第6話

 これぞ大人のファンタジー。


 豪華な食事を味わい、女と宿で過ごし、弾の試作品が完成するまではゆっくり過ごす。

 

 急いだところで弾が無ければ冒険は始まらないし、弾があっても車を直す素材が必要になる事は分かり切っている。


 体が若いなら剣を振ってファンタジー世界を満喫するだろうが、年齢的に剣を振り回せる年じゃない……今の俺は、ベッドの中で腰を振るのが精一杯のだ。




「お客様、お寛ぎ中のところ失礼します。グレゴリオ様からの使いで、弾丸の試作品をお持ちしました」


 本当に魔王が世界を滅ぼそうとしているのか疑いたくなるほど、フリックヤードのサービスは充実している。


 服を着てグレゴリオの使いの女を部屋に招き入れれば、女は何も言わず小さな木箱を机の上に置いてくれる。

 

「こちらが、アダマイト鉱石を使用した45口径の弾丸です。どうぞ、手に取ってご覧ください」


 上質な赤い布が敷き詰められた黒い箱の中には、黒い弾丸が一発。


 ――ピカピカの新車のように綺麗な弾丸だ。


「これがドワーフ製の弾丸か。まるで芸術品だな……」

「そう言って頂けて、本人も喜んでいると思います」


 弾を木箱に戻すと、今度は白い木箱が机の上に置かれる。


 木箱の大きさは、銃が一丁入っていてもおかしくない大きさ。蓋の隙間からは、青い布が出ている。


「銃の製作は頼んでないはずだが、そっちは何だ?」

「こちらは、アダマイト製の弾丸専用の銃でございます」


 女の話によると、弾丸を作ってもその手を止められなかったグレゴリオは、アダマイト製の弾丸専用の銃を作ってしまったらしい。

 


 作ろうと思って作れるような代物じゃないはずだが、その辺りは流石と褒めてやるべきか……ファンタジー世界に機関銃が登場する日も近いだろう。



「どうぞ、銃の方も手に取って確かめてください」


 銃の名前は――ヘルカイト。


 塗装は光沢感が絶えない白。

 操作方法は俺が使用しているセミオートマチックの銃と変わらないが、引き金を引くのに少し力が要る。

 手にした時の重さは、4.8ポンド前後。かなり重い銃だ。


 照準を合わせて引き金を引いた感じからして、銃に慣れている俺でも正確に撃つのは難しい。実際に弾を装填して使うとなると、その反動はかなりの物だ。


「俺が渡した弾丸と同じ物は作れなかったのか?」

「残念ながら、ジェイソン様からお預かりした弾丸に使われている素材は、この辺りでは既に枯渇してしまった資源となっております」

「で、その代用品がアダマイト鉱石だと?」

「はい。この地域に出回っている金属の殆どには、アダマイト鉱石が含まれております」



 素材が無いという事は、車を直す素材も品切れという事か……何か別のプランを考えておいた方が良さそうだ。


 ファンタジーな世界でよくある素材といえば、グレゴリオが作ってくれた銃と弾丸に入っている【アダマイト鉱石】だが、ナイト・オブ・スローンズに出て来るドワーフ族を知っている者なら、誰しも閃く案がある!



「素材が枯渇しているのは分かった。無理を言って作ってもらった訳だし、こいつは有難く頂戴しよう」

「礼を言うのはこちらの方です。最近のグレゴリオ様は一種のスランプに陥っていたので、今回の依頼ですっかり元気になられました」


 ――それは何よりだ。

 

「ところで、あんたに一つ聞きたい事があるんだが、良いか?」

「はい。何でしょう?」

 

 この地域には、倒したドラゴンの素材を武器に使用したり、そういった加工技術はあるのか。あった場合、それをグレゴリオは出来るのか。


 ――期待に胸を膨らませて投げかけた質問は、グレゴリオの使いが息を吸ったその瞬間に解決する。


「もちろん出来ますよ? 素材があればの話ですが」

「オォォー、ホッホッホッ……ヨシッ」


 拳を握って勝利を噛みしめてしまう程の答え。


 ――膨らむ鼻を手で覆い隠し、をする。


「オーケー。それじゃあ、こんな事も出来る訳だ。魔王を倒して、魔王の素材を乗り物に使って、時空の壁を越えて過去や未来に行ったり来たり。別の世界に行ったりも出来ちゃうんだな?」

「ええまあ……時間旅行はともかく、魔王を倒せるならそれが出来る可能性はあるかと」

「なるほど、か……」

「はい…………」


 ――決まりだ。


 魔族の繁栄を目論む献身的な魔王様には申し訳ないが、一身上の都合でぶち殺す。


 バック・トゥ・ザ・フィーバーさながらの時間旅行が可能になれば、御袋と親父が殺される前の時間軸に戻って犯人を殺す事も出来るし、アポロ11号のパイロットに成る事だって夢じゃない。


 その気になれば、俺はアメリカの偉大な英雄に成れるんだ!



