第30話 『鳴かぬなら、鳴くまで待とう時鳥』

 マリーネが仕事を終え、俺のところに近づいてくる。


 服には点々と血がへばりついている。


 とてつもない魔力の熱で蒸発したのか、

 武器に使われた拳と脚には一切の血痕がない。


 大広間の人蟲は片付いた。

 まだ外には嫌になるほどいるのだけども。


 「……お父様は?」


 「廊下に侵入した人蟲を倒しにいったわよ。

 広いところで戦うのはジャックさんの方が向いてると思うんだけどねー」


 マリーネ少し不満そうに頬を膨らませる。


 「ちなみに生き残りはどのくらいいる?

 この死体の量じゃ、相当やられたんだろうが」


 足元、周り、遠くを見る。


 見事に一面血の花畑。


 蟲の死骸もあるが、人間のものも相当だ。


 「村の人口が大体五百人だったはず。

 今ここにあるのはざっと百ちょっと。

 食べられた人を入れたら二百はいかないにしろそのぐらいになるんじゃない?」


 ……村を守ると決定したときには、すでに村は守れていなかったわけか。


 「……もう帰っていいだろ」


 「ダメに決まってるでしょ。

 まだ残ってる人がいるのよ?

 思ってもいないことを口に出さないで」


 「……ふん」


 小賢しい娘だ。

 

 あぁそうだとも。

 一度そう決めたのなら、命の危機が訪れるまで絶対に遂行する。


 やるからにはな。


 だからこそ、だからこそだ。


 「マリーネ」


 「何よ?」


 「お前に一つ伝えておくことがある」


 「……?」



――――――――――――――――――――――


  

 《ギャン、ギャン、ギャキィイ!!》


 廊下に巨大な金属音が木霊する。

 重く、そして軽やかに撃ち出される音。


 古代ローマのような建築美を持つこの建物の中。

 こんな音が聞こえたのなら人々は剣闘士の試合かと勘違いするやもしれない。あるいは皇帝の暗殺か。

 

 それほどまでに苛烈な空気、熱せられた空気。


 その廊下の先、一体何が起きているのか。


 《ギャギィン、ジュババ、ザザザン!!》


 ――答えは殲滅だ。


 蟻の巣のように廊下に這いつくばる人蟲。

 あるいは壁に張り付く人蟲。


 この巣の中で、一つの男が勇猛に戦っていた。


 「ふぅ! はぁ! はぁぁぁあ!!」


 「びしゃららららららぁぁあ!!」


 二階の廊下だ。そして右手。


 左手から侵入して道なりに殲滅を開始していた。

 そのため女風呂前までの道は制圧。

 同時に男風呂に続く右一直線も制圧。


 逆U字のこの廊下、残すは右側の廊下だけ。


 しかしその廊下の壁、床、天井。


 全てがドス黒い赤色に濡れていた。


 まるでなぞり絵だ。

 文字を形にそって塗っていくなぞり絵。


 そしてその筆代わりになるのは――


 「はぁぁぁぁぁああ!!」


 《ザシュュュュュュュユ!!》


 「ぴぎゃゃゃゃぁぁぁああああ!!」


 巨大な大剣。撃たれたものを打ち砕くほどの。


 剣は本来斬るものだ。

 しかし、この男に関しては例外。


 あまりの一撃に、撃たれたものが脆かったら斬れる前にバラバラになってしまう。


 粉砕。


 この男は粉砕機だ。


 大きな身体、鍛え上げた筋肉、完璧な体勢。


 それらから繰り出される攻撃の数々。


 大剣のはずであるのに軽く、同時に重い。


 理不尽だと罵られても仕方のないほどの代物。


 それが――


 「てぃああああああぁぁあ!!」


 《バシュウ!!!》


 王国騎士団『リュミノジテの鷹』の元隊長、

 ジャン・リクメト=イモタリアスという男なのである。


 「もうすぐ右側も制圧完了だ……!

