第32話 『剣は臍の緒と勇む』

 夜の全てが苛烈に輝く。

 その美貌を美しくする。

 その醜悪を激烈に晒す。


 蛇の如き臍の緒。

 それを力強く振り回し、全てを飲み込む嵐を生み出す。


 「散々やってくれたわよね!!

 ガキの分際でよくも私の美貌を!!」


 「知ったことかよ。

 俺にはお前の顔面なんぞ関係ない。

 容赦なくお前を殺すだけだ……!」


 空中のミンクレス。

 地面のフェナルテッゼ。


 互いに睨む。

 確実に殺せるように。


 (やはり魔族だからか治癒が早いな。

 もう顔の傷が塞がってきている……)

 

 ミンクレスが地面へと落下していく。


 だがゆっくりだ。

 高さはそれほどでもないはず。

 そう感じてしまうほどの居合、刹那。


 互いに動かない。

 互いに隙を図る。

 タイミングを図る。



 落ちて――



 落ちて――


 

 落ちて――



 落ちて――



 地面まで後一メートル――



 《ブワァァアッッ!!》



 「……!!」



 ――最初に動いたのは意外にもミンクレスであった。



 自身の属性、風魔法で身体を吹き飛ばし、高速でフェナルテッゼへと迫る。


 抜くはミスリル剣。

 喉元に向けて流れるがまま薙ぎ払う。


 しかし――



 《ガキィィィィイ!!》



 臍の緒が直前で遮る。

 ぶつかったそれらは火花を起こし、金属同士を擦り合わせたような摩擦音が響く。


 「かったい臍の緒だなおい」


 「それだけじゃないわよ?」


 そうそれだけではない。

 臍の緒はあくまで肉、人体の一部。


 骨も関節も持たないそれは柔軟性も併せ持つ。

 すなわち――



 《グュルルルルルルル!!》



 ――触手のように動かすことも可能。


 フェナルテッゼは臍の緒の中程で剣を受け止め、同時に先端部分をミンクレスの頭蓋に向けて放った。



 《ガシィィィィ!!》



 ミンクレスはそれを焦りなく鷲掴みにする。

 とてつもない速度の一撃が一掴みで封殺され、その衝撃が空中へと分散、大気を揺らす。


 「とてつもない動体視力ね、どんな鍛錬をしたらそこまで辿り着けるのかしら」


 「一日の大半を全て費やしたらいけるんじゃないか?」


 「ふふっ、嘘おっしゃい!!」


 掴まれた臍の緒がミンクレスを投げ飛ばそうと横に薙ぎ払われる。



 《ビンッッッッッッ!!》



 「ッ!!」


 だが不動。岩の如く。

 ミンクレスが動くことはない。

 臍の緒は限界まで張られ弓の弦のようにビンビンになっている。


 (だったら.......!!)



 《ギュルルルルルルルルルルルルル!!》



 「ほう」


 だったら放させればいい。

 フェナルテッゼは自らの臍の緒をぞうきん絞りのように高速でねじり——

 

 「吹き飛ばされなさい!!」



 弾性によってドリルのように回転させた――!!



 弾性は強力な作用だ。

 どんな障害があろうとも必ずもとに戻ろうとする。

 もちろんこれに例外はない。

 

 掴むのをやめても吹き飛ばされる。

 掴んでいても握ることはできず摩擦で手が焼ける。


 どちらに転ぼうともただでは済まない。


 しかしミンクレスとてそれは理解している。

 迂闊に止めるのは危険だと分かっている。

 

 ではどうするか。


 《グルルルルルルルルルルルルルルルルル!!》


 簡単だ。


 

 



 ミンクレスの身体は宙に浮き、とてつもない速度で回転し始めた。


 頭の上から棒を突き刺したように軸をイメージ。

 人の形が見えなくなるまでの大回転。


 そしてその勢いを――



 《バゴォォォォオオ!!》



 「おぎょ!!?」


 ――女の顔面に炸裂させた。


 音速で放たれた蹴りは顎を砕き、脳を揺らす。

 女の美貌が完全に崩れる。


 そしてその身体は――


 「あがぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 宿の壁を再び突き破り、反対側の森へと吹き飛ばされた――!


