第3話

 初めて銃を手にしたのは、五歳か六歳の頃だ。

 


 コトンッ、コトンッ、コトンッ。

 

 ――映画の舞台は、十九世紀後半のアメリカ西部。


 拍車の付いた靴で床を踏み歩き、色褪せた酒場の扉を一人の放浪者が静かに開く。


 


 扉を開けた放浪者は、酒場に住み着いている街の荒くれ者共に生暖かい目を向けられながら、グラスを磨いている店主の元に向かう。


 コトンッ、コトンッ、コトンッ。


 カウンターまで辿り着いた放浪者は、一丁の銃を机の上に叩きつけるように置き、渋い声で店主に一杯の酒を頼む。


 この店で一番良い酒をくれ――っと。


 俳優の名前は、エド・マーヴェン。退役軍人や放浪者など年を重ねた男の役をやらせれば、彼の右に出る者は居ない。


 そんなエドの姿に憧れた俺は、吸盤を発射する玩具の銃では満足出来ず、親父が隠し持っていた銃を拝借し、御袋が使っていたスカーフを首に巻いて遊んでた。



 懐かしい記憶だ。

 車が発明されていない時代の産まれなら、俺は間違いなく「馬」を使って会社に通ってただろう。



 ――子供の頃に死ぬほど憧れた条件が、この異世界には揃ってる!



「ヒィィィハアアアアア! ホッホッホッー、ハッハッー!」


 剣と魔法の世界に、一発の銃声が鳴り響く。


「ジェイソン様、その武器を無暗に撃たないで頂けませんか!? 敵に気付かれてしまいます! ていうかもう気付かれてます!!」


 後方には、馬で街を出て以来ずっと俺達を追って来る野犬の大群。最初は数匹だけしか居なかったのに、知らない間に草原を黒い大地に変える程の数が集まっていた。地鳴りが起きる程の数だ。


「落ち着けミスティ、たかが野犬だ。犬が馬に追いつける訳ないだろ?」

「あれは野犬ではなくケルベロスです! 魔王軍四天王の一人、バルバトスが飼っている地獄の番犬です!!」


 そういえば、ここはダークファンタジーの世界だったか……人類は劣勢で、魔界に近い場所は魔族が巡回しているって話だったはず。馬に乗れた喜びですっかり忘れてたぜ。


 全部撃ち殺すには流石に弾が足りないし、ケルベロスを始末し切れないとなると、狙うべきは野犬の飼い主か。


 ――馬が力尽きる前に手を打とう。


「そのバトルパスって名前の四天王は、見つかるとヤバい奴なのか?」

「バトルパスではなくです。上級悪魔の一人で、物理攻撃が通じません」


 バルバトスが悪魔だと聞いて、一つの仮説が頭の中に浮ぶ――



 異世界に転移してすぐ、俺が森で頭をぶち抜いた魔王軍幹部の死因。


 あの鳥頭は、本当に頭を撃ったから死んだのか? 

  

 何か特殊な力が働いて、普通の攻撃では死なない奴をうっかり殺してる可能性がある。


 教会離れが進む現代社会で、毎週日曜日に必ず教会に通っていた俺の体には、聖なる力的な何かが宿っているかもしれない……!!



「――ジェイソン様! 来ました、あいつです。あの炎の馬に乗っている奴が、魔王軍四天王のバルバトスです!!」


 ケルベロスの大群で黒い大地と化した場所を駆け抜ける炎の馬と、その炎の馬に跨る炎の騎士が一人。

 

「あいつがバルバトスか……派手だな」

「気を付けてください。奴は弓の名人です」

 

 911に電話して消防車を手配してもらえば倒せそうな雰囲気はあるが、残念な事にこの世界は圏外。

 相手は弓の名手。騎士の恰好をしている事を考慮すると、誇り高い生き物でも不思議じゃない。


 ――試してみるか。

 

