第4話

 人生には、その後に大きく影響する分岐点がいくつもある。


 俺の場合、最初の分岐点は隣人の若い女が薄着で車を洗車していた事だ。



 季節は夏だった。

 自宅の二階から隣の芝生に居る女を眺めていると、その女が俺の部屋の窓に向かって水を掛け、ニッコリ笑ってくれた。


 まだアソコの毛も生えていない時期の話……自分から外に出た事が無かった俺が、外に興味を示す事になったきっかけだ。


 ――隣に住んでた若い女の名前はジェシカ。


 ジェシカは、ガソリンを垂れ流しているも同然のマッチョな車を、いつも庭で洗っていた。


 そんな彼女は俺にとって、女というより先生だ。車の事は何でも教えてくれたし、俺も車の事しか聞かなかった。


 車の事しか聞かなかったのは、怖かったからだ。相手は大学生、彼氏が居てもおかしくない年頃で、「彼氏は居ない」なんて言われても信じられない美人。


 そんな美人から直々に何かを教えてもらえる環境を、馬鹿みたいな理由で壊したくなかった。


 叶わぬ恋という奴だ。当時の俺は小学生だったし、隣に在ったのはジェシカの家じゃなく、その両親の家。いつか居なくなる事は分かってた。


 唯一の救いは、就職が決まってジェシカが実家を離れる事になった時、俺の両親にそれを報告しに来てくれたこと。当然、俺もその場に居た。


 引っ越し先はテキサス州。

 免許証を手に入れた俺が最初に向かったのもテキサス州。


 同じ街の空気を吸えただけで十分だった。


 


 ――バルバトスを倒して、道沿いに走り続けること一時間。 



「ジェイソン様!」


 レンガを積み上げた建物が目立つ街の近くに着くと、他の女エルフと心配そうに街の外を眺めていたミスティがやって来た。


「ミスティ、無事だったんだな」

「ジェイソン様こそ、怪我が無いようで何よりです」


 一時間程度別行動をしただけなのに、引っ越した隣人と数年ぶりに再会したような気分だ。


「退け! おい、そこの貴様!! お前だ!」


 馬を降りて街に入ると、大声を出しながら住民を押し退けてこっちに歩いて来る女エルフの集団が見えた。


 どう考えても、「そこの貴様」は俺の事だろう。


「バルバトスなら倒したぞ?」

「そんな嘘を誰が信じる――」

「これが証拠だ」

「か!?」


 戦利品として拾っておいたバルバトスの右手を見せれば、「よくもこの町を危険に晒したな!」と言いそうな人相のエルフ達が一斉に言葉を失った。


「ジェイソン様……また倒したのですか? しかも、今度は魔王軍の四天王を……」

「四天王だろうと支店長だろうと、住民を脅かす奴は倒す。それが街を守る保安官の役目だ」


 エド・マーヴェンがもしもこの世界に来ていたら、きっと俺と同じ台詞を言うだろう。



 感謝するぜエド……俺にはあんたのように渋い声で女のハートを射抜く事は出来ないが、850ドルの銃で魔王軍四天王の頭をぶち抜く事なら出来る。


 何千何万とドラマや映画を見続けた俺にとって、今後の展開を予想するのは朝飯前だ!



「で、ここがドワーフの居るフリックヤードか?」

「はい。ドワーフの工房は、街の中心部にあります」

「よし。なら行くか」


 フリックヤードを守っているエルフ族の集団に道を譲られてミスティと一緒に街の中心に向かえば、五分もしない内に工房らしい音が聞こえて来る。



 カンッ、カンッ、カンッ!


 ――鉄を打つ音。


 プシュゥゥゥゥゥゥゥ!


 ――鉄を水に浸す音。



 ナイト・オブ・スローンズに限らず、ファンタジー世界なら耳にタコが出来るほど聞いた馴染深い音が絶えない。


「ジェイソン様。今の内に話しておきたい事があるのですが、ドワーフ族は――」

「頑固者で人の話を聞かない。興味の白黒がハッキリしている種族、だろ?」

「はい、その通りです。なので、頼んだからといって直してもらえるかどうかは……」

「別問題って訳か。ま、そりゃそうだろうな」


 ミスティの話によると、この街で武器を作っているドワーフは一人だけ。

 