 村人も部屋に避難させたが、外にはまだまだ沢山いる、クソッ!」


 だがそれほどの力を持っているとしても、

 いくら来ようが勝てるのだとしても、

 大量の蟲を全て捌ききることなどできない。

 

 圧倒的数の不利。

 人々を守るという点においての不利。


 彼が全力を出せばまだ簡単かもしれない。

 だがここは宿の中、建物ごと人々を粉砕しかねない。


 「窓にバリケードは作らせたが、それが壊れるのは時間の問題だ……! 外に出て蟲を一掃するか!?」


 それはミステイクだろう。

 宿の防衛を疎かにした瞬間、人が死んでいく。


 少数の犠牲を認めるのなら理に適った手段だろう。

 だが彼は人々を愛するものとしてそんな選択はできなかった。


 「このままじゃジリ貧……!!

 なんとか手を打たなくては……!!

 ミクリィとマリーネちゃんに宿を任せるか……!?

 いや、この構造だ、二人で守りきるのは無理がある!!」


 「ぐそくくくぅぅぅうう!!」


 「ッッ!! うるせぇぞ!!」


 《ブシュュュァァアアアア!!》


 いきなり現れたゴキブリ型の人蟲を顔面ごと串刺しにする。


 いかにゴキブリといえど頭は赤ん坊、脳を穿たれては生き残れない。


 重い身体が廊下の壁にズドンと横たわる。


 「さっきからこの繰り返しだ!

 そろそろ蟲のレパートリーも減ってきたぞ……!」


 湧いてきている場所を特定しない限りはこの流れは止まらない。


 一体どこから?


 ジャンは魔法が一切使えない身であるので妻であるアケミに聞いたが、『分からない。どこにも不自然はない』と答えていた。


 ミンクレスも同じである。

 分かっていたなら今頃潰しに行っているはずなのだから。


 つまり巧妙に隠されている。


 ジャンはこういうときに魔法が使えない自分が恨めしかった。


 「だが、この宿の周りは結界が張られていた……!

 周りから入ってこられないはずだ!!

 一体、一体どうやって……!!」


 《ズドドォォォォォオン!!》


 瞬間、宿を揺るがす衝撃が走った。


 「……ッ!!」


 ジャンはいきなりの揺れに膝をついてしまう。

 

 激震。


 地震だと錯覚するほどの。


 「み、ミクリィのやつか!?

 あいつ、派手に暴れやがって……!!」


 地面に片手をついて周りを確認する。

 建物が崩落することはなさそうだ。


 揺れは続いているため、ジャンは耐えようと頭を下に下げて――


 「……下?」


 頭をよぎる。

 地獄が見える。

 信じたくない事実が浮上する。


 ジャンはただ下を見続ける。

 額からは汗。


 血濡れた床にポツリポツリと落ちていく。


 目を見開く。

 恐ろしい、あまりにも。


 ふと、アケミの言葉を思い出す。


 『……でも、違和感が一つだけ。

 下の方、この村の地下からは何も感じない。

 蟲も、敵も、そして

 まるで白いペンキで塗られているみたい。

 あるべきはずのものがないのよ』


 「……確定だ、なんてこった」


 ジャンはそう呟くとゆっくりと立ち上がる。

 床下を睨みつけ、絶望的な現実に歯を食いしばった。


 「魔法壁は半球を描くように展開される……。

 だが半球だ、穴はもちろんある……!

 下……!! 下半分は存在しない……!!」


 つまり地下には魔法壁は展開されていない。

 もし、敵がこれを理解していたら?


 もし、ここに避難するまでの過程全てが、敵の策略なのだとしたら?


 「間違いない……! 

 敵はわざと宿に避難させた!! 

 内側から確実に仕留めらるように!

 狭い空間で逃げられないように!! そして!!」


 《ガァァァァァァン》


 ジャンは自身の大剣を床に突き刺した。


 「地下だ……!!

 隠蔽魔法で魔力を隠していた!!

 地下深くに空間がある!! 広い空間が!!