 森の木々が衝撃に揺れる。

 風圧は宿の天井すらも崩れさせた。


 だがこれで終わるミンクレスではない。


 絶対に油断はしない。

 確実に殺す。

 最低限の力を持って。


 ミンクレスは蹴ると即座に軌道を予測。

 宿を迂回して森へと走り抜ける。


 「ぐそ、くくくくぅぅ!!」


 道中にはもちろん人蟲がいる。

 ミンクレスの前方を塞ぐ。


 「ついでだ。

 この後お父様方が通るだろうからな!!」


 走りながら両手に魔力を溜める。

 濃緑の魔力が血液を通して血管を発光させる。


 《ビリビリビリビリビリビリィ》


 雷撃纏う。

 両手周りの空間が歪む。

 目の前の全てを炭にする。


 「『ユピテル』――!!』


 瞬間、夜が昼へと姿を変えた。

 白昼夢。

 世界を包む偽りの光。

 発光、発光、発光――。


 そして夜の帳が再び下りるとき――


 

 《―――――――――――――――カッ》



 ――世界は灰色へと姿を変えた。


 何も残っていない。


 生命の影は消えていった。


 村の半分はもはや焼け地。


 聖級雷魔法『ユピテル』。

 

 雷鳴の神の名をつけられたこの魔法は、指定範囲の無機物、生物、分け隔てなく全てを灰燼に帰す。


 ミンクレスが覚えた強力な魔法の一つである。


 人が密集している場所では使えないが、こういった敵しかいない場所では絶大な効果を発揮する。


 「森の方まで範囲を広げて撃ったが、死んではいないだろうな」


 走っていく中、敵の情報を纏める。


 ヴェリタス教で上の立場にいる女。


 臍の緒を武器として振るう異色の敵。


 これが少しめんどくさい。

 何しろ手数が多いのである。

 斬ることもできないのであれば、弾くしか方法はない。


 「できればあまり力は使いたくない。

 楽に、確実に倒せるように……」


 森に近いた。

 この奥にフェナルテッゼは吹き飛ばされていったのだ。


 薙ぎ倒された木々を追っていけば見つけられるであろう。


 「時間はかけない。

 すぐに見つけて叩き潰す」


 走る、走っていく。

 抉れた地面を走り抜ける。


 女の姿は見えない。


 道は続く。

 

 走る、まだ走る。


 女の姿はまだ見えない。


 道は後少し続いている。


 まだ、まだ走る。


 やはり女の姿はない。


 どこに行ったのか魔力探知を――


 「う、うぅぅ……!!」


 その時、木の陰から啜り泣く男の声が聞こえた。


 ミンクレスはそこまで歩いて行く。

 

 暗い、暗い森だ。

 先程の衝撃で木々が倒れ広い空間ができているものの、それでも影はとても深い。


 一歩ずつ近づく。

 木を回り込む。


 見下ろすとそこには逃げ遅れた村人らしき男が。


 あれからずっとここで隠れていたのだろう。

 避難するにも距離があった、

 だから森の中へと逃れたのだろう。


 そして男はミンクレスを見上げて――


 「あ、あぁ!! 助けが!! 

 やっと来てくれた!! お願いします!!

 私を安全なば――」



 《グザァァアアッッ!!》



 「馬鹿か? お前」



 無表情。

 何の感情も抱かず男の首元を上から串刺しにした。



 「が、ぁぁあぁあぁぁぁああああ゛!!」



 「もう変身できることはバレてるんだぞ?

