最終話 笑み
部長の机の上には部誌が三部、置いてある。
一つは部長の。
一つは彼の。
もう一つはこの部室にある本棚に残す用に、とのことだった。
私は席に座って、部誌を手のひらでなぞる。
海色と白の混じった背景に、黒で『夏空』と文字が書かれている。
シンプルだけど力強い夏の空を表現したかのような表紙は、タイトルにピッタリだった。
結局、文化祭は慌ただしいまま終わって、彼と思うように他の催しを回ることはできなかった。
だけど、それでもいいと私は思う。
彼と楽しい時を過ごせたのだから。
彼の楽しそうな顔を見れたのだから。
文芸部でクラスメイトやお客さんに対応する彼の顔は、晴れやかだったのだから。
ガチャリと、文芸部の扉が開かれた。
その音に、私の心臓は高鳴る。
「遅れました」
彼は部長の机を見て、嬉しそうに笑みを浮かべる。
その表情は夏休み前と違い、やはりどこか生き生きとしているような気がする。
「やっと俺達の分が来ましたか」
「お待たせしたね」
彼は部誌を手に取って、私の隣へとやってくる。
私はそれを、緩んでしまう口元を隠すように頬杖をしながら眺めていた。
「日並」
「うん」
私はまだ、部長と彼の小説の内容を知らない。
これから一緒に知っていく。
彼のことも、もっと知りたいと思う。
かつて私が、彼のことを知りたがり、知っていったように。
そう、私は知りたかった。
どうしてそんなに寂しそうな顔をするのかを。
どうしてそんなに夏に対して暗い感情を抱いているのかを。
ううん、それがわからなくても。
彼が事情を言いたくなさそうにしていても。
どうせ知り合ったなら、楽しい夏を過ごして欲しかった。
空が青く見えないと言うのなら、青いものを見せてあげたかった。
寂しそうな表情を何度も浮かべるのなら、せめて側に居てあげたかった。
そして一緒に過ごすうちに、段々と人らしい笑みを浮かべるようになって、嬉しかった。
嬉しくて、彼にもっと笑っていて欲しいと思うようになった。
気が付いた時にはもう、好きだった。
彼の過去を知った今でも、私はもっと彼を知りたいと思う。
この部誌を通して更に。
小説を通してもっと、もっと深く。
愛おしく思える顔をもう一度見やると、自然と夏輝くんと目が合った。
ニッコリと浮かべる笑みに、かつての寂しさはもうない。
「よし、読むか」
「うん」
その柔らかい笑みが、私のブルーハワイがキッカケと言うなら。
私はブルーハワイを好きでいて、本当によかったと、そう思っている。
相変わらず味はわからないままだけど。
「まぁ、そんなもんだよ」と、私は小さく呟いた。
「そんなものでもよかったんだ」と。
その原稿用紙にブルーハワイのシロップを レスタ(スタブレ) @resuta_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます