第33話 『協奏曲 四季 "春"』

 「皆さん!! 

 こっち!! こっちです!!」


 ヴェーダさんの声が激戦の轟音の中、拒まれることなく力強く響く。


 後ろに着いてきているのは三百を越える人々。

 

 ヴェーダさんの部隊、ジャンさんの部隊、

 そして私、マリーネの部隊。


 三つに分けて魔法陣へと向かう。


 この方が確実に守り通せるからだ。

 もう村人を一人も殺させはしないのだとか。


 すでに宿を出て村の道を進んでいる。

 左手にある森、そこに魔法陣が敷かれているのだとか。


 しかし――


 《ドゴォォォォォォォォオン!!》


 「……ッ! あいつ! 暴れすぎだ!! 

 放棄すると決まって躊躇いがなくなってるな!?」


 ジャンさんが戦闘中のミクリィに文句を言う。

 どうやら親というものは聞こえていなくても子供をしかってしまうものらしい。

 

 だがこの言葉には私も賛成だ。


 宿の壁には横から横、一直線に風穴空いてしまっている。

 どうやらミクリィが偽エスタを吹っ飛ばしたらしい。


 (人が逃げたことを確認した上でやったんだろうけど、もうちょっと抑えなさいよ……!!)


 一番鬱陶しいのは森に吹っ飛ばしたことだ。

 あの森には魔法陣がある、つまり私たちが今から向かう場所なのだ。

 

 最悪だ。

 これで二人が戦場を変えるか、ミクリィが偽エスタを倒さない限りは逃げることできなくなった。


 「ほんとにあの人は、いつも余計なことを!」


 だが止まってもいられない。

 戦闘中なのだとしてもできる限り近づいておかねば。


 「マリーネちゃん! 母さん! 蟲が来る!」


 前を見れば、少し先で大量の人蟲が私たちの行方を遮っている。


 「ここからが本番だ!! この大量の蟲から皆を守りーー」


 

 《----------------カッ》


 

 視界が白に覆われる。

 限りなき極光。

 確かな静寂が村を、私たちを飲み込む。


 静か、静か、静か、静か。


 衝撃は止んだ、光も止んだ。静寂は止まない。

 静寂だけは変わらない。


 何秒そうしていたか。

 一分は経っていなかった、いや経っていたのか。


 目を閉じていたから何もわからない。

 衝撃が襲ったから何もわからない。


 そんな中、ゆっくりと目を開ける。


 「.......ミクリィ、貴方やりすぎよ.......」


 --そこには何もなかった。


 灰、一面の灰。

 私たちがいる先五十メートル先は無の世界に変貌した。

 

 本当に別世界のようだ。

 私たちが立つ地面、目の前の灰色の地面。


 あれほどいた蟲はいない。

 忽然と、完全に姿を消した。

 

 いや、蟲はいる。この地面を濡らす灰、これが蟲だっだのだから。

 

 「『聖級雷魔法ユピテル』.......、一度に倒すのならこれ以上の魔法はないでしょうね」


 アケミさんが言葉を漏らす。

 ミクリィが放った魔法。


 これは魔法の中でも上位の威力を発するものだ。

 

 そんなものを人が近くにいるときに撃ち放つとは。


 「はぁ、頭が痛くなる……」

 

 おかげで村の半分は灰燼と帰した。

 やはり村を捨てるからどうでもよくなっているのだろう。本当に人でなしだ。


 「あぁ……俺たちの村が……」


 「お母さん? 僕たちのお家はどこにいったの?」


 「なんで、なんでこんな目に……」



 ――壊れゆくものだとしても、人々にとって大切なものだというのは変わらないのに。


 「……行くぞ皆!!

 未練はあるだろう!! 

 だが我々は生きなくてはならない!!

 幸い地上に湧いていた蟲は一掃できた!!

