第一章 組織編

第一話「魔界」

 お帰りなさいという言葉と共に俺は迎えられた。

 

「…………ここどこ?」

 

 意味が分からない。なんだここ? 俺が知っている場所じゃない。

 というか、知るわけが無い。人間が居ない。居るのは角が生えたものや黒い翼を生やしたものばかりだ。

 

「ここは魔王城です、魔王様」

 

 ――と言うのは、胸が大きく露出度が高い白色のドレスを身にまとった金髪の女。胸元が空いている謎のドレス仕様。ハッキリ言ってエロい。ただこいつは他の者達と違って、普通の人間の様に見える。それがまた違和感があるが……。

 

「なんで俺は魔王城に?」

 

 俺は当然の疑問をぶつける。

 

「魔王様なので」

 

 ……話にならなかった。どうやら俺は魔王になったらしい。勇者とかじゃなく魔王? 俺が? ……なぜだ。

 

「魔王様は状況が理解出来ていない様です。ミーサ、説明して差し上げなさい」

「は、はい!」

 

 女がそう言うと、小柄な女の子が現れた。

 

(一体どこから現れたんだこの子……)

 

「では、魔王様! 僕が説明させて頂きます!」

 

 ミーサという少女が忍者の如く何も無い所から現れた。

 どうやらこの子はボクっ娘のようだ。露出度が高い白のレオタードのようなものを着用している黒髪の少女。ここは魔界だろ? 黒じゃなくて白に統一されているのはなんなんだ……。

 

 ミーサはその小さな胸を揺れない程度にぴょんぴょんとジャンプし、元気よく説明する。必死に揺らそうと頑張っている様だが微動だにしない。

 

「ここはですね――」

 

 とミーサが説明してくれた。

 

 ミーサ曰く、今俺がいる場所は『ガルスト帝国』と言うらしく、ここには魔族と呼ばれる者のみが生息しており、人間は居ないとの事。

 ただし、一概に魔族と言っても様々な種族がいる。鬼やドラゴンなんかも居るらしい。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「――と大体こんな所でしょうか!」

 

 ミーサは説明し終わった。俺は膝を着く者達を見下ろすような場所に居た。……というか実際に見下ろしていた。禍々しく大きな玉座に座り、まるで本当に魔王になったかの様な気分だ。

 

 俺は城の外を見ようと玉座を立つ。

 

「――魔王様! どこへ!?」

 

 先程の胸の大きい女が声を大にして言う。

 

(慌てすぎだろ……)

 

「…………いや、ちょっと外を見たくて」

「……そうですか。……てっきり、私たちを置いてここを出ていくのかと……」

 

 女は安堵し胸を撫で下ろす。

 

(正直帰れるなら帰りたいけど……)

 

 きっとそれは許してくれないだろうなぁ。許してくれるかもしれないけど……怖い。俺は改めて頭を下げ、膝を着く者達を振り返って見てみる。

 

(うん……怖い!)

 

 鬼やらなんやらが俺の事をただじっと見つめていた。

 ……言える訳が無かった。そして俺は再び城の窓へと歩き、城の外を見た。

 

「……………………おい、マジかよ」

 

 外は一面赤黒い世界だった。青や白なんて色鮮やかなものは存在しない。まさに魔界・・という名が相応しい。そんな場所だった。

 

(帰りてぇ……)

 

 目からは涙が止まらない。明らかに日本では無いそんな場所に連れてこられたのだから当たり前だ。だが、帰れないのならと俺は自分に言い聞かせる。

 

 俺は魔王としてコイツらに崇められている。なら危害を加えられる事は多分無いだろう。それならいっそ魔王として立ち振る舞ってやろうか。一応、練習はしていたしな。魔王というより、ダークヒーローだったけど。

 

「よし、決めた」

「魔王様、決めた……とは?」

「俺がお前達の魔王として君臨してやる」

「……本当ですか!!」

 

 女はキラキラと目を輝かせ俺に抱きついてきた。

 

「うぷっ」

「――魔王様! ありがとうございます!」

 

 俺は大きな胸に圧迫され……やばい息が出来な……い。

 

「――グレイ! 魔王様が息出来ないだろう! …………僕も我慢していると言うのに……」

「はっ! すみませんでした! 魔王様!」

 

 俺はミーサの一声でギリギリ意識を失わずに済んだ。胸の柔らかさなんて感じる余裕が無かった。

 

 この胸の大きく露出度の高い女はグレイと言うのか。こいつは要注意人物として脳内メモリーに保存しておこう。ここは魔界だ。このグレイより、危ないヤツは他にも沢山居るだろう。

 とはいえ、その一人目がこんな身近に居るのは気が休まらないが。

 

「で、俺は何をしたらいいんだ? 魔王になるとは言ったが、具体的に何をしたらいいのか分からないんだけど……。そもそも何があったんだよ。先代の魔王はどうした? そこんとこ説明してほしいんだが」

「……先代の魔王は死にました。勇者の手によって」

「…………そうなのか」

 

 俺は聞いてはいけない事を聞いてしまったのかもしれない。俺の発言によって、ここにいる者達の顔色が変わったからだ。

 

「……悪い。俺そんなに空気読むのとか得意じゃないんだ」

「いえ! 滅相もございません! 魔王様が謝る必要など! 全ては私達の力不足が招いた事なのです!」

 

 先代の魔王は勇者にやられて、新たな魔王を探していたところ、俺が選ばれた訳か………………いやだからなんで俺? 明らかに俺の目の前に居るこいつらの方が強そうだし、実際強いだろ。

 俺なんて制服に手持ちなんて何も………………ん?

