第34話 『細胞の喝采』

 ――不老不死になるためにはどうすればいいか。


 ミンクレス・リクメト=イモタリアスはずっと考え続けてきた。


 不老不死とは死の克服。

 生物からの脱却である。


 これは人類が持つ最大の命題であり、

 そして人類が見る泡沫の夢である。


 様々なフィクションで不老不死になるため暗躍する敵が描かれる。

 

 だが、これはとどのつまり夢でしかないという暗示だ。


 だって人々は、現実ではなし得ないことを漫画やアニメ、本に描くのだから。


 不老不死など最も顕著なものであろう。

 

 石仮面、紅き月、聖杯、神性存在、竜の玉。


 あらゆる可能性から不老不死が描かれてきた。


 歴史を振り返ってみても記録はある。


 奇人サンジェルマン伯爵。

 大賢者パラケルスス。


 この二人は『賢者の石』を所有していたという。


 中国王朝、秦の始皇帝も不老不死を望み霊薬を探していたのだとか。


 怪人グレゴリー・ラスプーチンも不死者だと言われた。

 この人物は死んだと記録にしっかり残っているので別扱いであるが。

 

 このように不老不死とは人類が今まで夢見てきた大願、そして同時に実現不可能な難問なのである。


 だが、人類は諦めはしない。


 魔術が無理なら、医学が無理ならと、可能性を滅びるまで模索し続けるだろう。


 だがミンクレスはその時まで待つなんてできない。


 自分が死んだら意味がないからだ。

 子孫が不老不死なったところで何も喜ばしくないからだ。


 だからミンクレスは鍛え続けるのだ。

 そして研究し続けるのだ。


 第一魔法、第二魔法、第三魔法はその副産物とも言える。


 それぞれに不老不死を成すための役割がありながら届きはしなかった代物なのだから。


 ――彼は理論的に考える。


 魔法という非現実を持って、生前の理論を更に上の現実へと塗り替える。


 第一魔法は生物として。


 第二魔法は存在として。


 第三魔法は逆行として。


 あらゆる要因を取り除こうと研究を続けた。


 抗って、抗って、会得した。



 ――人はなぜ死ぬのか。


 

 ここでは哲学ではなく、生物学的な話としてだ。


 答えは決まっている。


 『細胞が死ぬから』だ。


 人間という種の身体は六十兆を越える細胞で構成されている。

 そしてこれらの細胞のうち、三千億個が一日で死滅する。

 すると細胞は新しく生まれ、再び人体を構成する一部になる。


 二年半。


 全ての細胞が死に、入れ替わるのにかかる時間。


 長いように見えるだろうか?

 いや、長くないだろう。


 短い、あまりにも短い。


 この新しい細胞の入れ替わり。

 実は年月を置くたびに失敗が増える。


 出来損ないの細胞が肉体を構成するようになる。


 脳、胃、脚、心臓、腕、目、耳――


 全ての器官が出来損ないと化す。


 即ち老化。


 そして肉体はそれに耐えきれなくなり。


 最期には生物として『死ぬ』。


 これが生物が死ぬ理由だ。


 なぜ歳を取れば細胞形成の失敗が増えるのかは、はっきりと明かされていない。


 だが、死ぬという事実は変わらないのだ。


 細胞が死ぬことによって、生物は死んでいく。

 

 生物とは細胞が肌を寄せ合っただけの集合体に過ぎないのかもしれない。


 では、人間が生物として不老不死になるにはどうすればいいのか。


 自明だ。


 ――細胞を死なせなければいい。


 細胞の失敗を無くせばいい。

 細胞を永続的に輝かせればいい。



 ――六十兆の細胞を全て管理すればいい。


 

 そのために作り出したは第一魔法。


 即ち、『細胞魔法』。


 自らの持つ細胞を完璧に操る倫理を欠いた魔法。


 生命の芽吹、暖かく包む。


 『不死への魔法 "四季"』。


 その序曲、『はる』である。



――――――――――――――――――――――


 

 ――その姿は当たり前を欠いていた。


 腕、脚、胴体、顔からなる人体において、腕が異物へと姿を変える。


 それも鋭利な刃へと。


 魔族を探せば、このような腕を持った種も見つかるかもしれない。


 だがミンクレスは違う、原型から変化させているのだ。

 

