ランドセルはネイビーブルー

未来屋 環

これはほんの少し前の日本のお話

 その色はいつだって、僕の幼き日の記憶を呼び覚ます。



「今日から新しくみんなの友達になる、山下エリさんです」


 小学4年生の2学期、2クラスしかない都下の学校に転校してきた彼女は、思いっきり目立っていた。

 そのチェックのワンピースも、ゆるくウエーブがかった栗色の髪も、そして――僕達には見慣れない、紺色のランドセルも。


「なんでエリちゃんのランドセルはそんな色なの?」


 下駄箱で靴を履き替えていると、声が聞こえてくる。外に出ると、山下の前に数名のクラスメートが立っていた。


「ランドセルは黒か赤って決まってるんだよ」

 揶揄からかう彼らを前に、山下は無言で歩き出す。その冷めた雰囲気を感じ取って、横を通り過ぎようとした彼女に一人の男子が言い放った。


「しかも、紺って。女の癖に変なの」


 その瞬間、山下の足が止まる。くるりと振り返った彼女の目は、まっすぐに彼らを見据えていた。


「――誰が決めたの」

「は?」

「ランドセルは男が黒で女が赤なんて、誰が決めたの」


 彼女の言葉には有無を言わせないような厳かさがあって、クラスメート達は押し黙る。暫くしてバツが悪くなったのか、他の男子が口を開いた。


「そんなもん知らねーよ。トランプだって黒と赤じゃん。紺なんておかしいんだよ」


 その言葉に、彼女は小さく「トランプ」と繰り返す。そして――数秒後、その顔をくしゃりと歪め、高らかに笑い声を上げた。

 初めて見る山下の笑顔に、僕は思わずどきりとする。

 何も言えずにいるクラスメート達に向かって、「紺じゃないよ、『ネイビーブルー』」と笑いながら言った後――彼女は茶目っ気たっぷりにこう締め括った。


「もしトランプだったら――私はさしずめ、ジョーカーだね」


 ***


「おとーさん、はやく!」


 娘のマキが駆け出していく。ピンク色に彩られた小さな背中が、何だか眩しく見えた。

 小学校まで続く道々には、カラフルなランドセル達があちらこちらに咲いている。黒か赤かを迫られた僕達の時代とは、大きく違う。マキも最後まで悩んでいた。まだ6歳なのに、こだわりは一丁前だ。


「あっ、リエちゃん」


 マキが校門の前で、一人の少女に駆け寄った。そのランドセルの色を見て、僕の胸は懐かしさに満ちる。

 僕達の時代には、見慣れなかった色。気品溢れるネイビーブルー。


「――マキちゃんのお父さんですか?」


 背後からかけられた声に振り返る。

 そこには、同じ色のワンピースに身を包んだかつてのクラスメートが立っていた。



(了)

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ランドセルはネイビーブルー 未来屋 環 @tmk-mikuriya

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