第31話 『妊婦』
「……え?」
頭がおいつかない。
目の前で起こった数々の展開。
脳が受け入れない。
時間が欲しい。考える時間が。
エフタちゃんが発狂して。
お腹からミミズのようなものが生えて。
そしたらエフタちゃんが切り刻まれて。
ミクリィが壁を突き破ってきて。
そのままエスタちゃんの顔を掴んで。
「……え? ……え?」
夢か? 夢なのだろうか?
それならば今日起きた悲劇全てが夢であって欲しいものだが。
《ドゴォォォォォン!!》
戦闘の始まりを知らせる轟音が響き渡る。
夢ではないのだと、音が訴える。
現実なのだと、訴える。
「……ぁ、え、ふた……?」
一番混乱しているのはヴェーダさんだ。
当たり前だ。
愛娘の腹からミミズが突き破って出てきたのだから。
この人は妻の行方も分からないのだという。
耐えられる方が異常だ。
「な、なんじゃ、今のは。
わしの孫、エフタは……?
なぜミンクレス殿は孫を襲った……?」
村長も現状の理解に苦しんでいるようだ。
この二人はよく私を怒鳴らないものだなと思う。
目の前にいる女の息子が孫に乱暴を働いているのだ。怒りに牙を剥いてもおかしくない。
近所の子供同士の喧嘩でさえ、かなり揉めるというのに。
いや、怒りより混乱が勝っているということか。
「お、奥様……今のって……」
ママイが震える手を握りしめ私に聞いてくる。
だが聞かれても分からない。
私だって何も知らないのだ。
「分からないわよ……何もかも」
《ゴゴゴゴゴゴゴ》
外から再び激しい轟音が聞こえた。
窓を見てみると森の方から煙が上がっている。
「激しい戦闘……?
エフタちゃんと戦ってる……?
いま考えたらおかしいわ、あの年の子があんなに戦えるわけがない」
「……そうですよねー」
「……?」
ママリの顔を見ればどこか引き攣った表情を浮かべている。はて、何か変なことを言ったかしら?
「ねぇヴェーダさん。
もしかしてエフタちゃんって強かったりする?
それか先天性魔法児だったりとかは……」
「そんなわけないッッッ!!」
ヴェーダさんが叫ぶ。
自分に言い聞かせるように。
「あの子は普通の子だ!! 普通の女の子だ!!
腹から出た触手もなんて出ない!!
あんなふうに言葉を荒げらこともない!!
強いわけがない!!
あの子は普通の……普通の女の子なんだよ……!!」
父親として愛している。
娘を心の底から愛しているのだ。
だから信じたくない。
あんな異形が娘なのだと信じたくない。
《バァァァァァァァアン》
その時、突如部屋の扉が開け放たれた。
「みんな……!!」
「あ、貴方!!」
私の夫、ジャンが帰ってきたのだ。
表情からは必死さが伺える。
ある程度の現状はすでに飲み終わったのだろう。
「ま、マリーネちゃんは!?」
「すでに避難を開始している!!
外の蟲共の撃退も同時進行だ!!
村の若者のほとんどが協力してくれている!!
まぁミクリィの戦闘の余波でかなり削れているんだがな!!」
行動が思った以上に早い。
流石と言ったところか。
ミクリィは戦闘を。
マリーネは避難を。
そしてジャンは私達を助ける。
「やっぱり元騎士団団長は優秀ね」
「よせ、これ以上褒められてもお前をさらに好きになるだけだ!」
ジャンは冗談を挟みながらヴェーダさんと村長のもとへと歩いて行く。
「お二方、混乱してられるとお見受けする。
だが頼む、今から話すことを落ち着いて聞いて欲しい」
「……」
ヴェーダさんの身体が震える。
分かっているのだ。
どんな内容だったとしても、
自分にとって最悪なものであることを。
「単刀直入に言います。
貴方の娘、エフタちゃんは――」
「――もうこの世にいません」
「……は」
時間が一瞬だけ止まった。
本当に一瞬だけ。
そう錯覚するほどに。
「な、なに、を、いって……さっきまで、俺に笑いかけていたじゃないか!!?
もうこの世にいない!? 冗談はほどほどにしろ!!」
「あれは娘さんではありません。
娘さんに化けた黒幕です」
「は、はぁぁあ……???」
ヴェーダさんの全身がガクガクと震える。
脚が立つ力を失い崩れるように跪く。
頭を抑えて、現実を拒む脳味噌を混ぜ合わせる。
「じゃ、じゃあ!!