 気づかれないとでも思ったのか? 妊婦さん」


 男の姿が変わっていく。

 肌が溶けて、地面へと零れ落ちる。


 ボタ、ボタ。ボタ、ボタと。


 そして――


 「はぁ、はぁ、き、さまぁぁあ!!」


 苦しみ悶える女が姿を表した。


 「なるほど、本当に人の皮を被っていたのか。

 何かの魔法か? それともそういう個体なのか」


 その様子に表情一つ変えることなくミンクレスはさらなる追撃を加えようと剣を振り上げる。



 「さぁ、いくぞ」



 「ちょ、ま、待ちなさ――」



 ――瞬間、目に見えぬ撃ち合いが幕を開けた。



 身体を器用に使うミンクレスのミスリル剣。


 慣れた動きで対応するフェナルテッゼの臍の緒。


 互いに互いの隙を狙う。


 互いが狙った隙を潰す。


 隙はなくなる。すなわち隙なし。


 森の中を動き回り、相手に死を与えんと暴れ狂う。


 (こ、こいつ異常だわ!!

 なんの躊躇いもなく私を串刺しにした!!

 別に間違っててもいいといったふうに!!)


 (この対応力もおかしい!!

 普通生き物には限界がある!!

 四方向全てに対応できるなんてあり得ないのよ!!

 まるで意識が複数あるような――)


 「ふっ……!!」


 《ガキィィィィイイン!!》


 「ぐっ……!!」


 撃ち合いは続く。

 だが長いことそうしていれば実力差は必ず着く。


 どちらが優勢か。

 それは見れば一目瞭然だろう。


 ミンクレスがフェナルテッゼを押している。


 これは紛れもない事実である。


 「なぁ、フェナルテッゼだったか?」


 ミンクレスが剣を打ち付けながら話しかける。

 だが動きにムラができることはない。

 これもまた意識の分離によるものであった。

 

 「さっきの質問だ。

 お前はそういう種族なのか?」


 「ッ!! 余裕ね……!

 私をからかってるのかしら!?」


 「答えろ。興味がある」


 森の木々を交わし、攻撃を交わし、二人は場にそぐわない会話を続ける。


 「えぇそうよ! 私は変態できる魔族!!

 魔族の中でも珍しい血筋ッ、よ!!」


 《ズババババババババババババッ!!》


 言葉と共に周囲の木が一斉に断ち切られる。

 断面の高さはどれも限りなく並行で、一種の様式美すら感じるだろう。


 「そういうあんたこそ!!

 なんで私の正体を看破できなのかしらねぇ!!」


 膝を曲げ今の一撃を躱したミンクレスに女は問いかける。


 「目だ。

 魔力を誤魔化そうともこれだけは偽れない」


 「目ぇ?」


 「そうだとも。

 普通お前が変身していたぐらいの年齢なら、希望しか宿していない反吐が出る目つきをしているものだが――」


 《ガガガガガガガガガン!!》


 高速で撃ち合った後、

 互いの剣と緒がしのぎを削り合う。

 

 攻防が一時的に止まった。


 「お前は違った。

 幼女のくせに現実を理解している目をしていた。

 あの時は驚いたぞ、人生初の不快感がない子供と出会ったんだからな」



 《キリキリキリキリキリッッッ》



 「地下に隠れているのも分かったし、その上で扇動するんなら必ず内部に潜んでいると思った。演技もあざとい。だから――」


 ミンクレスは臍の緒を押し込み、フェナルテッゼの顔前まで顔を近づけた。


 「――お前の身体に罠を仕掛けた」


 「……ッ!! 抱きしめた時か!?」


 「あぁそうだとも。

 お前が家族やヴェーダやらに攻撃を加えようとしたら即座に稼働する感知式のトラップ魔法。しかもお知らせ機能付きだ。

 どうやらまんまと引っかかったみたいだな?」


 「お、お前!! 私の正体を炙り出すため自らの家族を餌に使ったのか!?」


 「仕方ないだろう?

