死霊遊戯④

「しかしまあ────呪いを生業とした一族が所持していた館での殺人とはね。ミステリー染みてるわよね」

 

 不敵な笑みを口許に刻みながら、シルヴィア・アーゼリットはそう呟いた。

 確かに。今の状況は如何にもだ。

 山奥の館で起きた殺人。居合わせたのは五人の魔術師。そして、此処の利権を狙う魔女に迫られているこの展開は間違いなくB級のサスペンスかホラー映画くらいのものだろう。

 居合わせたのが魔術師というのも、B級感を演出している。

 悠真ゆうまは彼女の挙動に注意しながら、いつでもルーンを刻んだカードを取り出せるように左手を腰のカードケースに忍ばせた。


「ええ、全くですね。これでもう一人でも犠牲者が出ればもれなく三文ミステリーだ」

「惜しむらくは、金田一耕助や明智小五郎のような名探偵がいないことね」

「はっ、じゃあこの事件は迷宮入りですね」

「そうね。探偵役がいないのならミステリー足り得ないものね」


 どこか気の良さを感じさせる軽口の応酬を繰り広げながら、思考を読む。

 ・・・大方、彼女はこの案件から手を引けと取り引きに持ち込む腹だろう。

 だが、それを呑むことは出来ない。なにせ今回の仕事は彼女と同じ法政課の魔術師であり、『魔女』と呼ばれる美女が持ち込んだものだ(あくまで推測だが)。

 此処で手を引けば後が怖いし、魔女によりバイト先が潰される危険もある。それは避けねばならない。彼処が潰されでもしたら、資金源の一つが失くなるのだから。


「────じゃあ、本題に入るわ」


 途端、シルヴィアの雰囲気が一気に変化する。

 先ほどまでの気の良さは鳴りを潜め、変わりに浮き出たのは好戦的で冷徹な魔術師の本性だ。

 悠真も意識を切り替え、カードケースから二枚のカードを抜き取り隠し持つ。

 だが、


「単刀直入に言うわ────協力しない?」


 と予想にもしていなかった一言が放たれた。


◆◆◆


「さて、と・・・そろそろ取りかかるか」


 一通りの後始末を終えた柳は周囲をぐるりと見回しながら呟く。

 今回は同業者が多い。しかも、陰陽課の魔術師が死んだのだ、いつその情報を聞き付けて代わりの術者が派遣されるか分からない。一刻も速く取りかからなければ此処の利権は手に入れられなくなるだろう。


 ───それだけは許されない。

 この仕事の成功には柳の魔術師としての大成が賭かっているのだ。


 柳は懐から黒く濁った液体が納められた小瓶を取り出し、蓋を開けた。

 中に入っている黒液はかつて海外に渡った際に偶然仕留めた魔獣の血だ。

 ゆっくりと小瓶を傾けながら、詠唱を開始する。


「"───我が手にCall死、ありきmy fate"」


 粘度の高い黒液が足下に流れ落ち、粘土を捏ねるように絶え間なくカタチが変動する。

 粘土はやがて犬のようなカタチを形作ると、柳の足下に座り込んだ。

 黒犬には眼も鼻も口も無い。ただ、犬のようなカタチが其処にあるだけだ。

 柳はしゃがむと、黒犬を撫で、命令を下す。


「この館に巣喰う怪異を探して食らい尽くせ。遠慮はいらない。邪魔する者もすべからく喰い尽くせ。見敵必殺だ。立ちはだかるモノ一切合切を喰らえ。我が"不死の猟犬MadDog"」


 徹底的な殺戮の指示。

 それは形作られたカラダにかつての凶暴性を与える。

 黒犬の双眸らしき孔に、深紅が灯る。


け。風のように、死を運ぶ黒鳥のように、ただ前だけをて走れ」


 柳が立ち上がる。と同時に、黒犬はとぷんと底無しの沼に堕ちたように床へそのカラダを溶け込ませ、部屋中を縦横無尽に駆け巡る。

 黒犬は獲物がいないことを確認すると、瞬く間に通路の方へと駆けて行った。


「ふぅ・・・さて、次の手を仕込まねばな」


 今放った猟犬は柳の手持ちの使い魔の中でも上位に位置するモノだ。並の怪異や魔術師ならば容易に仕留め、餌とするバケモノではあるが、柳は更に用心を重ねることとした。

 こういった霊障の専門家である陰陽課の魔術師───しかも、五条の分家の中でも強い力を持つ五條の性を持つ者が敗れたのだ。

 用心を重ねるには十分。否、用心を重ねてしかるべきだ。


 柳は懐から魔除けの礼装を兼ねた煙草を取り出して咥える。

 発火の魔術ではなく、ライターを使って火を点けると煙を吸い込み、勢い良く吐き出した。

 柳が持参した礼装は先ほど放った猟犬を含めてあと三つ。どれもが一流の品である。

 柳は眉間に深い皺を寄せると、心中で吐き捨てた。


 (ふん・・・くたばってせいせいしたぜ、あの腐れ陰陽師め)


 吐き出した煙は、虚空へと溶けて消えていった。


◆◆◆


「・・・相変わらず、酷い臭いだ」


 彩愛あやめは不快そうに呟く。

 この館にこびりついた鬼の匂い。それが彩愛の鼻腔を擽り、苦い記憶を呼び起こす。


 辺り一面に充満する血の匂い。

 そこかしこが黒みがかった赤で装飾された屋敷。

 場所を問わず転がった家族だった肉塊。

 そして───酷く香る、鬼の悪臭。


 殺戮の記憶が、反芻する。

 彩愛は苦笑すると思考を切り替え、魔力を廻らせ、魔術を発動させる。

 修験道に詠唱は殆ど必要ない。六神通を基盤とする術式ならば、念じるだけで起動できる。

 彩愛が選んだのは他心通を基盤とする索敵術式だ。空間内に残留する思念を読み取ることでの索敵は高精度を誇る。

 だが────。


(・・・やっぱり、阻害されてるな)


 どういう訳か、この館では他心通どころか他の魔術の効果も半減している。

 思念の読み取りが、最新のモノにしか作用できないのだ。


 (・・・結界かな。でも、もう虚月家かれらはいないわけだし。今の持ち主は一般人だから、私以外の魔術師が妨害に動いてるのかな?)


 彩愛は周囲へ意識を割きながらも術式の出力を強引に高める。魔力の消費は増えるが、さして問題にはならない。


「ま、地道に探すとしますか・・・彼の事も気になるしね」


 脳裏に浮かぶ黒髪金眼の少年へと好奇の笑みをきざみながら、彩愛は楽観的に今後の方針を定めた。


◆◆◆


 ────漸く取り戻した。

 長かった。たかが十数年が、数百年に感じるほどに。だが、後は幕を引くだけだ。


 これで────虚月家われわれの望みが成就する。

 

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久遠の月──Kaleido of moon── 龍ヶ崎蓮斗 @Ryuugazaki

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