夢追い人がみた物語
みかみ
第1話 およそ700文字
あれは全て、私の狂気が作りだした虚像だったのだろうか。
何度も己にそう問いかけた。
熱を帯びた真夏の空気。
毎日届けられる握り飯。
パソコンの画面に映し出される下手くそな小説。
石膏に守られた右腕。
古紙の匂いの中で彷徨う幽霊。
風変わりな少年が見せた文壇へのひたむきな想い。
あまりに短い猫の尻尾。
全てが虚像なら、どんなによかっただろう。否――これらすべてが虚像ならば、あまりに悲しい。
君が私に与えた思い出は、何度でも笑いだしてしまうほどに愉快で、胸が潰されそうになるほど美しく。それでいて、思わず俯いてしまうほどに寂しく、呼吸を忘れてしまうほどに勁烈でもある。
今私は、一通の通知を手に、全てが真実であった事を認識し、そして、心の中で君に賞賛の言葉を贈っている。
乾。君はよくやったよ。本当によくやった。
君の処女作が落選に終わったのだとしても、私はこの作品がどれほどに素晴らしいものかを知っている。
君の強靱ともいえる優しさと、人恋しい心が織り込まれたこの物語は、私の狂気を再び目覚めさせたのだから。
一度目覚めた狂気はそう簡単には眠りについてくれない。
君が物語に生み出した少年と道端ですれ違い、晴天の下で幻の雨にうたれる日々は、私の中の虚構と現実をないまぜにする。
でもね、乾。私は君の物語が入り込んだこの現実世界で過ごしながら、こう思うんだよ。これほどに美しい世界を私はかつて体感した事があっただろうかと。
君の作りだした世界は、人々は、君そのもので、私は彼らと出会うたびに、幸福すら感じるんだ。
ありがとう。ありがとう乾。
私はいつかきっとまた、筆をとれそうな気がする。その時は、私の物語に君を登場させてみよう。そうすれば私が生きる狂気の世界の中で、君に再会できるかもしれないから。
~おわり~
夢追い人がみた物語 みかみ @mikamisan
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