 これを異常の言わずしてなんといおうか。


 「はぁ、はぁ、な、に、なによ、それ」


 フェナルテッゼは言葉を紡ぐことができない。


 自身の自信。


 絶対に斬れることなき武器。


 彼女の誇りであったその臍の緒は、

 根本から中間部を残して切り刻まれた。


 プライドはズタズタだ。

 恐怖だって溢れ出している。


 もはや彼女に戦意なんてものは残っていない。


 「……ふぅ」


 「……!!」


 ミンクレスが動いた。


 見れば左腕だけじゃない。


 焼き消えたはずの左半身すら再生している。


 「な、んで、なんでよ……!!」


 ミンクレスが一歩踏み出す。


 二歩、三歩。


 そうして四歩目を踏み出して――



 「……公演の始まりだ」


 

《ドリュリュリュリュリュリュリュ!!》



 ――刃物と化した右腕が高速でフェナルテッゼへと伸ばされた――!!


 

 「……!?」


 《ガキィィィィイイン!!》


 フェナルテッゼはそれを残った臍の緒で下から弾き返す。


 だが、弾かれた腕は即座に薄くなっていき――


 

 《ぐるるるるるるるるるばちぃん!!》



 「なぁ!? 臍の緒に巻き付いて――!?」


 

 張り付くようにベッタリと臍の緒に巻き付いていく。


 完全に巻き付くとその勢いで皮膚が皮膚を叩いたような音が響いた。


 そしてミンクレスは――


 「さぁ、いくぞぉぉぉぉぉぉぉお!!」


 顔に狂気を貼り付け、自身の腕を大きく振り上げた。


 臍の緒を掴まれていたフェナルテッゼは上空へと身体を持ち上げられて――



 《ドゴォォォォォオ!!》



 「かはッッ!?」



 ――そのまま地面に叩きつけられた――!!


 

 「はははははははははははははッ!!」


 《ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!》


 フェナルテッゼは何度も地面に叩きつけられる。


 身体が軋む。

 骨が粉砕される。


 上空まで一気に上昇し、地面まで一気に下降する。


 この繰り返しが何度も続く。


 「あ、あがぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 「はははははッ!! ほぉらッ!!」


 フェナルテッゼの身体が岩山へと解放される。


 だが勢いは止まらない。

 

 硬い岩の中にめり込むも、止まることはなく進み続ける。


 「おご、ご、ご、ご、ごぉ!!」



 《ドゴォォォォォオ!!》



 そのまま岩山を突破し、反対側の森の中へと突っ込んでいく。


 (だ、ダメだ!! 考えろ!! 何か、何か!!)


 吹っ飛ばされる中でもフェナルテッゼは思考する。


 何か突破策はないかと。


 戦意は喪失した。


 だが、諦めるわけにはいかないのだと。

 

 あの方のために戦い続けるのだと。


 (弱点、弱点があるはずだ!! 何か、弱点が――)



 「遅かったな」


 

 「――へ」



 物凄い速度で吹き飛ぶ刹那、一瞬。


 流れゆく視界に映ったもの。


 フェナルテッゼを吹き飛ばしたはずの男。


 ここにいるはずのない男。



 (は、速す――――)



 《ガァァァァァァァァアン!!》



 高速の蹴りは、超速度で過ぎ去ろうとするフェナルテッゼの顔面を確実に捉えた。


 だがただの蹴りではない。


 (あ、脚が、鎚に――――!!)


 その蹴りは再び吹き飛ばすと共に、女の頭蓋を粉砕していく。


 頭からは血が吹き出す。


 道ゆく木々を血濡れにする。


 背中は打ち付けられ全てバキバキだ。


 「く、くそぉ!!

 くそぉぉぉぉぉおおお!!」


 《ズザザザザザザザザザザザサァ!!!》


 フェナルテッゼはそう発狂すると、足元に深く臍の緒を差し込み、勢いを完全に殺しきった。 

 

 反動で下げた頭をぐわっと上に上げ、目の前に迫るミンクレスを睨みつける。


 彼の両腕はすでに大剣へと姿を変え、自身の進行を妨げる木々を撫で切っていく。

 口は耳元まで吊り上がり、ただ女の命を刈り取らんと地面を蹴り続ける。


 「はぁぁぁあああああああ!!」


 先端が潰れた臍の緒から赤い光が再び溢れ出す。

 魔力の放出口はすでに存在しないため狙いを絞ることは不可能。


 


 「肉体再生時間も伸びる!!

