第7話
ナイト・オブ・スローンズは、放送開始前から人気が高かった。
人気が高い理由は、中世ヨーロッパ風の世界にドラゴンやドワーフなどファンタジー世界の要素が加わっていたからだろう。
製作スタッフの熱量は凄かったし、原作の「王の剣」も王道的なファンタジー小説として有名。
――ナイト・オブ・スローンズは、回を重ねて沈む
「あれです、ジェイソン様。あれがこの街の冒険者ギルドですよ」
どんな場所か想像しながら立ち寄った冒険者ギルドは、西部劇で言うところの詰所。
「あれがギルドか……意外と小さいな?」
「ドワーフが居るとはいえ、フリックヤードも田舎町ですからね」
西部劇に出て来る詰所とギルドに違いがあるとすれば、建物の素材くらいだろう。渋い色のレンガで作られているだけで、構造的には詰所と変わらない。
――そんな詰所の表に設置された掲示板には、フリックヤード付近で確認された怪物が掲示されている。
「テュポンの谷で、また労働者がスカルハントに襲われたそうだ」
「またなのか? 今週でもう五人目だぞ……」
「ああ。早く何とかしてもらわないとな」
掲示板の前には、貼り紙を見ながら犠牲者について話す地元住民の姿。
完璧なタイミングで喋り出した地元住民の二人には、耐え難い責任を感じる。
「どうかしたのか?」
――話し掛けなければいけないという責任感だ!
「あんたは?」
「俺はジェイソン。こっちに居るのは、相棒のミスティだ」
バッジの代わりに財布を開いて運転免許証を見せれば、気分はFBI捜査官。モルダーとスカリーだ。
「今のは、何の証明書――」
「それで、犠牲者はどこで発見されたんだ?」
壊れかけた小さな世界を守る為にFBI捜査官としての責任を果たせば、勢いに呑まれた地元住民が犠牲者の事を教えてくれる。
スカルハント――という物騒な名前の怪物に襲われた犠牲者の名前はホプキス。
ホプキスの死亡が確認されたのは今から三時間ほど前。時間的には、俺がポークドラゴンのステーキを食べていた時間帯だ。
死体を発見したのは、ホプキスと同じ木こり職人のエイブ。
エイブは、昼食の時間になっても休憩所に現れないホプキスを心配して作業場に向かい、そこで頭を切断された彼の死体を見つけた。
肝心の「スカルハント」は、人の頭を切り落とす事が大好きな魔女の通り名。スライムやゴブリンみたいな種族名ではなく、切り裂きジャックや血塗れメアリーと同じ愛称。
スカルハントと呼ばれる魔女は、この街から少し離れた場所に在る枯れ木の奥地に住んでいるらしい。
「住んでいる場所が分かっているなら、どうして誰も倒しに行かないんだ?」
地元住民の二人から話を聞き終えた俺は、何の迷いもなく質問した。
二人が見ていたギルドの掲示板にはスカルハントの似顔絵が指名手配犯のように貼り出されているし、困っているなら倒しに行かない理由は無いはずだ。報酬の金額も他の手配書より桁が多い。
「無茶言うなよ。俺達は三等級の冒険者だぞ? 魔女を倒せるのは二等級の冒険者だ」
意外も意外、俺と話している二人の男は冒険者だった。
地元の掲示板を眺めていた二人のどこに冒険者要素があるのかはさておき、「等級」と呼ばれる要素があるなら、それなりに危険が伴う相手なのは間違いない。
相手はヘンゼルとグレーテルの仇と言えなくもない魔女……魔法で弾丸を弾く、なんて事も出来るかもしれない。
――となれば、グレゴリオが作ったアダマイト製の銃と弾丸を試すには丁度良い相手か?