 名前はグレゴリオ――芸術家に居そうな名前だ。


 この街の特徴とも言えるレンガの建物は、全てグレゴリオの作品。グレゴリオの特異分野は武器の製造だが、「ドワーフ」という種族そのものが物作りの技術に特化しているので問題はない。得意分野以外の物を頼んでも、彼らの作品は一流だ。



「あ、ジェイソン様。居ました。彼です、彼が話していたグレゴリオです」


 ミスティに案内されて辿り着いたグレゴリオの工房は、環状交差点のど真ん中に鍛冶場を設置したような構造。言い換えれば、噴水広場の噴水。


 鉄を打っているのはドワーフのグレゴリオだが、彼が加工し終えた部品を組み立てて武器にしているのは人間だ。


「さあ、出来たてホヤホヤの剣はいかがですか? そこの旦那、是非とも手に取ってみてください!」


 商品として完成した物は箱に詰められ、組み立て場から続く水路に流される。 

 客は水流で移動し続ける木箱の中から欲しい木箱を拾い上げ、からになった木箱に代金を入れて水路に戻している。

 

 代金が入った木箱の回収は、「雑」の一言に尽きる。海の男より屈強な奥様方が、荒々しく代金を別の箱に移し替えている。


 面白い仕組みで機能している工房だが、本音を言えば普通の鍛冶屋で働いてて欲しかった……動いている動物を見る為に動物園に来たのに、展示されている動物全員が昼寝をしているような状態だ。が凄い。


「おいグレゴリオ、もう少し生産速度を上げれないのか!?」


 グレゴリオを目指して水路の上に架けられた橋を渡っていると、生産速度を指摘した人間の頭に金槌が命中する。


「誰か何か言ったか?」


 流石はドワーフ、口より手を出す方が早い。メジャーリーガーの投手かと思うほど見事な一撃だった。


 ――金槌が命中して水路に落ちた人間は、多分死んでるだろう。


「ジェイソン様。どうやら、グレゴリオの機嫌が悪いようです……日を改めた方がよろしいかと」

「そうしたいところだが、時間が惜しい。今週の日曜日までに故郷に帰る必要があるんだ」

「ですが、今話し掛けるのは危険過ぎます」

「危険なら保険を掛ける、それがアメリカ人だ。下がってろ」

「まさか…………!?」

 

 ――そう、そのまさかだ!


「おい、グレゴリオ!」


 名前を呼んで威嚇射撃をすれば、騒がしかった工房が静まり返り、顔中煤だらけのグレゴリオがこっちを向く。


 濡れたタオルで顔を拭きながら工房の外に出て来るグレゴリオの目は、俺が握っている銃に夢中。銃を知らない世界のドワーフなら当然の反応だ。


「小僧、なんだその武器は……」

「これは俺の地方に古くから伝わる武器の一つだ」


 赤い髪に黄色い瞳。低身長でも、その腕の筋肉はアスリート並み。


 ――そんな特徴を併せ持つグレゴリオが、俺の前で足を止める。

 

「スンスンッ……この臭い、火薬を使ったのか?」


 ああいいねぇ、この臭いだけで武器の構造を察するような反応! 


 これぞドワーフ、これぞ職人、これが一流!!


 嬉しさのあまり、剣と魔法の世界をぶっ壊すほどの情報を喋ってしまいそうだ。


「武器自体に火薬は使われていない。火薬を使っているのは、こいつに装填する弾の方だ」


 取り出しておいた45口径の弾丸を渡してやると、グレゴリオはネズミの玩具を見つけたネコのような目で弾丸を調べ始める。


「かなり高度な加工技術だな。素材は黄銅、それと鉛か……?」

 

 俺は一消費者であって技術者じゃない。だから弾は作れない。銃に関しても同じだし、車も届いたパーツを組んだだけ。


「グレゴリオ。その弾と同じ物が作れるなら、是非とも作って欲しいんだが」

「フム……金はあるのか?」

「報酬はその弾丸と、この武器に関する情報だ。嫌なら他のドワーフを探す」


 グレゴリオは、つい数分前に人間を撲殺した奴と同一人物とは思えないほどつぶらな瞳をしている。


 ここまでわざわざ歩いて来た様子からして、もう答えは出ているだろう。


「良いだろう。その武器とこの弾丸、二つの知的財産権と交換なら仕事を引き受けよう」

「決まりだ」


 握手をして、ハッキリと分かった事がある。


 ――職人の手は、どこの世界でも同じだ。

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