 !」



 《カァァァアアアアアアアアアアアア!!》



 乱反射。


 そう形容することしかできない。


 先端が潰れた、狙いを定められない。

 

 ならば辺りすべてを焼き払う光にすればいい。


 解放された大量の熱線は、細く、そして滑らかな流れを生み出す。

 ホースの出口に指をかざすと、水圧カッターの如き威力になるように。


 辺りを焼き尽くす、全てを焼き切り、地面を溶解させる。


 高純度の魔力、一瞬でも当たれば腕が焼き切れるであろう。


 だが、ミンクレスはそれらを的確に、最低限の動きで避けていく。

 時には身体を紐の様に細く変化させ、数センチの隙間を縫うように進む。



 この魔法、本来ならば危険が伴う。


 細胞を変化さえられるとはいえ、変化させられるのは自らの身体が持つ細胞分だけ。

 失敗すれば身体が千切れ飛ぶ、回復なぞ不可能。


 しかも細胞はあくまで細胞、武器のように変化させても肉は肉なのだ。


 では何故、武器としてここまでの鋭利さ、硬さを持つのか。

 何故、腕を遠くまで伸ばしても残った肉体は原型を留めているのか。

 何故、溶解した左半身が再生されたのか。


 これらの疑問、一つの答えで全て説明することができる。

 

 無限筋肉収縮法。

 

 自身の筋肉を十分の一まで縮小させ保存する技術。


 そう保存、筋肉を保存するのだ。

 つまりこうとも言える。


 細胞の保存。


 細胞魔法と無限筋肉収縮法の相性はこれ以上ないほど抜群であった。


 肉体が欠損すれば保存していた筋肉で修復すればいい。


 鍛え上げた筋肉を高密度に固めればどんな盾をも穿つ武器となる。


 これこそが第一魔法。


 ミンクレスの、

 ミンクレスによる、

 ミンクレスのための魔法。



 《グルグルグルグルグルグルッッ!!》



 「……ッ!?」



 (紙みたいに薄くなった身体が回転して――)



 《ゴォォォォォォオオン!!》



 「うぼぉぉあッッ!!?」


 

 (先端が鉄球にぃぃぃい――!!!)



 ――彼を支える最初の魔法である。



 「女は顔が命なんだろ……?

 その命、グチャグチャにしてやるよ……!!」


 回転の力はそのまま破壊の力へと移り変わる。

 肉鉄球はフェナルテッゼの顔を打ち砕き、そのまま背後へと軽く吹き飛ばした。



 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁああ」



 「息も絶え絶えだな? 簡単に大技を使うからだ。

 一度見た技を二度もくらうなんぞ、

 俺がするわけがないだろ?」



 「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅう!!」



 「……そろそろ終演だ。幕を下げるとしよう」


 

 ミンクレスが両手を斜め下に構える。

 次の瞬間、両腕がブニュブニュと動き出し、再び姿を変え始めた。


 どんどん醜くなっていく。


 刀ではない、鎚でもない、鉄球ではない。


 何か、大砲か。否、槍か。


 何か何か何か何か何か何か――

 

 

 「ふぅぅぅぅうううううう!!!!」



 《ギュララララララララララララ!!》



 瞬間、フェナルテッゼの臍の緒が大蛇の如く這い回り始めた。


 木へと引っ掛け、次の木へ。


 そして引っ掛け、また次の木へ。



 引っ掛け、


 引っ掛け、


 引っ掛け、


 引っ掛け――



 「ふぅぅぅううう!!」



 ――まるで蜘蛛の巣のように臍の緒を張り巡らせた。



 何十にも及ぶ層からできた、鋼鉄の緒による巨大な巣。


 ミンクレスの姿はすでに見えない。

 臍の緒が完全に遮っているからだ。


 どんな攻撃をも通さない。


 例え斬れようが時間はかかる。


 完璧な時間稼ぎ。


 フェナルテッゼは周りを見渡す。


 何かないかと探し続ける。


 「き、救援も呼ばなくては……!!

