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二月十四日、
防犯カメラらしきものは設置されているものの、ランプがついていたりはしないことから、もう動いていないのだろう。管理している会社は、使っていないビルの防犯カメラを稼働させておく意味はないとしたのだろうか。
五階へと非常階段で上がり、蒼雪に言われていた場所へと入る。埃っぽい室内は床だけは綺麗で、ブラインドもカーテンもない窓は開かれていて、風が吹き込んでいた。
蒼雪は窓際に立ち、外を見ていた。
室内には床に固定された机と椅子、それからホワイトボード。もう使われていないそこは片付けられないままの教室といった様子だ。
「
「何を……言ってんだ」
「俺は今日ここに、花園と国崎を呼んでいない。彼らが知りたいのは真犯人が誰かではなく、
要がここにいるのは、第三者がいた方が良いという蒼雪の判断だった。君も一応は関係者に見えるからなと、そんなことを言って。
かつりと、硬い踵が床にぶつかるような音がした。教室の入口に立った影は、ひとつしかない。
「来るかどうかは賭けでしたが、貴方は来ると思いましたよ。でも、思った通り、貴方しか来ませんでしたね。一緒に行こうとは誘わなかったんですか? 婚約までしている相手だというのに」
影は、何も答えない。兼翔はその姿を見て、ただ顔を青褪めさせていた。
「篠目先生は貴方が道を踏み外したことを知り、貴方を止められなかったことを知り、その真実を花園にだけ遺書として送って、秘密を抱えたままこの窓から沈んだ」
篠目
これはすべて、僕の不徳の致すところでしょう。
あの遺書にあった後悔はつまり、Kを殺す引き金となった言葉を突き付けてでも、道を外れた友人にそれを気付かせることができなかったことか。口を閉ざし、抱え、そのままに沈む自分を悔いたものか。
「篠目先生はきっと、貴方に期待していたのでしょう。けれど貴方は、その期待を裏切った。道を踏み外していることに、自分で気付かなかった。あるいは、気付いていながら目を背けた」
きっと、気づいて欲しかった。
もしも篠目秋則が、「知っているぞ」と告げたのならば、何か違っていたのだろうか。
「見るべきものはすべて見た。篠目先生の見たくないものはきっと川辺と、そして貴方の、二人だった。先生は期待していたから、先に貴方に会いに行った。貴方が気付いてくれることを願って。けれど一年近く待っても、貴方は何もしなかった」
どうか、どうかと。それはどこか、祈りにも似ていたのかもしれない。けれど突きつけさせないでくれと、明確にことばにしなかったのは、きっと篠目秋則の怠慢だった。
だからこそ彼は遺書にこう書いた――すべきことを怠った、と。
「だから先生は、死を選んだ。死ぬしかなかった。もう道を踏み外したことを気付かせるには、自分の死しかないと察した。川辺を、守るためにも。川辺が殺されることや、自殺してしまうことを防ぐためにも。あるいはすべての罪を着せられて、犯人に仕立て上げられることを防ぐためにも」
川辺兼翔は、平成の透明人間ではない。けれど彼は、関わってしまった。その罪の一端を担ってしまった。
「先生が真実に辿り着いていることを知れば、透明人間は間違いなく川辺を身代わりにしたでしょう。それほどに、透明人間は周到でしたから。それを防ぐためには川辺の前で、真実を暴く必要がある」
姿の見えない透明人間はきっと、自分が危うくなれば兼翔にすべての罪を被せたことだろう。
「そして願いを託す先を、遺書を託す先を、川辺の同級生であり、貴方の教え子であり、先生にとって希望を見出す存在であった花園に決めた」
小学校六年生は、目先に合格というものを見ている。その向こうを見られず、その目先の合格にだけ囚われて、それではきっと
きっと、弘陽は咲かせた。悠馬も、咲かせたと言えるのかもしれない。
合格のことを、桜咲くと称することがある。けれど春に咲いた桜の花はいずれ散る、秋の紅葉と同じように。
「ここは、貴方と篠目先生が、一番最初に配属された校舎。移転によって十年以上前に閉鎖され、そのまま放置された場所。この校舎は名前を
取り壊されることもなく、ひっそりと静かに、ここに取り残された。
「この校舎にいたときの貴方は、道を踏み外してはいなかった。けれど貴方は、道を踏み外した。この身ハ
影が、揺らいでいる。教室内に踏み込んでくることもなく、ただ入口のところで立ち尽くし、ゆらゆらと。
蒼雪が人差し指を、真っ直ぐ影へと突き付ける。
二月の満月のことを人は、スノームーンと呼ぶという。窓の外に、満月から少しだけ欠けた二月の月が昇る。今年は暖冬で、雪を見た覚えもない。
それでも二月の満月を、変わらずスノームーンと呼ぶのだ。かつてあった雪が、そこにないのだとしても。
かつてあった同じ道がなくなったとして、それでも篠目秋則は、彼を友人であると信じたのだろうか。
蒼雪が示す先には、男が一人。
「そうでしょう――
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