第2話
礼儀正しい日本人なら、その日出会ったばかりの女と一夜を共にする事なんてないだろう。
そう思いながら目を開ければ、この世界について色々な事を教えてくれた女エルフ――ミスティの寝顔が拝める。
ミスティは人間基準で見れば精神年齢が200歳前後の老人だが、200年も生きているのに全てが初体験の御様子だった彼女の反応は、その現実を忘れさせてくれた。
――お互い満足出来たようで何よりだ。
「……起きるか」
このままこの世界で暮らすのも悪くない。そう思いはしたが、部屋を見渡しているとミスティの安眠を妨げてでも起きる必要性を感じた。
何を隠そう、ここにはケーブルテレビがない。アポロ11号は月に行ってないし、大統領選挙の候補者の中には人類撲滅を宣言している魔王が居る。この世界は、一納税者として一刻も早くアメリカに帰るべき状況にある世界だ。
「うぅ……んぅぅ。ジェイソン様、もう出て行くのですか?」
森で育ったエルフは五感が鋭いのか。起きる前に出て行くつもりだったのに、ベッドから降りた瞬間にミスティが起きてしまった。ジャンルが違えば軽いホラーだ。
「服を着てるだけだ。空調設備が整っているなら、このまま素っ裸で居ても良いんだがな」
「ァァ、そういった便利な設備は、宮殿や診療所にしかありません。残念ながら……」
残念ながらか……100点満点中、200点の反応だ。出来る事ならアメリカに連れて帰りたい。
「にしても、ここは思ってたより小さい街だな。昨日森で見掛けた二人組の男は、地元の人間だったのか?」
「はい。ここは内陸で暮らせない人間の街なので、住んでいるのは人間が多いです」
俺が迷い込んだ街は、魔界から出て来た魔族が王都を目指す旅路の途中に在る小さな田舎町。
そんな田舎町で出会ったミスティは、ブロンドに青い瞳が綺麗な女。200歳でも、その肉体は余すところなくラスベガス。ジャックポットを引き当てたら最後、全てを絞り尽くされる。
こんなに美人なのに200年も処女だったなんて……世界が違えば犯罪だ。
「ところでジェイソン様。ジェイソン様は、これからどちらに? 故郷に帰られるのですか?」
「あー、帰りたいのは山々だが、帰る前に俺の助けを待ってる奴が居る。すぐ近くの森で大怪我をしてるんだ」
「お、大怪我をしているのですか!? それは急いで助けに行った方が良いのでは? 私のような淫らなエルフと寝ている場合では……」
「200年の時を経て初夜を迎えたあんたのどこが『淫ら』なんだ? 普通の人間はあんたの半分以下の年齢で墓に入ってるぞ」
「それはそうですが…………」
どんなに愛していても、車の排気口にナニを突っ込むほど俺は狂ってない。給油口から注いだ俺の遺伝子がガソリンと交じり合ってトランクルームで子育てを始めるなら話は別だが、そんな車は正直に言ってキモい。
車は車、女は女、亜人は亜人、異世界は異世界。ついでに言うと、レギュラーガソリンで動く車は女の乗り物で、プレミアムガソリンで動くガチガチのスポーツカーは男の乗り物。その持ち味を活かして建物や前方車両に突っ込む電気自動車は、まごうことなきオカマ野郎の乗り物だ。
そろそろ相棒を迎えに行ってやらないと……どうやって運んでもらうかが問題だ。
服も着替え終わった事だし、ミスティーの着替えを手伝いながら話を聞こう。
「ミスティ、一つ質問があるんだが、この世界に言語の壁は無いのか? 俺の故郷はここから遠い場所にあるはずなんだが、なぜかあんた達の言葉が普通に分かる」
「言葉の壁の事なら、大魔女がこの世界に施した大魔法のおかげで全て訳されているはずです。私達エルフ族も、人の言葉を喋らない種族ですよ」
となれば、運んで欲しい荷物の重さを異世界の単位で換算する必要はないか。
俺の車の重さは1.8トン、約3600ポンドのナイスバディ。明るい場所で確認しないと分からない事だが、エンジンに問題が無ければ走るはず。
善は急げ、この世界の神様が慈悲深い神である事を祈ろう。
◆ 数十分後 ◆
「このクソ野郎、ぶっ殺してやる!!」
――俺の祈りは神に届かず、祈りの代わりに発射した弾丸が飛んでいる鳥を撃ち殺す。
「……随分と、変わった生き物に乗っていたのですね。これは、魔女の使い魔か何かですか?」
銃声に耳を塞いでいたミスティが、俺の愛車を眺めながら質問して来た。
さて、どう答えるべきか……魔女の使い魔と言うくらいだから、その「魔女」が居る事は間違いない。そして、その使い魔は鎧だけで動いているようなタイプだろう。
俺が昨日仕留めた魔王軍幹部のデュランダは、兜に鳥の羽を大量に貼り付けた騎士だった。不死属性のアンデッド、鎧の中には朝食を吐きそうになるほど醜い生物が住んでいて、その生き物が鎧を動かしていた。
このまま俺の正体を辺境の地の住民として誤魔化し続ける前提で話を進めて行くなら、まずはボンネットを開けて相棒の心臓を見てもらうのが無難か。
――我ながら良い判断だ。
「こっちの地域で相棒の事を何て呼ぶのかは知らないが、心臓ならこっちにある。見てくれ」
ボンネットを開けたまま待機してミスティを待ってやれば、エンジンを視界に捉えたその瞬間の表情で大体の見当がつく。
――エンジンは、この世界で直せる。
「あまり見た事のない構造ですが、こういった構造に詳しい種族なら知っていますよ」
――さ、来るぞ来るぞ来るぞ?
「その種族の名は?」
「ドワーフ族です」
――はい、来ましたドワーフ族!
異世界に来たのにドワーフ族と会わずに帰るような間抜けに、ケーブルテレビを観る資格はねえ。
ナイト・オブ・スローンズ然り、指輪の物語然り。親の顔より観たケーブルテレビは、思春期の男の子には刺激が強すぎる浪漫を俺に教えてくれた。
――今こそ、その借りを返す時だ!
「ドワーフ族は、どこに住んでるんだ?」
「隣町のフリックヤードに、鍛冶場を経営しているドワーフ族が居ます。馬で行けば半日で着く距離ですよ」
「案内出来るか?」
ボンネットの蓋を閉め、断れないよう自然な動きでミスティの右手を握って歩けば、何とも絶妙な力加減でミスティも手を握り返してくれる。
「ええ、構いませんよ。街を守ってくれた恩もありますし、それに……」
「それに何だ?」
「い、いえ。ただ、もう少し一緒に居たいなと…………」
「それは俺も同じだ、ミスティ。少しと言わず、ずっと側に居たい」
「ジェ、ジェイソン様……そんな真剣な表情で言われると、エルフといえど照れてしまいます」
悪いなミスティ。
今の俺が真剣な表情に見えるのは、多分酒が入って無いからだ。素面の俺は感情が欠落した人間のように笑えない。だからセラピーに通ってた。
こっちじゃ街を救った英雄でも、元の世界じゃクソ野郎……それでも俺が帰りたい理由は一つ。
「足元に気を付けろ? 滑るぞ」
「はい。大丈夫です」
――俺の御袋と親父を撃ち殺した奴が、あっちの世界でまだ生きてる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます