銃社会の人間が異世界に転移すると大体こうなるという物語

受験生A

第1話

「うっ……いってぇな」


 目が覚めた直後、首に痛みを感じた。

 体を起こせばガラス片がこぼれ落ち、ぼやけた視界が元に戻る。


「あぁクソ……サンデードライバーめ」


 大破した愛車ベイビーの中で、何が起きたのかようやく思い出せた。


 俺は隣町までクリスマスプレゼントを買いに行こうとしていた。

 愛する女が車の中に小さなスノードームを欲しがっていたから、それを買いに行く途中だった。


 それなのに、交通量の少ない山道を登っている時にドカンッ! 


 勢いよく山道を下って来た車を避ける為にハンドルを切って、崖に突っ込んでしまった。

 

 自分だけ事故って相手は無傷で走り去るなんて……これなら、相手の目を見てチキンレースを仕掛けた方が気分的にマシだったぜ。

 

 とにかく、助けを呼ばないと。



「あぁ、可哀想に。待ってろよベイビー、今助けてやるからな?」


 割れた窓から外に出ると、愛車の変わり果てた姿が目に留まる。最悪だ。


 大樹に突っ込んだせいで、クールな顔が台無し。

 窓ガラスが割れて開放的になった車内の後部座席には、ポッキリ折れちまったクリスマスツリー。

 唯一の救いは、ガソリンが漏れていないこと。流石は俺が愛する女、この程度じゃお漏らしはしないらしい。


 彼女もショックを受けているようだし、ここは俺が慰めてやらないと。


「よし、待ってろ? 今医者を呼ぶ。俺は病院に、お前は整備工場だ」


 薄暗い森の中、彼女を助けようにもこんな山奥じゃ携帯の電波が届かない。

 俺を崖に突き落として走り去ったクソ野郎が通報しているなら話は別だが、草木の間から見える麓の街まで降りた方が早いだろう。


 ダッシュボードから銃を取り出し、トランクに積んであった瓶ビールを一本取り出して一気に飲み干せば、間違って誰かをぶっ殺した時の言い訳が出来る程度には酔える。


 ――今年のクリスマスは、俺の人生の中で1,2を争うクソだな。


 


「シングルビール、シングルビール、酒が好きぃぃぃ。今日ぉも、楽しいぃ、一人酒、へい!」

 

 ハンドベルの変わりにハンドガン。


 空に向かって弾を撃つと、歯の妖精みたいな生き物が俺から離れて行く。


 流石は850ドルのイチモツ! 


 0.5ドルの音を数回鳴らすだけで、小鳥たちと歌う白雪姫の気分にしてくれる。煙草よりずっと健全なストレス発散法だ。この調子なら、来週のグループセラピーは俺に必要ないかもしれない。


 来週のセラピーのテーマはたしかぁ……、だったか。ストレス管理のテーマになるまで俺の悩みが解決する事はないだろうな。



 にしても、この森は一体どうなってるんだ?


 

『キッキッキッ、美味そうな人間が歩いているなぁ?』


 変な声が聞こえたので上を見てみると、顔色の悪い七面鳥が俺を見て笑っていた。


 妙だな……ビールに薬でも盛られたか?


 ――念の為に確認しておくか。


「あー、そこの七面鳥君? 気のせいだったら謝るが、お前今、人の言葉を喋らなかったか?」

『キッキッキッ、驚いて――』


 確認が取れたので銃をぶっ放して仕留めると、肉付きの良い七面鳥が木の上から落ちて来た。


 この七面鳥が、お喋り婆さんの家から脱走したオウムじゃない事を祈ろう。


 ――今日の晩飯だ。



「おい、こっちで変な音がしなかったか?」

「ああ、聞こえた。何か焦げ臭いぞ」


 誰かが森に入って来た。


 狙いは俺が仕留めた七面鳥か。車が崖に転落しても様子を見に来ないなんて、ここはモンタナ州か?


「おい、こっちだ! 俺はこっちに居るぞ? 怪我人はここだ!」


 三発ほど銃を撃って居場所を知らせながら前に進むと、正面から迫っていたランタンか何かの灯りが走り去っていく。


「おい、ヤバいぞ! 早く逃げろ、何かヤバい!!」


 七面鳥の次は鶏のようだ。


「おい、何で逃げるんだよ! 俺はここだ、早く助けろ!! それともクマに襲われて死ねってのか!? 0.5ドルの救難信号だぞ!!」


 逃げる二人組を追って森を走れば、五分もしない内に街に出た。

 正面には俺から逃げた二人組と、その二人組を心配する奇妙な集団。


「ミスティさん、あいつです。あの男が何か大きな音を立てながら私達を……!」


 もしかしなくても、二人組の男が口にしている「あいつ」は俺の事だろう。


 二人の男が泣きついているのは、博物館から盗んで来たような鎧を着た女。


「そこのお前、この辺りじゃ見ない顔だな? 何者だ」


 思った通り、「あいつ」とは俺の事だった。戦後のジャンヌ・ダルク風の女が話し掛けて来た。


「そういうあんたは、この時代じゃ見ない服装だな。ナイトスタジオから逃げ出して来たのか? 朝を迎える前に展示場所に戻らないと後悔するぞ」

「この鎧は私の祖母の形見だ」


 ――祖母!?


「フッ、フフッ……ちょっと待ってくれ、今のはツボに入った…………ハッハッ!! アーッ、祖母の形見……プッハッハッハッハーッ! ダメだ、面白すぎる!!」


 ああヤバい、まじで腹が痛ぇ。


「何がおかしい……」

 

 どうやら、ナイトスタジオのネタがお気に召さなかったらしい。手元にスマホがあれば俺の悪口を今にも拡散しそうな剣幕……令和のジャンヌ・ダルクはSNSをご所望だ。

 

「何をニヤニヤしている……」

「おいそう熱くなるなよ、言い出したのはそっちだろ? 今は2023年だ。お前の祖母はエルフか? 違うだろ」

「祖母も私と同じくエルフだが?」


 自称エルフとその他大勢の顔を見て、何かヤバい街に迷い込んでいるような気がした。


 この街は有名なゲームのファンクラブの聖地か、それとも頭のおかしなカルト集団の街か。どちらにせよ、全員がファンタジックな服を着てやがる。


 ひとまず、アメリカ人なら誰でも知ってる事を聞いてみるか?


「あー、よし分かった。色々とお互い勘違いをしているようだから、念の為に聞いておきたい事がある。良いか? エルフのお姉さん」

「……何だ?」


 ――これを知らない奴は、アメリカ人じゃない。


「かの有名な『ナイト・オブ・スローンズ』は、2020年にシーズン20で完結している。ブルーレイボックスはシーズン19まで発売してるが、なぜかシーズン20は2023年に成った今現在も発売されず、ファンの間では権利関係のトラブルで打ち切りになったのではないかと囁かれている。そして、商売敵の『ウォーキング・ヘッド』はシーズン35までブールレイを販売してる。これは由々しき事態だよな?」


 アメリカ人なら誰もが問題視している事を伝えても、中世の鎧を着た集団がスマホを取り出す事はなく、目の前の自称エルフの口が閉じる事もない。誰一人、俺の話を理解していない。


「……お前は、さっきから何の話をしているんだ?」


 ――オーケー、全て理解した!


「いや、何でもない。ちょっとぉ、あれだ……事故のショックでぇ、そう! 記憶が飛んだみたいだ」

「事故……それで怪我をしているのか?」


 ――よし、このまま誤魔化し切れそうだ!

 

「ああ、実はそうなんだ。軽いパニックになってた。自分がっ……どこに居るのか分からなかった。襲われたんだ、怪物に……」

「怪物!? 怪物に襲われたのか?」

「ああ。奴は休日に現れる。普段は家に籠って毛糸を編んでるような老人だ。目は退化しているから、ほとんど見えていない」

「詳しいな。なんという名の怪物なんだ?」

「サンデードライバーだ。俺の地域ではそう呼ばれていた。もしかすると、こっちの地域じゃ『デュラハン』と呼ばれているかもしれない」


 異世界なら多分居るだろうという軽い気持ちでついた嘘が、魔王軍幹部に該当する。


 仲間に指示を出して慌てる女エルフの話によると、本当にこの地域に魔王軍幹部の「デュランダ」という名のデュラハンが出没しているらしい。


 なんて迷惑な奴だ……もうちょっと違う奴の名前を言えば良かった。


「それにしても、よくデュランダと遭遇して無事だったな? 怪我も軽いようだし、本当に何者なんだ……」

「それを教えてやっても良いが、その前にビールを一杯奢ってくれないか? ヒールよりビールが欲しい」

「たしかに、ヒールよりビールの方が良さそうな顔だな……すぐそこに酒場がある。案内しようか?」

「頼む」


 哀れな怪我人に神の御恵みを何たらかんたら……出来ればステーキも食いたい。


 それはさておき――


「あーところで、ミスティだっけ?」

「ん。そうだが、なんだ?」

「あんた達の中で、この七面鳥に見覚えのある奴はいるか? 非常識にも森の中で喋ってたから撃ち殺したんだが」


 森で殺した七面鳥との面識が無いか周りに確認すると、ミスティや他の連中が言葉を失って硬直する。


 ――この反応は、恐らくそうでしょう。


「……それは、デュランダの頭じゃないか!?」


 ――はい、デュラハンの頭でした。



 アァ、デュランダよ……45口径で死んでしまうとは情けない。異世界ファンタジーの風上にも置けない耐久力だ。恥を知れ。



「あ、あの……一体、どうやって殺したのですか?」


 ジャンヌ様がいきなり敬語になったぞ……これで俺も英雄の仲間入りか?


「倒すコツは簡単だ。頭を撃つ、ゾンビと同じだ」

「そ、そうなのですか……?」

「そうだ。俺のお袋や親父もよく言ってた、頭を撃って死なない奴は居ないだろって。ゾンビ映画のお決まりシーンに対するメタ発言だ」


 頭だけで木の上に居たなら、脳天をぶち抜くのは朝飯前。どこに撃っても全弾ヘッドショッドだ。


「他に質問は?」

「いやぁ、特にはありません……」

「ならこれで問題解決だな、ミスティ? 街を救った英雄に、ビールとステーキを奢ってくれ」

「あぁ、はい……」


 これで宿屋にケーブルテレビがあれば良いんだが、まあ無いだろうな。


 なんで俺が異世界に……せめて日本人にしとけよ。

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