 次の流れが来る前に逃げるんだ!!」


 ヴェーダさんが村の人達を叱咤する。

 強い人だ。

 自分だって狂いたくなるぐらい苦しいだろうに。


 村の人々は、顔に悲しみを帯びながらも確かな足取りで前に進み続ける。


 「よし、俺たちも行くぞ母さん」


 「えぇそうね、行くわよママイ……ママイ?」


 アケミさんがママイさんに呼びかけたが、振り返ってみると何やら考え込んでいる。


 「どうしたの? ママイさん」


 「い、いえ、別に特段何かがあるという訳ではないのですが……」


 そう言いながらママイさんは下に視線を移した。

 

 どこにか? 分からない。

 視線の先には何もない。

 何を見ているのだろうか。

 

 いや、見ている。

 何もないのではない。

 すでに視界いっぱいに広がっている。

 私たちが生まれた時から踏み続けている。



 ――地面だ。



 「……なんだか、前より盛り上がっているような……」


 言われてみればだ。

 確かに地面が盛り上がっている。

 隆起しているように見える。


 「ミクリィの魔法じゃないのか?

 あんな強力な魔法じゃ、地面も変化するだろう」


 「うーん、雷魔法は聖級以下のものでは地面に影響がないはずなんですが……」


 ママイさんの魔法の知識は桁違いだ。

 こういう才能がミクリィに狙われた原因なのだろう。


 「だが地面がどうなっていようと関係はない。

 俺たちは一直線に魔法陣まで逃げなくては」


 「そうね。懸念すべき点はあるけど、今はひとまず進むしかないわ。行くわよマリーネちゃん」


 「は、はい、分かりまし――」



 ――――ドクンッ!!



 「――――――ッ!!」


 ――激流。


 そうとしか形容できない。


 激大な魔力の奔流。


 汗が身体中から吹き出す。

 視点は定まらない。


 周りを見渡せばアケミさんとママイさんも同じような様子だった。


 「お、おいお前たち。なんで急に固まって――」



 「……げて」



 「何?」



 「早く逃げて!!!!

 このままじゃまずいことになる!!!」


 

 アケミさんが普段からは考えられないような声を出す。

 顔は焦りに歪み、痛々しく見えるほどに迫真。

 

 魔法を使える者なら誰だってこうなる。


 まるで、洪水が襲ってくるような。


 森を見る。


 私達が向かう場所。


 ミクリィが戦っている場所。


 魔力が滲み出た場所。


 赤い、ただ赤い。


 木々の葉は熱によって端っこから燃えている。


 その木々の間を縫うように漏れ出る光。


 「……あの光、まずい」


 光はどんどん強くなる。

 だが同時に一点に収縮されていて。

 何かの前兆のように思われて。


 ――一瞬だけ光がなくなって。



 

 《ズドドドドドドドドドドドド――ッッッッ!!》



 

 ――熱線が全てを破壊した。



 烈々で、激烈で、壊滅的で。


 存在を否定するが如く、破壊のために編まれた一撃。



 初めに森を穿った。


 村を穿った。


 そして山を穿った。


 私達に直撃することはない。


 だが目の前、私達の前方近くを通過。


 ソレが纏う灼熱の熱気が私達を襲った。


 

 「――ッ!!

 ハァァァァァァァァア!!」


 私は両手に魔力を込めて応戦する。

 防御魔法は私が一番得意とする魔法だ。


 全体的に守るのは苦手だが、今みたいに一点狙いの防御なら確実に守り通せる。


 

 《ブゥゥゥゥゥゥゥウン》



 手のひらから魔力を通し、

 村人全員を守れる、縦五十、横六メートルの壁を造る。


 私の完全自己投影魔法の副産物。


 熱を感じるまでの魔力。


 これを攻撃から防御へと転じさせる。


 そうすれば鉄壁の守りになる。

 一時的にだが。



 「ぐ、ぅぅうう、ううううぅう!!」


 五秒、六秒と時間が経つ。


 熱線は細さを増してきた。

 だがマダだ、完全に消えるまではまだ。


 七秒、八秒。


 まだダメだ。

 まだ解除してはならない。

 耐えろ、耐えるのだ。



 《ドドドドォ、ォ、、ォ、―――――》


 そして十秒が経ったぐらいだったか。


 熱線は完全に収束した。


 破壊が終わったのだ。


 「……ッ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 疲れが一気に身体に押し寄せ、思わず膝をついてしまう。