 奴らは、!!」


 全て敵の手のひらの上であった。

 その事実がジャンの顔を歪ませる。


 だとしたら本当にまずいのだ。

 手の打ちようがなくなる。


 どこまで敵の策略なのか。

 これから先、何が起きるのか。

 どう行動するのが正解か。


 答えは一つ。


 「逃げるしかない……!

 村は放棄しなくてはならない!

 おそらく蟲は絶え間なく流れてくる。

 地下にはありえない数が蠢いているはずだ!」


 ジャンはすぐに思考を纏める。

 即断先決。


 防衛なんてもう考えてはいけない。

 どれだけ倒そうが、無限の如く湧いてくる。


 ただ逃げる。

 どうやって?


 ジャンにとってそれは簡単だ。

 彼らがこの村にどうやって来たのか。


 そしてどうやって帰ろうとしていたか。

 アレは大人数を移動させるのに非常に役立つ。


 「転移魔法!!

 確かミクリィがママイに魔法陣を描かせていたはずだ!

 そこまで道を切り開き突破!!

 ハルガンまで逃げるしかない!!」


 ジャンの身体は先程の部屋へと向いた。

 村長に妻に、全員に説明しなくてはならない。


 抵抗を続けると言っても無理やり連れていかなくてはならない。


 そうしてジャンは走り出そうと――


 「ジャンさん!!」


 「うぉっ!!」


 ジャンの背後から突然声がかけられる。

 振り向けば青髪の少女マリーネが立っていた。


 魔法でジャンの背後に瞬間移動してきたようだ。


 「ま、マリーネちゃん!!

 いきなり背後に転移するのはやめろと――」



 「今、ミクリィが黒幕と戦っています!!」


 

 「――ッ!?」


 衝撃的な発言がジャンの耳を貫いた。


 蟲ではなく黒幕。


 この宿の中にいたという事実がジャンを一層驚愕させる。


 段階を飛ばしすぎている。

 黒幕なんぞ考える暇もなかったというのに。


 (お前は本当に優秀だな……ミクリィ)


 我が子に誇らしさを感じる。

 我が子に恐怖を感じる。


 あまりにも優秀な息子。

 だが、優秀すぎる。


 いつ気付いたのか。

 この狡猾な敵の穴をどう突いたというのか。


 「そ、それで……黒幕はどこにいたんだ!?」


 「そ、それは……」


 マリーネが顔を伏せる。

 認めたくないといったふうに眉をひそませる。

 袖をこれでもかと握りしめ、身体は少しばかり震えていた。


 ジャンもその顔を見て悟る。

 残酷な真実があったのだと理解する。


 「……黒幕は、どこにいたんだ?」


 「……黒幕は――」



――――――――――――――――――――――



 「だ、大丈夫ですかね?」


 「大丈夫よ、ママイ。

 私もさっきから魔法で支援しているし、何より皆は強い。きっと守り通してくれるわよ」

 

 待機用の部屋。

 お兄ちゃん達が出ていって十分ぐらい経った頃。


 私とパパはあれからずっと待機していた。


 「パパぁ……」


 「大丈夫、絶対助かるから。

 あの人達に任せておけば」


 「ま、ママはぁ?」


 「……大丈夫、ママも生きてる。

 きっと、きっと生きてるさ」


 ママは昨晩、森に向かったまま消えてしまった。

 パパは遠く離れて逆に安全だって言ってたけど、絶対に助かってなんていない。


 私には確信がある。


 「……ヴェーダ、あまり無理はするなよ?」


 「分かってる、僕なら大丈夫だよ父さん」


 優しいおじいちゃんもパパを励ましてくれている。

 そんなことをしても悲しみは消えはしないのに。


 この部屋にいる皆、やはりどこか元気がない。

 意気消沈といった感じだ。


 私にできることなんて何もありはしない。

 ただ子供としてパパにしがみつく以外にすることは。

 

 「ところでママイ?」


 「はい、なんでしょうか奥様」


 先ほどのジャンという男の妻だというアケミが、使用人に尋ねた。


 「ミクリィがあなたに作らせた魔法陣、あれはどこにあるのかしら?」


 ――魔法陣?