 もしそれで普通のいたいけな少女だったらどうする? 

 殺した暁にはヴェーダまわりに恨まれること間違いなしだ」

 

 フェナルテッゼは戦慄した。

 

 目の前の男の危険性に。

 目の前の男のヤバさに。

 目の前の男な疑い知れない本性に。



 自分なんかよりもよっぽど魔族らしいミンクレスに。



 「おっと、私よりも魔族みたいだとか言うなよ?

 お前みたいな鬼畜な女、地獄を探しても見つからないだろうさ」


 《ガァァァァァァァアン!!》


 ミンクレスがフェナルテッゼを軽く吹き飛ばす。


 互いに充分な距離が開いた。

 死合うには限りなく理想的な距離を。


 ミンクレスは剣を下に下げ、フェナルテッゼの動きに備える。


 そしてフェナルテッゼは――



 「ふふふ……」



 「ん?」



 「ふふふふふふ!!」


 「あーははははははははははは!!」


 

 ――笑った。



 自身の負けが近づいてきている中、笑ったのだ。

 

 森に響く女の声。

 怒りを孕んだ女の声。



 ――覚悟を決めた、女の声。



 「……お前は恐ろしい男だよ。

 悪魔のように強く、苛烈なまでに利己的。

 お前みたいな人間が独善で世界を滅ぼす」


 「……」


 「福音卿はいずれ世界を救うお方!!

 あの人の願いは私にとっての大願!!

 この仇教運動は必ず成功させなくてはならない!!

 お前は邪魔物だ。必ず我々教団の大敵となる!

 だから――」



 「――ここで絶対に殺すッッッッ!!」

 

 

 瞬間、森の空気が一変する。

 

 静寂な空間は色濃き戦場へ。

 女の身体から溢れる魔力が辺りの温度を上昇させる。


 熱気、熱気、熱気。


 まるで燃えているのかと錯覚するほどの熱気。

 

 女の臍の緒の先がミンクレスへ向く。


 「……」


 構えはしない。

 ミンクレスはただそれを見つめる。


 何か、何かを吸っている。

 先端の穴から何かを吸収している。


 同時に緒には紅き魔力が血流を伝う。

 

 「私にとって臍の緒は命……。

 これはあらゆる生物から魔力を奪う、奪った魔力で私は愚息共を孕む」


 ミンクレスは気づいた。

 女が何を吸引しているのかを。


 「私は一日に何回も愚息を産める。

 なぜか、理由は簡単よ?

 ――私の魔力変換率が常人の五十倍だから」



 「私の腹の中の愚息共は、私が魔素から変換した魔力の大半を使って異常な成長速度で大きくなる。

 常人の五十倍もの魔力を全て使って。じゃあ――」



 

 「――腹の中にいない状態で魔素を変換し続けたら、一体どうなると思う?」


 


 臍の緒が赤く発光する。

 体内に納めきれなかった魔力が溢れ出す。



 《ギュンギュンギュンギュン――!!》



 「……なんともまぁ」


 これは銃口だ。

 魔力を打ち出すための銃口。


 そしてそれが向けられているのは――



 「終わりよ、蒸発しなさい。

 

 ――『臍美為無へそびいむ』。」



 ――ミンクレスその人だ。


 

 

 《――――――――――――――――》


 

 最初に訪れたのは静寂だ。

 この世全ての物が消失したかのような。

 一秒、否、一秒にも満たないほどの。


 次に光。赤い光。


 視界を真っ赤に染め、

 赤以外を払拭する光。


 次に破壊。

 大地を溶かし、自然を撃ち抜く。

 向こうの山すら溶解する破壊。


 そして最後に轟音。

 耳を劈く轟音、焼き尽くされる轟音。


 臍の緒から放たれたビームは――



 《ズドドドドドドドドドドドド――ッッッッ!!》



 ――森、村、山、直線上にあるもの全てを無に変えた。

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