 たった数秒とはいえ、かなり魔力を使ってしまった。

 半分とはいかないまでも、それ近くまでは減っている。


 「マリーネちゃん!! 大丈夫!?」


 アケミさん達が私に駆け寄ってくる。


 見ればアケミさんとママイさんも少し息切れしている。

 私に支援魔法をかけてくれていたのだろう。

 おかげで大分楽に押さえ込むことができた。


 まぁこの有様ではあるけど。


 だが、問題はそこじゃない。


 私は森の方を見つめる。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ――実力差というものは埋められない。


 その時に埋めるなんぞできやしないのだ。


 だが、だが。


 その実力差をなかったことにする一撃は生み出せる。


 相手がどれだけ強くても、

 自分が弱くても、

 強力無比な技を繰り出せるのならどんな相手だろうと関係がない。


 実力差は破壊できる。


 「ミクリィが、まずいかもしれません……」


 皆が一斉に森の方へと視線を移す。

 動きはない、先ほどの熱線から。

 静かだ、だがそれが何より恐ろしい。


 ――いくらミクリィでもあれを喰らえば無事ではすまない。


 彼の肉体は鉄壁だ。

 だがあれは鉄壁を溶かす一撃。


 もしかしたら。


 彼は、もしかしたら。



 「――お願いだから、正気でいて」


 

 もしかしたら彼は、少し狂ってしまうかもしれない。



 ――自らの不利益を考えず、本気で。



―――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――

 


 『……』


 『どうしたの? 辻郎くん』


 生前を思い出す。


 幼少期からやらされていたピアノ。


 家から出て、十分ぐらい歩いた場所にあった。

 

 ただの住宅街にある一軒家、

 その中で開かれていたピアノ教室。


 毎日、色々な子供がピアノを引く音がしていた。

 

 自分もその一人。

 週に三回、母にかなり厳しく指導されていた。


 だが嫌いというわけではなかった。


 ピアノを奏でていると嫌なことも忘れられた。


 すくすくと実力は上がっていって、

 全国大会にも出場ができた。


 一度だけ海外留学をして、

 イタリアまでピアノを学びにいったこともある。


 あのまま続けていればピアノで食っていくこともできたのかもしれない。


 そんな日常を思い出す。


 あれは確か、おばあちゃんの葬式が終わって初めてのピアノ教室だったか。


 まぁ数ヶ月ぐらい寝込んでいたから、ピアノ教室自体久しぶりだったのだけど。

 

 小学四年生に進学しても、俺は学校には行かなかった。


 死の恐怖に怯えて、外にでることができなかった。


 そんな俺を見かねた母が、ピアノを引きにいってみろと無理やり連れてったのだ。

 

 インターホンを押したら、前と変わらず先生が出てきた。

 

 俺の顔を見て、その人も悲しそうな顔をした。


 中に入ってレッスンをした。


 ピアノの前に腰を下ろして、鍵盤に手を添える。


 変わらない、なんら今までと変わらない。


 だが、その時の俺はその不変の日常を見つめることが怖かった。


 ピアノを、弾けなかった。


 『……』


 『……おばあちゃんが亡くなって、悲しいのね』


 先生は俺の顔を見つめ続けていた。


 優しい人だ、俺のことをじっと待ってくれている。


 『先生』


 『なぁに?』


 『……人って、なんで死んじゃうんでしょうね』


 『……』


 『おばあちゃんは、

 僕に優しくしてくれました。

 たくさん、たくさん。

 でも、死んじゃった』


 『どんなに優しい人でも、

 悪い人でも、最期はみんな同じなんです、

 死んじゃうんです』


 『……終わりは、来るんです』


 『死んだらきっと……天国なんてなくて……地獄もなくて、暗いのがずっと続くだけで』


 『おばあちゃんもきっと、もうどこにもいなくて。僕もいつか、いなくなって……』


 『……僕は……どうすればいいんでしょう?』


 あの時の先生は困ったような顔をしていた。

 