 「魔法陣? そんなものがあるのですかな?」


 おじいちゃんも疑問を抱いたようだ。

 私はこの会話に聞き耳を立てる。


 「はい、私の娘が作った合法的な転移魔法の魔法陣です。私達はそれでここまで来たのですが……」


 合法的な転移魔法?

 どういうこと?

 あの禁忌の魔法を合法に?


 「私がミンクレス様に頼まれて帰りの分を描いていたんですよ。でも……」


 使用人は窓の外を眺める。


 「……描いた魔法陣はあの森の方にあります。

 蟲達が蠢くさらに先の森に。

 行くのなら全戦力で突破するしかないと思います」


 「そう、分かったわ。

 ありがとうママイ」


 アケミは使用人に笑いかけた。

 よい信頼関係だ。


 主人と使用人にしては珍しいほどだろう。


 「あ、アケミさん!?

 まさか、その魔法陣で皆を逃すつもりですか!?」


 パパがアケミに問いかける。

 

 一縷の希望。

 村の皆を助けられるかもしれない最終手段。


 「はい、そう考えています」


 「村を捨てろとおっしゃるのか!?

 この村は先祖代々が継いできた――」


 「どちらが大切なのですか」


 「……ッ!!」


 「村とその村の人々、どちらが大切なのですか!!」


 凛とした声が部屋中に響き渡った。


 パパも思わず言葉を詰まらせてしまう。


 「貴方は頭が硬すぎますよ、ヴェーダさん。

 信仰心や伝統は何よりも大切です。ですが、それは人々の命があってこそ成り立つもの」


 「……」


 「外を見てみなさい。

 この蟲の量、普通じゃない。

 おそらく全て仕組まれたことでしょう。

 ならば敵の思う壺、始まりから終わりまで」


 力強く諭し続ける。

 パパに正しい判断をさせるため。

 村の人々を救うために。


 「ならばその終わりに辿り着かなければいい。

 逃げるんです、ヴェーダさん。

 逃げても負けるわけじゃない。

 逃げた先でまた、皆で信仰し続ければいい。

 皆で村を作ればいい。

 命以上に大切なものは数少ない。

 そして今、命以上に大切なものはない」


 「……」


 「魔法陣は大きい。

 六回に分ければ全員を飛ばせる」


 そうしてアケミはパパに手を伸ばした。

 慈愛の微笑を顔に携えて。

 

 「逃げましょう? ヴェーダさん。

 この村の伝統は貴方達の胸にある。

 それにハルガンもいいところよ?

 きっと貴方達も好きになる」


 「……あぁ、そうだな」


 パパはどこか踏ん切りがついたかのようにアケミの手を掴んだ。


 逃げるのだ。

 村を置いて、村人達を連れて。

 この村から逃げるのだ。


 「じゃあ戦いに出た皆を呼ばないと。

 あの人達しか蟲に対抗できる人はいない。

 村長さんもそれでいいですよね?」


 「えぇ、村の者達が助かるのなら、これ以上に嬉しいことはありません」


 ダメだ。

 それはダメだ。

 転移魔法? 卑怯だ。

 絶対ダメだ。


 「ママイ、直線距離にしてどのくらい?」


 「え、えぇ!?

 多分、多分ですよ!?

 多分六百から七百メートルほどかと……」


 ダメだ。

 許せない、そんなの許せない。

 許せるわけがない。

 絶対にだめだ、許せない。


 「村の皆に声をかけて!!

 全員を連れて必ず逃げましょう!!」


 「あ、あぁ、そうですね、そうだ……!

 逃げるんだ……家族を連れて逃げるんだ……!

 よし、エフタ!! 

 一緒に……エフタ……?」


 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない――ッ!!

 



「許せないわよぉぉぉぉぉお!!!!

 このクソ無礼者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛!!」


 《ズロロロロロロロロロロロッ!!》


 「ぇ――――??」


 私の腹から臍の緒が飛び出す。

 私の自慢の武器。


 鉄を砕き、肉を裂く。


 背徳者に対する天罰の一撃。


 これでこの部屋ごと真っ二つにしてやる!!