 

 俺は改めて自分の姿を確認した。制服を着ていたと思っていたが、俺が今着ているのは制服では無い。黒のスマートな鎧だった。着心地が良すぎて今の今まで気付かなかった。鎧にしては伸縮性に優れている。なんの素材を使ったらこんな鎧が……というか――

 

「なんだこれ。俺いつの間にこんな格好してたんだ?」

「魔王様はずっとその格好でしたよ?」

 

 グレイは首を傾げる。

 

 いやいや、そんな訳ないだろう! 着た覚えなんて無いし、さっきまで制服だったんだぞ!? どういう事だよ……。

 まぁそれよりも――

 

「えーっと、つまりその先代魔王を倒した勇者を俺が殺ればいいのか?」

「それは魔王様にお任せします」

「お任せ? お前達にとって勇者は憎き敵なんじゃないのか?」

「良くは思っておりませんが、憎いとまでは……」

 

 先代の魔王を殺されたのに勇者を憎んでないだと? 意味が分からん。そもそも魔族って普通、人間を殺すのが趣味なんじゃないのか? 俺がやってきたゲームは少なくともそういう設定が多かったが。

 

「勇者じゃないなら、お前たちはなぜ俺を呼び出したんだ? 正直言うが、俺は強くない。なんなら、お前達より弱い自信がある」

「それはありません! 私達が魔王様に勝てる筈など!」

「僕もそう思います!」

 

 グレイの言葉に共感するミーサ。その二人の声にそうだそうだと声を上げる鬼達。

 

「…………はぁ。俺は戦闘なんてした事がない」

「いえ、私達は見ておりました。あの勇者を何度も罠に嵌めては装備を奪う。それも一回や二回だけじゃなく何十回も! 勇者にとって装備を奪われるというのはどれほど屈辱的な事だったのでしょうか! 想像しただけで怒りなんて忘れました! ……そういう事なので、先代魔王が殺された憎しみは今はもう正直ほとんどありません。そんなことより、私達は魔王様の方が大切です」

 

 それはつまり、俺が勇者に屈辱を与えたからもう満足しているということだろうか。というか、先代魔王の死をそんなことって……なんか可哀想だな先代魔王。

 

 ん? 待てよ? 今こいつ勇者って……まさか俺がやっていた『クラフトオンライン』の事を言っているのか……? そういえば、さっき窓から外を見た時、どこかで見覚えのある様な気がしていた。一面赤黒い世界に、ドラゴン……やはり俺は一度ゲームで見覚えがある……!

 だとするとここは、『クラフトオンライン』の中という事か!

 ゲームの世界に連れてこられた……? どうやって……そういえばあの時――

 

「なぁ、グレイ。まさか俺を連れてきたのはお前か?」

「…………はい、私です。いきなり説明も無しに連れてきてしまい申し訳ございません魔王様」

 

 なるほど。俺を連れてきたあの謎の光のヒトの正体はグレイだったのか。そういえばなにか唱えていたもんな……転移? とかなんとか。

 

「まぁ、俺が魔王に選ばれた理由は何となく分かった」

 

(正直理解は出来んが……)

 

「ありがとうございます、魔王様」

「だがさっきも言ったが、俺は弱い。なんか知らないうちに強そうな鎧は身に付けているけど、喧嘩とかした事ないからな?」

「……ははは、魔王様も冗談がお好きなのですね」

 

 いや、冗談じゃねぇし。グレイは一ミリも信じてないなコレは。

 やはりこいつは要注意人物だ。その点さっきから黙っているミーサは可愛いもんだ。ずっと俺の事をキラキラとした目で見ているだ……け…………ん? こいつも俺の事強いとか思ってんじゃねぇだろうな。いや、この目はそうだな。多分、ここに居る者達はきっと俺の事を最強の魔王様とでも思っているんだろう。まずいな……魔王として君臨する事は決めたが、当の魔王が配下より弱いとかバレたらまずい。最悪、ここから追い出されて魔族達のエサにされるかも知れない……! それだけは勘弁だ。

 

「……まぁ、冗談はこれくらいにしておこうか」

「やはり冗談だったのですね! 流石は魔王様です!」

 

 こうして俺は魔王を名乗る事になった。自らの命を守る為に。

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Re:START -異世界の魔王を演じる事になった俺- 水無月 @Minazuki_iihito

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