 最下層の人間にございますっ! 間違ってませんから!」
「映心を庇うのか?」
「ひっ……?!」
ぎろ、と鋭い目で見降ろされ、金縛りにでもあったみたいに身体が硬直する。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。つい勢いで割り込んでしまったけれど、このままだと首が刎ねられるのは私の方かもしれない。
「さすがはおれの巫女。慈悲深い。さすがはおれの嫁だ」
「え、いまなんて」
「それでこそ、おれの巫女だと言っている」
「え、いや、あの、そこは聞き取れましたけど」
「慈悲深い?」
「いえ、そこでもなく」
「嫁? おれの嫁ってところ?」
「それです、それ! 違います! それは姉の碧で」
「碧はおれの元を去った」
「えっ」
「嫁巫女様が、ですか?」
「王の妾になった。そっちの方が良いと」
え。
いまなんて?
「ついでに、おれの湖は埋め立てられてた」
え?
なんて?
「それから、もう王都には
は、はい?
「
「都合が良い、ですか」
「そうだ。何せ自由が利くからな。それに、おれのような古い考えの神は時代にそぐわんらしい。とはいえ、所詮は人間だ。おれほどの力はまだない。ただ今後、信仰の力によってどう育っていくかはわからんがな」
この世界を作ったのは神様だ。
けれど、その神様にさらなる力を与えたのは、人間だ。人間の祈りの力というのは侮れない。
神様を信じる人間達の祈りが、彼をさらに偉大に、強大にした。畏怖の対象にしたのだ。神仏像という依代があったにせよ、王がその力を得たのは、民がそれを望んだからかもしれない。
夜着に上着を羽織っただけの恰好で飛び出してしまったものの、こうなれば話を聞かないわけにもいかない。というか、姉の行動も気になるし。
映心様にお茶を淹れてもらい、折り畳み式の座卓を出す。「菓子も必要だな」とどこからか神様がお菓子を運んで来て下さり、真夜中のお茶会開催である。
頬も落ちそうなくらいに美味しいお菓子に舌鼓を打ち、温かいお茶で喉を潤す。わぁ、美味しいですねぇ、なんて和んでいる場合ではない。螺旋様がぽつぽつと話してくれたところによると、だ。
あの後螺旋様は姉の碧を伴って王都へと戻った。そういう約束だったからだ。尚、婚姻の儀は行っていないらしい。湖の中では螺旋様は大蛇のお姿になるため、「絶対に嫌です」と姉が拒んだのだとか。いやいや、もうその時点で入れ替わってたのバレバレだし! もう少しちゃんとやって!
「碧ったら! 神様を拒むなんて」
「翠も拒んだだろ」
「うっ! それは、その、だって螺旋様のお相手は姉ですから」
「だとしても、いまのおれが選んだのは翠だ。むしろ碧が乗り気じゃなくて助かった」
「だ、駄目です! だって、姉は小さい頃から神様の花嫁として修行を」
「おれは、大切に育てろとは言ったが、花嫁になるために修行をさせよと命じた覚えはない。お前達が勝手にしたことだろ」
「そんな」
「人間はいつもそうだ。自分達に都合の悪いことが起こるとすぐにおれの機嫌を取ろうとする。それも、極端な方法でな。いつおれが生贄を望んだ。それも、若い女を。しかもその生贄は当人の意思でもない。その時に力を持っている人間が強制的に指名したものだ。なぜ己の身体を捧げない。なぜ罪もない若い女を寄越す。おれがいつそんなものを要求した」
「それは」
王都に住まう神様の話は、寝入りばなに母がよく話してくれたものだ。
その昔、神様の怒りを鎮めるために、時の権力者達は、生贄として、若く美しい女を捧げ続けたのだと。王都の湖におられる神様はそれはそれは恐ろしい御方で、常に生贄を欲していたらしい。けれども、あまりにも血を浴びすぎてそれに酔い、荒神になったのだと。
そしてそれはいつも、そこから逃げ出した生贄の一人が私達の先祖だ、という話で終わるのだ。
「おれの湖に溜まった『悪濁』の大半は、そういうやつらの『己だけが助かろうとする卑しい心』だ。皮肉なものだな、民のためと言って生贄を捧げ続けたのに、結果としておれの荒神化を加速させたのはそいつらのその行動だ」
生贄の血を浴びて荒神になったんじゃない。
生贄を捧げて自分達だけが助かろうとした人達の卑しい心がそうさせたのか。
「あの、ちなみに、その時の螺旋様がお求めになられていたことは何だったのでしょうか」
「うん?」
「だって、生贄ではなかったのですよね? では、何を」
「何も」
「え」
「何もいらんって。強いて言えば、これまで通り勤勉に、堅実に生きよ、規則正しい生活を心がけ、健やかに暮らせ、とそう答えたはずなんだが」
「それだけですか?」
「それだけだ。だってそれより大事なことがあるか?」
「えっと、そう、かもですけど」
人間達は、おれがお前達にとってどういう存在であるかをはき違えている。
螺旋様はそう言って、大きくため息をついた。
「はき違えて、いますか?」
「そうだ。おれからすれば、お前達は我が子のようなものだ」
「我が子……」
「我が子が『自分達だけ助かりたいので、他の子を、それも自分より若くて力の弱い者を差し出します』とか言って来たら引くだろ、普通に」
「た、確かに」
「そんなものいらんって。それより、これからも真面目に生きろ、健やかに育て。そう思うのが親じゃないのか?」
「言われてみれば」
「だから、そう言った。そう伝えたはずなんだが、それだと都合が悪いんだ、そいつらにとっては」
「そんな」
「だってそうだろ。勤勉になんて働きたくないんだ。自分達は自堕落に生きたい。美味いものも食いたいし、酒も飲みたい。だから生贄を湖に沈めた。巫女と違って、普通の人間は神の湖の中では生きられない。命を差し出されれば、さすがに受け取るしかないからな。無駄に出来るわけがないだろ」
おれの湖に死骸の山を築きやがって、と憎々し気に歯噛みをする。
「それで、そろそろいい加減にしろよって思って多少きつく灸を据えてやろうとしたら、制御不能になってしまったというわけでな」
「そういうことだったのですね」
「いつもお前達はそうだ。おれのことを勝手に勘違いして先回りし、間違った方法で機嫌を取ろうとする。おれはただ、おれのところに嫁げる年齢になるまで死なせぬように育てよと、そう言ったつもりだった」
なのに何だ、修行って。いらんいらん、そんなもの。礼儀作法? それはお前達がお前達の世界で作ったものだろう?
「ただ健やかに育ってくれればそれで良かった。作法も礼儀もいらん。なぜ心を許せる存在である嫁から、必要以上に畏まられなければならんのだ」
神様の、螺旋様の言い分もわかる。わかるけれども、それでもやっぱり、姉は小さいうちから大人達の期待を背負わされて、厳しく躾けられてきたのだ。それをすべて無駄と言われるのは悲しい。それを汲んで欲しいと思うのはこちらの身勝手なのだろうか。
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