 それはそうだ。

 こんな質問、簡単に答えられるものじゃない。


 死というものは『現実』なのだ。


 ぼやかして言えるものではないし、気楽に考えられるものでもない。


 究極的な『現実』なのだから。


 『……春ね』


 ふと、先生が窓を見て呟いた。


 ベランダから見える桜。


 暖かな風に乗せられて生命を沸かす。


 花びらはヒラヒラと舞い落ちる。


 二人でその様子を見つめた。

 確か数分程度、ずっと見つめていた。


 『……そうだわ』


 先生が立ち上がる。

 俺を椅子から降ろして、ピアノの前に座った。


 『……なんですか、急に』


 『貴方に聞かせてあげようと思って』


 俺に向けて笑いかける。

 まさに春のような笑顔で暖かく。


 『四季ってね、人生なの』


 『……はい?』


 『まずは春、

 命が誕生して、それを暖かく包み込む季節』


 『次に夏、

 若々しく、自然が活発になる明るい季節』


 『次に秋、

 自然は力を失い初め、静寂を生み出す季節』

 

 『最後に冬、

 寒くて孤独で、色んな終わりを迎える季節』

 

 『ね? 人生みたいでしょ?』


 このとき俺は、そんな悲しいことを言わないで欲しいと思った。


 そんな、今の自分を追い詰めるようなことをと。

 

 だが、先生は言葉を紡いだ。


 『悲しいよね、平等に終わりは来る。

 きっと、終わりがないものなんてないんだと思う。でもね……』


 『四季は、まだ続くのよ。

 寂しい冬が終われば、また新しい春が来る。

 そして冬が来て、また春が来て……ずっとずっと続いていくの』


 『……なんですか?

 僕たちの想いは受け継がれるなんて言うんじゃないですよね?』

 

 『そういう見方も素敵だけどね。

 私は、私はね、辻郎くん。

 例え終わっても、始まりが必ずあると思うの。

 死んでも、壊れても、なくなっても、必ず始まりが訪れる』


 『それはもう前とは違う代物かもしれない。

 だけど、また始まって未来へ進むことができる。

 それだけで、頑張っていくことができるの』


 『始まりがないと言うのなら、始まりを作ったらいい。だって春があるんだもの、簡単に作れるわよ』


 あの時俺は、本当に驚いたのを覚えている。

 そんな考え方、思いつきもしなかったのだから。

 

 『……夢を見過ぎですよ、先生』


 『もー、子供がそんなこと言わない!

 貴方達は夢を持つことが仕事なんだから!

 それに――』


 『――夢を見ることは素敵よ?

 だってそっちの方が、希望で満ち溢れているじゃない』


 『……』


 先生はそう言うと、鍵盤に手を添えてゆっくりと目を瞑る。


 そして深呼吸、一、二、三回。


 『これはそういう曲。

 四季を通じて、人々に希望を与える。

 未来を夢見る理由を与えてくれる』


 『――人生を乗せて、暖かく響く。

 貴方の胸を包む音楽』

 

 

 『ヴィヴァルディが書いた命の歌。

 曲名は――』



 

 なぜこんな時に思い出したのかは分からない。


 いや、必然か、必然だな。


 俺の根源、不老不死への道の始まり。


 あぁそうだ。


 俺は春が大好きだ。


 俺は夏が好きだ。


 秋は嫌いだ。


 冬は大嫌いだ。


 そして、四季が好きだ。


 暖かく、切ない、そんな四季が――


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――煙が辺りに立ち込める。


 強烈な熱線によって焼き払われた森は見る影もない。


 一直線、抉り出したように熱線跡が続いている。


 全てを飲み込んだ、あの光。


 赤い光、眼を眩ませるほどの光。


 その光が飲み込んだのは一人の人間。


 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 熱線を撃った張本人、フェナルテッゼはただ抉れた地面を眺める。


 持ち得る全てを使った一撃、『臍美為無』。


 身体には疲労が一気に押し寄せ、

 しばらくの間、肉体の回復が不可能になる。


 一撃で、一撃で仕留めなくてならなかった。


 文字通り全てを賭けた。

 後は結果を見るだけ、勝負の行方を見るだけ。


 煙がだんだんと開けていく。

 まるでカーテンコールだ。


 少しずつ、少しずつ。


 フェナルテッゼを焦らすように、ゆっくりとその結末を明かしていく。


 そして、ミンクレスの姿が見えたとき。


 

 「――ははっ」


 

 ――女は笑った。


 

 勝利を確信した。


 賭けに成功した。


 煙から姿を表したミンクレスの身体は――

 

 

 「……、ゴホッ」



 ――見るも無惨な姿になっていた。



 躱そうとはしたのだろう。

 最低限の守りも固めたのだろう。


 だがそれでは熱線は止められなかった。


 左半身は大きく抉れ、腕はすでに焼き切れている。


 不動の脚は膝をつき、顔はただ地面を見つめるだけ。


 右半身は守りきったのだろうが、それでもボロボロ、再起不能の状態だ。

 

 

 「ははははっ、はーはははははははは!!」



 女の笑い声が空に響き渡る。


 実力差を壊した。


 圧倒的快感が、女の身体を包み込む。



 「やった!! やってやったわぁぁぁあ!!