「ミスティ、お前は先に行け。あのバルバトスは俺が仕留める」

「え!? でもあいつは――」

「良いから行け!」


 男なら一度は言ってみたい台詞の一つを消化してミスティを先に行かせてみると、速度を落として止まった俺の馬を包囲するようにケルベロス達が左右に分かれる。


『貴様がデュランダを殺したと噂の勇者か』


 俺の元に辿り着いたバルバトスが、馬から降りて弓を手にする。


「お前が、この付近で噂になってる魔王軍四天王のバルバトスか?」

『ほぉ、人間のくせに私の名前を知っているのか。長生きするタイプには見えないが、あのエルフから聞いたのか?』

「ま、そんなところだ」


 馬から降りて正面に立てば、気分はキングコングの生贄に選ばれたヒロイン。馬に乗ってた時はそこまで感じなかったけど、バルバトスの身長は三メートル近くある。


「ところでっ、エルフの話によると、お前は弓が得意らしいな。俺と同じ遠距離タイプ……矢を持っていないようだが、魔法で矢を生成出来るのか?」


 質問すると、バルバトスが体から噴き出す炎を摘まんで矢の形に変える。


 ――矢の装填に、魔法の詠唱はなし。


『この矢は、地獄の業火によって生み出されている。貴様のような人間には、どう足掻いても防げない力だ』


 バルバトスの鎧は、デュランダと違って完全に体を覆い隠している。兜の蓋も閉じてるし、弾丸を撃ち込む隙間が見当たらない。


「防げない力か……舐められたもんだな」


 ――携帯電話を取り出し、911の番号を入力した状態の画面をバルバトスに見せる。


『なんだ? その魔導具は……』

「これは携帯電話。そして、この911という数字は、炎の力を司るお前にとって死を意味する数字だ。このボタンを押せば、お前は死ぬ」


 携帯を操作して適当な音楽を大音量で掛けると、ロックバンドのデスボイスにビビったケルベロスやバルバトスが後ずさりをする。


『なんだ……その耳障りな歌は…………』

「これはデスボイスだ」

『デスボイス……まさか、デュランダの能力をコピーしたというのか!?』

「フッ……やっと気付いたか」


 適当に話を合わせてるだけで勝手に話が進むなら好都合。


 体から溢れ出ていた炎の勢いが衰えている様子からして、あの炎がメンタル依存なのは間違いない。


 ――このまま上手く行けば勝てそうだ。


「次はこの曲だ」


 壮大な世界を連想させる曲に切り替えると、ケルベロス達が女々しい鳴き声をあげて慌ただしく走り去っていく。


 ――オペラ歌手の美声は効果抜群のようだ。


『今度は誰の曲だ……』

「エリザベート・サドラの曲だ。この曲は、ナイト・オブ・スローンズの処刑シーンに使われた」

『ナイト・オブ・スローンズ……?』

「そうだ。王を守るべき剣で、王の首を刎ねた騎士は誰なのか……お前も騎士の端くれなら、この意味が分かるよな?」


 この状況とは全く関係がない話で適当に脅してみると、バルバトスの体から出ていた炎が完全に消える。


「……おい。まさかとは思うが、ナイト・オブ・スローンズの意味も知らずに俺の前に現れたのか? 魔王軍四天王のくせに」


 何を想像しているのか見当もつかないバルバトスの手が震え始める。


『そんな、そんな馬鹿な…………あいつは、あの男は確かに死んだはずだ…………!!』


 その場に屈み込んで怯え始めたバルバトスの言う「あの男」が誰かは知らないが、そろそろトドメを刺しても良い頃だ。このまま続けていると、携帯のバッテリーが無くなってしまう。


「まるで幽霊でも見ているような物言いだな。バルバトス……」


 宿敵のような口調で名前を呼び、反応して顔を上げたバルバトスの額に銃口を向ける。


「キリストの力を思い知れ!」


 教会に通い続ける理由を思い浮かべながら発射した一発の弾丸が、バルバトスの兜を吹き飛ばす――


「おい何だ!?」


 思わず声を出してしまう程の破壊力……どう見ても45口径の弾丸が発揮して良い威力じゃない。


「えぇ……? なんだ今の威力…………え?」


 爆ぜた兜の中はもちろん、胴体の方も中身は空っぽ。


 ――世界最大の信者を擁するキリスト教の力は、半端じゃなかった。

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