「ジェイソン様。アダマイト製の武器なら、魔女にも効くと思いますよ?」
色々と考えていると、ミスティがアダマイト鉱石の特徴を教えてくれた。
アダマイト鉱石の科学的な名称は――反魔法物質。
反魔法物質は、その名の通り魔法と反発する関係にある物質。その性質上、魔女や魔族の体内に反魔法物質が侵入すれば、それだけで相手は死に至る。
反魔法物質のおかげで武器を魔法で奪われる事は無いし、反魔法物質に付与した魔法は反発時のエネルギーを利用して強化される。
アダマイト鉱石は、魔女の天敵と言える物質だ。
「撃ってくれと言わんばかりの展開だな……」
「恐らく、あのドワーフは最初からこの付近にスカルハントが居る事を知っていたのだと思います」
なるほど?
「どうしてそう思うんだ?」
「ここは良くも悪くも田舎町です。あのドワーフは何十年も前からこの町に居ますが、この付近にドワーフが鍛冶屋を経営し続ける程の資源はありません。錬金術です」
ミスティ捜査官の話によると、魔女とドワーフ族が友好的な関係に成る事は珍しくないらしい。
魔女は異端審問官から逃れる為に街を転々としている生き物。
定期的に住処を失う魔女達は、移住先でも豪華な屋敷に住みたいという願望を抑え切れず、ドワーフに何らかの報酬を渡して家を建ててもらう。
ドワーフもドワーフで魔女の錬金術の世話になり、甘い汁を吸っている。
――お互いに特をする関係という訳だ。
「この付近の法律的に、魔女は駆逐対象なのか?」
「始末すべきかどうかは、その魔女によります。人間に被害が出ていないなら、何もしない方が良いでしょう」
何か嫌な予感がする……特に怪しいのが、礼儀正しいミスティの口から平然と出て来た「始末すべき」という部分だ。
「今の話で少し気になる事があるんだが……魔女を追い回している異端審問官の言う『魔女』ってのは、魔法や魔術を使う老婆の事か? それとも錬金術とか、偉大な発明をする者の俗称か?」
少し思う所があって質問してみたところ、この世界の【異端審問官】は政府の組織という訳では無かった。
異端審問官の役割は異能の排除。
法で裁けない分類の事件には何かと首を突っ込んで来る一般人で、俺の銃や車も異端審問官的には魔女の発明品扱いになる。
ミスティの冷静な態度や地元住民の反応からして、異端審問官の嫌われっぷりは何となく想像が出来る。
「話を聞く限り、良い連中って訳では無さそうだな……」
「全員がそうとは限りませんが、刑の執行が強引である事は否定出来ません」
魔女が居ると聞いた直後は人に危害を加える怪物のように思えたが、異端審問官の影がチラつく今、スカルハントと呼ばれる魔女が本当に人間の首を刎ねているのか疑問だ。
約一時間程度の放送時間があるドラマの前半部分で事件があっさり解決する場合、大抵は真犯人が後半に出て来るもの……ドラマや映画で授かった俺の知識は、ギルドの掲示板に貼り出されている「スカルハント」の正体が、魔女を悪者に仕立て上げたい異端審問官だと告げている。
ここは一つ、スカリー捜査官の意見を聞いてみよう。
「俺の考えが正しければ、このスカルハントは魔女じゃないな。ミスティ、あんたはどう思う?」
「異端審問官を疑っているなら、その可能性は十分にあると思います。ドワーフが居る街は、異端審問官からすれば監視対象ですから」
銃の試し撃ち相手を探す為にギルドに来たのに、魔女を助ける展開に成りつつある。
「あんた達、魔女を助ける気なのか?」
地元住民の質問に対する俺の答えは「イエス」だ。
助けるかどうかは魔女本人に会ってから決めれば良い事だが、何の罪もない奴が頭のおかしな野郎に殺されかけている事は見過ごせない。
仮にこの世界に警察や保安官的な仕組みが在ったとしても、あまり期待は出来ないだろう。
通報を受けてから現場に向かう警察も、死人が出てから依頼を貼り出すギルドも大差ない……そういう意味では、俺が住んでいた世界もダークファンタジー。
――撃たなくて後悔するくらいなら、撃って後悔する方がマシだ。
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銃社会の人間が異世界に転移すると大体こうなるという物語 受験生A @JK_neo
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