 《グュルルルルルルルル!!》


 臍の緒を横に振りかぶる。

 

 力を入れる、しならせる。


 そして全てを粉砕する!!


 「死ねぇェェェェェェええ!!」


 そうしてその場にいた背徳者は身体を真っ二つにされて――


 

 《ズザザザザザザザザザザザザ!!》



 「あっぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」



 瞬間、私の全身をいたち風が切り裂いた――!


 激痛、身体中から血が吹き出す。


 誰だこんなことをしたのは。


 誰だ、誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ。


 「誰よぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!?」


 バッと顔を上げ周りを見渡す。

 だが誰も答えない。


 全員が混乱している。

 現状を理解できないといったふうに青ざめている。


 「いいわ!! 誰がやったのか分からないんだったらここにいる全員を――」



 《……ン……》



 「――あ?」



 《……ドン》



 何か音がする。

 右側の壁、近づいてくるように。



 《ドン………ドン………ドン》



 やっぱりだ。近づいてきている。


 何か、何かが物凄い速度で迫ってきている。



 《ドン…ドン…ドン…ドン…ドン》



 なんだ、なんなんだ。

 一体なにが近づいてきて――



 《ドン! ドン! バァン!! バァン!!》



 そうして音は隣の部屋にまで到達し――



 《バギャャァァァァアン!!》



 「はーははははははははははははは!!!

 はーはははははははははははははは!!!」


 ――恐ろしい悪魔が、壁を突き破って現れた。


 「お、お前は!!? ミンクレ――」


 《ガシィィィィィィ!!》


 そしてその勢いのまま悪魔は私の顔を鷲掴みにして――


 「あは!! あはははは!! あははははははッ!!」


 《バギョン!! バギュン!! バギョン!!》


 「―――――――――――――!?」


 私を盾に、再び壁の中へ突入した――!!


 部屋から部屋へと突き破られていく。

 突入する部屋には村人が何人も見られる。


 だが勢いを殺すこともなく、器用に避けてさらに加速。


 一部屋、二部屋、三部屋、四部屋――

 

 「はははははははははははははははははは!!」


 《バギョバギョバギョバギョバギョバギョ!!》


 「や、やめ、やめぉおおおおおおッ!!」


 部屋を何部屋も突き破り続ける。


 だが何ごとにも終わりはくる。


 そのままついに突き当たりの部屋までやってきた。


 《バギィィィン!!》


 顔面が壁に勢いよく押し付けられる。

 背後にはヒビが入り、今にも崩れてしまいそうだ。


 だが悪魔が顔を離すことはない。

 

 しかしこれで一瞬の隙ができた。


 このまま臍の緒で――


 「ふひっ!!」


 「――は?」


 悪魔は笑った。

 まだ終わりはないのだというように。

 まだ楽しみは続くといったように。


 悪魔はそのまま――


 《ズザザザザザザザザッ!! ボコォン!!》


 ――入り口の壁を突き破り、廊下の壁に私の顔を押し当てたまま走り始めた――!!


 《ズザザザザザザザザザザザザザザザッッ!!》


 「うぎゃゃぁぁぁぁあああああああ゛!!」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 皮膚が破れる、頬が破れる、歯が擦り切れる。


 ただ一直線、障害のない道を走り続ける。


 壁には私の顔の血をペンキ代わりに赤い一本線が描かれていた。


 そして再び突き当たり。


 今度は勢いを殺さない。


 私の顔面を擦り付けたまま。


 《バゴォォォォォォォォオン!!》


 ――外界へ私ごと飛び出した。


 「あが、ががが、が、が……!!」


 空中に身体が投げ出される。

 意識が途切れる。

 頭が働かない。


 だが、一つだけ。


 一つだけ聞き取った。


 「『鳴かぬなら、鳴くまで待とう時鳥』!!

 化けの皮が剥がれた!! 

 なぁそうだろう!? 

 お嬢ぉぉぉおさぁぁぁぁあん!!?」


 ――悪魔が嘲笑う声を。

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