 まだ、まだ私には教団員が――」


 

 《ブチン》



 「……」



 《ブチン》



 「……嘘よ」



 《ブチブチン》



 「やめろ」



 《ブチブチブチブチ》



 「や、やめろぉぉぉお!!」



 《ブチブチブチブチブチブチブチブチ――!!》



 フェナルテッゼの腹に響く確かな感触。


 自身の肉体の欠損という恐怖。


 臍の緒が何かに潰されていく。


 音は目の前の臍の緒まで迫った。


 限界まで押された臍の緒はミチミチの嫌な音をたてフェナルテッゼの身体へと押しきろうとする。


 まるでボールを蹴られたサッカーゴールの網のように。


 臍の緒の筋繊維がプチプチと弾け。


 木材の割れ目のように千切れていって――


 《ブチィィィィィイイイ!!》



 ――ソレは臍の緒を完全突破。



 その勢いのままフェナルテッゼの腹を貫いた。



 「がごぼぉぉッッ!!」


 脳を焼き切る激痛。


 腰を砕くマグマのような熱。


 そんな中で彼女は捉えた、自らを貫いたものを。


 自らの腹に突き刺さり、木々に力なく垂れ下がる臍の緒の肉片の奥へと続くソレは――



 「へ、臍の、緒……!!?」



 ――ミンクレスの腹より伸びた臍の緒、否、臍の緒もどきであった。


 

 「俺の魔法だったら再現できると思ってたんだよ。

 見事に貫いたな、俺の緒が、お前の緒を」


 「ぐ、ぐぅ……!!」


 フェナルテッゼは自らを模倣した憎い男を睨みつける。


 睨みつけて、睨みつけて――


 

 「――ぁ」



 ――気づいてしまった。


 彼の両腕についたソレを。


  

 「さぁて」



 ミンクレスは自らの臍の緒に力を入れる。

 キリキリと音がなり、臍の緒がビンと張って――

 


 「――いくぞ?」



 ――臍の緒がミンクレスの身体へと高速で戻り始めた――!!



 どちらにも引っ張る力がかかっている場合、より力が強い方へと巻き戻るものだ。


 今回とてそれは同じ。


 彼の臍の緒は今、フェナルテッゼの腹に深々と突き刺さっている。


 つまり、動くのは彼の方だ。


 引っ張られるのは彼の方だ。


 フェナルテッゼの方へと移動するのはミンクレスの方なのだ。



 高速で迫る彼に、フェナルテッゼは反応することができない。


 ただ見つめる、彼の両腕のソレを。

 今から喰らわされるソレを。



 《キュルルルルルルルルルルルルル!!》



 ――回転する円盤状のノコギリを。



 「いやぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!?」



 悲鳴を上げる。

 力の限り無駄を叫ぶ。


 自らの行い、それら全てが彼女に降りかかる。

 目の前に迫る悪魔は、ただ一点を見ている。


 頭? 腕? 腹? 脚?



 否、首だ。



 《ギャルルルルルルルルルルル!!!》



 「あァァァァァアアァァァォァァア!!!?」



 「ははははははははははははははははははははぁあ!! ひゃははははははははははははははは!!」


 絶叫、狂乱。


 歓喜、発狂。


 別種類の声が互いに混ざり合い、生々しいコントラストを生み続ける。


 首は簡単には斬れない。


 ただの剣などだったら一瞬で斬れたのかもしれないが、いま喉を掻っ切っているのはノコギリ。


 無理やり断ち切り続ける不快な音が森の中で慟哭する。


 「ががぁあ!! がぁぁぁぁああああ!!」

 

 「よこせぇぇえ!!

 お前の肉片、血液ィイ!!

 全て俺のために捧げろぉぉお!!」



 《ギュララララララララララララララ――!!》


 血の噴水が辺りを濡らし、女の涙は霞に消える。


 ただ絶叫が木霊する。


 そして、首の皮一枚――


 

 《ズバンッッッッッッッッ!!》



 ――女の首は、千切れるように宙を舞った。

 

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貴方は死んでも死にたくない! 〜今度こそ不老不死になりたいです〜 いい無夢 @nice_non_dream

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