第5話
「お待たせしました。ポークドラゴンのステーキです」
ああ神よ、この出会いに感謝します!
「ホッホッー! 見ろよミスティ、この脂の塊を! ここはテキサス州だったのか!?」
机に運ばれて来た一枚のステーキが、他の客の視線を集める。
――昼食時。
弾丸の試作品が出来るまでの時間を利用して街を観光していたら、アメリカ人として食べずにはいられない物と出会ってしまった。
その名もポークドラゴン。豚のように肥ったドラゴンの肉だ。
「ジェイソン様……本当にこれを食べ切るつもりなのですか? 1200グラムもあるドラゴンの肉ですよ!?」
「落ち着けミスティ。お前はフルーツでも食べながら、俺の雄姿をそこで見届けてれば良い」
「は、はあ……」
1200グラムのステーキなんて、アメリカ人からすれば大した量じゃない。流行りのカフェでコーヒーとサンドイッチしか注文しない子ウサギなら話は別だが、ステーキを食う為にわざわざテキサス州まで行く俺からすれば、こんなのは挑戦でも何でもない。
「ではお客様、よろしいですか? 制限時間は40分です。40分以内に肉を完食できなければ、代金を払って頂きます」
砂時計を持った従業員に返事をしてフォークとナイフを手にすれば、目と鼻の先にある脂の塊から声が聞こえる。
『我が名はポークステーキ! 赤身を超越した存在にして、究極の脂身である。この世界の主食として、アメリカ人の貴様に決闘を申し込む!!』
胃袋に直接語り掛けて来るポークステーキは、この街じゃ負けなしのチャンプ。完食出来た奴は居ないらしい。
この世界が和食ファンタジーじゃなくて本当に良かった……米と魚の世界だったら、俺は発狂していただろう。
「よーい、始め!」
開始の合図と共にフォークで肉を刺すと、その柔らかさが溢れ出る肉汁と共に視覚から伝わって来る。
耳を澄ませば、溢れ出た肉汁が鉄板で泡立つ音しか聞こえない。
匂いを嗅げばニンニクの香りが胃袋を刺激し、切り分けた肉の断面はある種の異世界。
「おい、見ろよあの一口。なんてデカい一口なんだ。あいつは本当に人間か!?」
周りの声なんて気にしている場合じゃない。
大きく口を開けて肉を招き入れれば、アメリカ大陸に肉汁の雨が降り注ぐ。干ばつが続いた地域の住民が雄叫びをあげている。
「フッ、フフフッ……オォー、なんてウマさだっ! ハッハッハァーッ!」
思わす足をバタつかせてしまう程のウマさ。
――ようこそアメリカへ。
「ジェイソン様、大丈夫ですか……?」
「ああ、問題ない。これが最後の晩餐になっても、俺は満足だ」
ポークドラゴンの肉は、その見た目に反して弾力がある。
こっちの世界に来て最初に食べた牛のステーキと比較すると、普通のドラゴンの肉は人間が食える肉の固さじゃないだろう。
ポークドラゴンだけが、その身に蓄えた脂によって食用として使われている。
このうまさには、流石の俺も手が止まらない!
「に、20分経過です……」
砂時計を監視している従業員の娘も、既に半分以上食べ終えた俺の姿に目を疑っているようだ。
1200グラムで40分……普通の肉なら早食いに慣れている奴でも苦戦するだろうが、脂身が飲み物に近いポークドラゴンの肉なら話は別。
――早食いに慣れている奴なら、ポークドラゴンのステーキは30分前後で完食出来るだろう。
「ジェイソン様は、食欲も旺盛なのですね」
「まあな。ストレス社会を生き延びる為の娯楽は多い方が良い。好きな時に好きな事が出来るとは限らないからな」
聞けば、エルフ族は肉を食べると腹を壊すらしい。
動物を狩る事はあるが、狩りの目的は毛皮や牙の回収。
死体に関しては、土に埋めて植物の養分にする習慣があるそうだ。
――肉を食べない種族となると、一応は確認しておくべきか?
「エルフ族の食文化について口を出す気はないが、菜食主義者って訳じゃないんだよな?」
「肉の脂を分解出来る体ではないので、菜食主義者には当てはまらないかと……」
――たしかに。
「そうか。それじゃあ……商店街で売られている牛乳瓶を破壊して回ったり、馬車の進路を妨害して『馬を解放しろ!』とか、そういう活動をした事は?」
「そんな事をするエルフ族は聞いた事がありません。そもそも、なぜ牛乳瓶を割るのですか? 貴重な食料なのに」
アメリカ全土に
貴重な食料をなぜ無駄にするのか……名言だな。
「話を聞く限り、ジェイソン様の故郷には変わったエルフ族が住んでいるようですね」
「俺の故郷に居るのは、エルフ族じゃなくてゴルフ族だけどな」
「ゴルフ族……? それは、どういう種族なのですか?」
「目的を達成するまで絶対にその場から離れない種族だ。物事の順序を無視して永遠にクラブを振り続けている」
ゴルフ族は、ホールインワンを決めるまでスタート位置から梃子でも動かない。おもちゃ売り場で床に寝転んで泣き喚く子供のような連中だ。
車で移動している時に何度か俺も絡まれた事はあるが、ダッシュボードから銃を取り出した瞬間に奴らは悲鳴をあげて逃げて行った。
環境保護だか何だか知らないが、隣町までの物理的な距離を考慮していない連中の活動は異常。車を手放して馬に乗れば、今度は動物保護団体が俺達の行く手を阻むだろう。
そういう行き過ぎた活動が無い事を考えると、この異世界は古き良きアメリカと言える場所だ。
「お客様、あと5分です」
ミスティと話している内に、ポークステーキは最後の一切れになった。
最後の一切れを食べてナプキンで口を拭けば、知らない間に集まっていた大勢の観客が声を出して喜び始める。
「おい人間、凄いなお前。小柄になってもオークの血は健在ってか? ハハッ! 大した男だ!!」
席を立って見知らぬ獣人と握手をすれば、その隣に居た小柄な男エルフまでなぜか握手を求めて来る。
「やったな人間!」
「これくらい楽勝さ」
握手をすれば、次の奴が俺の手を握る。
――謎の連鎖だ。
「やるじゃないか人間。お前のように根性のある奴は久しぶりに見たぞ」
「ありがとう。ここで戦えた事を誇りに思うよ」
何の亜人か分からないマッチョな奴とハグをすれば、食事の皿を下げ終わった従業員の女が木の板を持って来る。
「改めておめでとうございます、お客様。お客様は、当店でポークステーキチャレンジを始めて達成したお客様となります! 是非お名前を」
どうやらこの街には、偉業を成し遂げた者の名前を飾る習慣があるようだ。
「ジェイソンだ。ジェイソン・ウィンチェスター」
名前を教えると、従業員が木の板に名前を掘ってくれた。
「こちらでよろしいですか? ジェイソン・ウィチェスター様」
「問題ない」
「では、こちらに飾らせて頂きます」
達成した俺よりも嬉しそうな従業員が壁に名札を吊るすと、食事を終えたミスティが俺の手を握って来た。
――まるで恋人だ。
「良かったですね、ジェイソン様」
「ああ、良い思い出が出来た。お前のおかげだ、ミスティ」
弾の試作品が出来上がるまでは、まだ時間がある。
面倒事に巻き込まれるのは避けたいし、ここは大人しく宿屋でミスティと時間を潰すのが賢い選択。
礼を言っただけで耳が赤くなったミスティの為にも、その方が良さそうだ。
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