「うぅぅん……ジェイソン様? 誰か来ているのですか?」


 俺が騒ぎ過ぎたせいで、眠れる森の美女が起きてしまった。


「お休み中のところ申し訳ありません、ミスティ様」


 自らグレゴリオの使いだと説明する女のおかげで、ミスティが慌てる事なくベッドから降りて服を着始めた。

 

 裸を見られても焦らない姿には、年長者の貫禄を感じざるを得ない。

 

「それでは、私はこれで失礼します。今回お持ちした物は試作品になりますので、何かあれば工房の方にお越しください」


 試作品は試作品。完成するまでは無償で弾を供給する他、銃の使用感も発案者の俺が満足出来る状態に成るまで「未完成」として扱われるらしい。


 グレゴリオが求めているのは、試作品の使用感、その情報。ダメならダメでハッキリとした意見が欲しいそうだ。


「では、失礼します。今後とも、グレゴリオ商会をよろしくお願い致します」


 グレゴリオの使いで来た女が、貴族らしい挨拶をして部屋を出て行く。


 綺麗に着飾っていた女の服装からして、街を行き交う一般人でも剣を携えている異世界といえど、交渉の場に煤だらけの職人が来る事は無いようだ。

 


「職人の機嫌が良いようですね」

「そうみたいだな」


 グレゴリオと同じく上機嫌のミスティ曰く、ドワーフが試作品を作るのは依頼された商品に情熱を注いでいる証拠。普通の依頼は、特注でも完成した物を押し付けるらしい。


 ドワーフが人間に囲まれて仕事をしているのも納得の性格だ。


「ところでジェイソン様、その武器はどうやって試すのですか?」

「どうやってって、そりゃあ魔物を撃つとか、実際に何かを撃つのが一番だろ」

「でしたら、冒険者ギルドに行った方が良いかもしれませんね」


 冒険者ギルド!!


 そういえば、そんな物も異世界には在るのか……この世界に転移して早々魔王軍幹部を銃で撃ち殺したせいで、すっかりその存在を忘れていた。


 俺が居るのは剣と魔法の世界。ナイト・オブ・スローンズに含まれる要素は、抜かりなく存在すると思って良いだろう。



「冒険者ギルドに行くとなると、防具が必要ですね」

「この恰好じゃ駄目なのか?」

「駄目という訳ではありませんが、怪我をする危険が……」

「怪我をする危険があるのは相手も同じだろ。怪我をする前に怪我をさせれば、俺は無傷で済む。足りない防御力は過剰防衛で補う事が大事だ」

「それはジェイソン様の故郷の教えですか?」

「いや、俺の自論だ」


 真面目に答えたのに、ミスティがなぜか口元を押さえて笑う。


「何がおかしいんだ……」

「いえ……別に何もおかしくは…………フッ」


 席を立って近寄れば、ミスティは顔を反らして笑い続ける。


「おい、俺は真剣に答えただけだぞ?」

「ええ、分かっています。分かっていますが……フッフッ。申し訳ありません、ちょっと息が…………」


 呼吸を整えたミスティが、口から手を退けて微笑みながら答える。


「失礼しました。身を守る手段があまりにも独創的で、つい笑いが……ジェイソン様は、本当に面白いお方ですね」


 ――アメリカじゃ、俺みたいな奴は精神病院にぶち込まれる運命だけどな。


「褒めても何も出ないぞ? 心身共に弾切れだ」

「はい、その点については反省しています。本音を言えば、こんな事をしている場合では無いのですが……」

「魔王の事か?」

「はい。こうしている間にも、魔王は刻一刻と人間界を滅ぼす為に行動を起こしているでしょう。早く何とかしなければ……」


 ――ミスティの何気ない一言が、色々な事を思い出させる。


 酒場で出会った女と気が合い、そのままモーテルに行って寝た事は何度もある。

 事が終わって落ち着いた女が、唐突に自分の辛い過去を話す事も珍しくなかった。


 俺は、自分の過去を見ず知らずの男に打ち明けた女達に嘘をついた。俺にはそういう悲しい過去はないと嘘をついて、「俺は違う」と自分に言い聞かせた。


「……ミスティ。魔王の事は俺に任せておけ」


 魔王を倒して世界を救えば……それだけスケールがデカい事をすれば、親父と御袋の敵討ちに囚われなくても生きて行けるかもしれない。


「まさかジェイソン様、魔王を倒すおつもりなのですか!?」


 ――驚くミスティの顔が、ますます俺をその気にさせた。

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