じゃあ娘はどこに――」
「だからあの世です。『花国』へと旅立ちました」
「――」
――見たことがない表情。
絶望、悲惨、嘆き、後悔、困惑。
鼻水も垂れ流している。
開いた口は塞がらない。
眼は瞬きを忘れた。
「ヴェーダさん」
ジャンがヴェーダの肩に手を置く。
その耳に語りかける。
「黒幕は一、二ヶ月前に娘さんを殺害していました。その後に娘さんに化けたのでしょう。
この村に侵攻する準備をするために」
「……」
「地下には空間がありました。
おそらくこの村の調査中に見つけたのでしょう。
最近、娘さんがいきなり出かけたりしませんでしたか?」
「……そう、いえ、ば、三週間前か、ら森、に」
「その森から地下に侵入して宿まで穴を掘っていたのでしょう。
先ほど床下を調べた結果大きな穴がありました。
それも人蟲一匹が通れるぐらいの」
「……つ、まは」
「はい?」
「つ、まは、むすめがどこに、いってるのか、調べよ、うと、夜に森へ、一人で……」
「……」
「あ、さになって、気づいて……。見たら、寝てたはずの、娘も、いなくて」
「少ししたら帰って、きて、聞いた、らお人形、であそ、んでたって……」
「……」
私はジャンの顔を見て戦慄した。
言葉にできない。
これほどまでに怒っている彼を見たことがない。
恐ろしいと思ってしまう。
それほどまでの。
だが、気持ちは分かる。
今の話を聞いて怒りを感じない方が無理だ。
だって、きっとヴェーダさんの奥さんは――
「ヴェーダさん」
ジャンが力強く震える身体を抱きしめる。
「貴方の気持ちが分かるなんてことは言えません。 ですが俺にも娘がいます。妻もいます。
愛している、心の底から。
だからその悔しさ、悲しみは理解できる。
辛いでしょう、苦しいでしょう」
「……うぅ」
「だからこそ、だからこそ村の人々を守りましょう。
いまは、その悔しみを胸に。
酷なことを言っていると思います。
ですが、その悲しみを他のは人々に味合わせるわけにはいかない。そのために、戦うんです」
「うぅあ……ぁぁああぁ」
「――ヴェーダさん、行きましょう」
「ぅぁあぁぁああああああぁぁあ゛!!」
ただ泣く、今だけは。
これから思い出さないように。
今、目一杯泣いているのだ。
「……ミクリィ、そっちは任せたわよ」
「――絶対に打ち取りなさい」
――――――――――――――――――――――
空中。
地上より十メートルかそこら。
そこには二つの人影が宙を舞っていた。
片方は長身の青年だ。
悠々とした姿を保持しながらも、顔は悪魔のように歪んでいる。
もう片方は少女。
否、少女を偽ったナニか。
顔半分の肉は刮げ落ち、砕かれた骨が露出している。
背中も酷い。
木材が深々と突き刺さり、赤色以外の色を見つけることの方が不可能だ。
「が、ご! お、おま、え!!」
「ははっ! 見てみろお嬢さん!!
宙に二人で浮いてるぞ!?
まるでピーターパンみたいだなぁ!?」
少女は意識を保つだけで必死だ。
対して男――ミンクレスの方は歓喜からかさも愉快そうである。
「あ、が、が、がぁ!!」
少女が揺れる瞳でミンクレスを睨みつける。
そして――
《ビュラゥッッッッッッッ!!》
ミンクレスに向かって鋼のような臍の緒を突き出した。
時速三百はくだらない。
一瞬でミンクレスの懐へと迫る。
「臍の緒が武器ってか!?
ははっ!! 気持ち悪いな!!」
ミンクレスはそれを横に逸れるように回避、そのまま臍の緒を綱引きのように掴み――
「ふっ……!!」
「……!!」
硬い地面へと叩きつけた――!
空中から見下ろす。
周囲を確認。
どうやらミンクレスが飛び出したのは宿の右側にある庭であるようだ。
「しかしやはり黒幕だったか……。
違和感は感じてたんだよな、もっと早く気づいておけばよかった」
《ビュウッッッッッッッッ!!》
そんなことを考えているミンクレスへと臍の緒が襲いかかる。
煙が上がっているため本体は見えないが、こちらに向かって鞭のように振り回してきている。
ミンクレスは空中で避けながら少女へ迫る。
一秒間に六発は打たれてる鞭。
拳で打ち返す、避ける、また打ち返す。
確実に近づいていく。
すると――
「ん?」
横から打っていた臍の緒が背後から突き刺さんと襲いかかった――!!
「っと!」
《ガキィィィィィィン!!》
ミンクレスは剣を抜いて臍の緒を弾き返す。
しかしおかしい。
感触が想像していたものとは違う。
まるで剣と剣がぶつかりあったような。
「なんだ? これ本当に臍の緒か?
俺の剣はミスリル製だぞ、斬れないとおかしいだろ」
「無駄よ!!
私の臍の緒はシルクのように柔らかく!!
オリハルコンのように硬い!!」
少女とは違う、大人びた声が煙の中から飛び出す。
同時に臍の緒が煙の中へ巻き戻っていき――
《ビュンビュンビュンビュンビュン!!》
――女の周りを高速で回転し始めた。
あまりの速さに剛風が巻き起こる。
あたり一体のものを薙ぎ倒す。
そして、煙が風によって取り払われて――
「……おいおい、イメージと違いすぎるだろ」
――化けの皮が剥がれその姿を表した。
それは美女であった。
スタイルはよく、顔もいい。
ブロンズの髪は腰のあたりまで伸び、その美脚にふさわしいドレスが彼女を覆う。
頭からはイッカクのように鋭いツノが生えていた。
だが侮ってはいけない。
ミンクレスはさらに警戒を強める。
臍の緒にツノ、このような異形の姿をした人種は一つしかない。
「魔族か――」
「そうよ!! 私は魔族!!
ヴェリタス教四大官が一人!!
『福音卿』一の忠臣にして才女!!
"妊婦"アッラ=フェッラ=フェナルテッゼよ!!」
戦いの幕開けに夜が戦慄く。
全ての生物は恐怖する。
当たり前だ、今牙を向いている存在は――
「……いいねぇ、じゃあその細胞、貰おうか……!」
――全ての原初たる『母』なのだから。
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