染められた部屋

湾野薄暗

俺と奴の部屋だった

カチャン。ギィーッと玄関ドアを開けて俺は部屋に帰ってきた。靴を脱ぎ、手を洗ってからリビングに入って深呼吸した時に俺の趣味ではない棒が刺さってるタイプのルームフレグランスの香りがした。なんちゃらかんちゃらフローラルの香りとか言ってたな…。奴の趣味だ。

「…お前、これ何の香りって言ってたっけな…」と口に出すが反応はない。


のろのろと重い腰をあげてスウェットに着替えようとしたらソファーの上に脱ぎ捨ててあったのは奴のスウェットで形状記憶したかのように脱ぎ捨てられたままの形で持ち主の帰りを待っていた。脱ぎ捨てるな!とルームシェアし始めてから何度も言ったが直らず俺が折れた。

「…お前のスウェット、俺にはでけぇんだよな…お前、背ぇ高いから…。どうしたもんかね…」とぶつくさ言いながら洗濯機に放り込むが反応はない。


洗濯機に放り込みながら風呂場の電気がつけっぱなしだったことに気づいて「ハァ〜〜〜」とため息を付く。

こういうところが奴は雑でよく俺が怒っていて、何度か奴の綺麗に結んでる長髪を引っ張って喧嘩になったこともある。風呂場を開けると奴のシャンプーとトリートメントが目に入った。奴は一度も染めたことのない肩甲骨ぐらいの長さ髪のために男でもロングヘアが許される職場で働いていた。

「…そういえばお前のロングヘアへのこだわりは聞いたことなかったな…」とふと思うが反応はない。


テーブルの上に置きっぱなしにしてある煙草と俺があげたライターは静かにそこにあって、1本試しに吸ってみたが咳き込んで涙目になった。ルームシェア初日にベランダで吸え!と俺が言って、奴は律儀に守っていたので俺は奴が煙草を吸ってる姿はあまり見たことがない。

「…お前、俺は煙草吸わねぇぞ…」とボヤくが反応はない。


お腹は空いてないがさすがに1日1食ぐらいは食べるべきか…と冷蔵庫を開けると『食べていーよ』の張り紙が貼られた奴のお手製の焼き飯が入っていた。あと奴の作る名前のない副菜も入っていた。白菜と小松菜とベーコンを適当に煮てあるやつ。

「…お前の最期の晩餐、これだったんだな」とポツリと呟くが骨壺から反応なんてなくて。


葬式の最中は現実感がなくて涙の一粒すら零さなかったけれど、あぁ、奴の作った飯はこれが最後で、テーブルに置いたままの煙草も俺があげたライターも、もう2度と奴が使うことは無いんだなと思うと途端に現実感が出てきて。

しゃくり上げながら抱きしめた骨壺は真新しい匂いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

染められた部屋 湾野薄暗 @hakuansan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画