 あはははははははははははははははッ!!」


 

 笑いは止まることを知らない。


 高らかに続く、至高の時間。

 

 勝利の時間。


 そんな彼女だけの時間に――


 

 「……ん〜んんん、んんん〜……♪」


 

 「ははっ、……あ?」



 ――一つの鼻歌が紡がれる。


 

 「……ん〜んん、ん、ん、んん〜♪ ……」



 「……何歌ってんのよ、お前……!!」


 

 フェナルテッゼの顔が怒りに歪む。

 

 負けたというのに余裕を見せつけてくる男。


 弱々しく、さも愉快そうに歌う男。


 理解ができない目の前の男。


 「やめろ、歌うな!!

 勝ったのは私、フェナルテッゼだ!!」


 だが止まらない、ミンクレスは歌うのをやめない。


 フェナルテッゼの言葉は届かない。

 夢の中、彼はまだ夢想しているのだ。


 「やめろやめろやめろ!!

 歌うな歌うな歌うな歌うなぁぉぁぁぁあ!!」


  そう言うとフェナルテッゼは臍の緒を自身の背後に伸ばした。


 ゴムを引っ張るように、限界まで伸ばしきる。


 キリキリと音が鳴り、緒が悲鳴を上げ続ける。


 そして、フェナルテッゼはミンクレスの頭に狙いをつけて――

 

 

 「勝ったのは私だぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 

 《ドゴォォォォォォォオオ!!!》



 ――弾性の赴くまま、臍の緒を解放した――!!


 

 臍の緒は一直線にミンクレスへ迫る。


 轟音をたて、目にも止まらぬ速度で進み続ける。


 頭をぶち壊し抜けようと襲いかかる。



 ミンクレスは動かない。

 血を流して歌い続けているだけ。


 

 そうして臍の緒は目前まで迫っていって、そのままミンクレスの頭を――



 《ズババババババババババババッッ!!》



 「……は?」

 

 

 理解ができない。

 頭が理解を拒む。


 フェナルテッゼはただ惚けることしかできない。


 あり得ないことなのだ。


 なんなのだこれは、と。


 臍の緒はミンクレスの頭を破壊することはなかった。


 では何が起きたのか――



 《ビチャ、ビチャビチャビチャヒチャ》



 

 ――臍の緒が、バラバラに切り裂かれた。




 ミスリル剣すら撃ち返す緒が。


 オリハルコンの如き硬さを持つ緒が。


 ただの肉片となって辺りに散らばった。



 だが問題はそれではない。


 フェナルテッゼの目を剥いたものはその結果ではない。


 臍の緒を切り裂いた武器である。



 ――それは異形だった。



 ミンクレスの両腕、剣を握り、何かを持つ腕。


 腕とはそういうもの。


 だがそれはもはや腕ではなかった。




 ――鋭い刃物。



 

 鋭く尖り、滑らかに研がれた刃物。


 だが肉だ。

 刃物のような銀の光を持たない。


 肌色をした肉、肌色をした刃物。



 



 鋭くも肉々しい刃物だった。

 

 

 消えたはずの左腕は、何ごともなかったかのように再生している。


 その刃物と化した両腕を、

 膝をついた状態で交差させている。



 「あっ、あ、ああ、あ」



 ――恐怖。


 彼女にはもはや恐怖しかなかった。


 あれだけ全力を尽くした。


 勝ったはずであった。


 だが違った、男を少し本気にさせただけだった。



 「第一魔法、『四季』――」



 もはや勝つ道はない。

 抵抗なぞ無意味。



 女は純粋な恐怖に支配され――



 「――独奏、『はる』」


 

 ――ただその狂気を、受け止めることしかできなかった。

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