第55話 風が吹く縁側

 目が覚めると、知らない天井が目に映った。

 障子から溢れる光が少し眩しい。

 身体を起こして周りを見ると、俺は和室にいるようだった。

 そして隣には辰也が居て、別の布団でタオルケットに包まっていた。


「……なんで俺、お前と寝てんの?」

「誤解を招くようなこと言うなバカ」


 俺がぼそりと呟くと、辰也は勢いよく飛び起きた。


「なに寝ぼけてんだよ、俺の婆ちゃん家来たの忘れたのか?」

「あ、あぁ。そうだ、そうだったな」


 寝ぼけていた頭が、段々と動く。

 そうだ、俺は辰也の祖母の家に旅行に来ていたんだった。


「ったく。昨日は男二人で色々話そうと思ってたのに、風呂でのぼせたって言ってすぐ寝るしよ」


 辰也の言葉に、段々と記憶が蘇ってくる。


 そうだ、昨日は小百合と縁側から戻った後、久恵さんから風呂に入るように言われたんだ。

 小百合と共に二階に行き、部屋で日並と辰也に伝え、四人でじゃんけんをして順番を決めることになり、適当にグーを出した俺は一人負けをして最後の風呂になった。


 そして後を気にせず入れるのをいいことに、俺は風呂で頭を悩ませまくった。

 小百合の言葉に、自分の罪に、どう向き合うかを考えに考えて、結果的にのぼせた。


 草薙家の風呂の温度設定は我が家の設定温度よりも何度か高く、それ故に風呂上がりの俺の状態は中々に酷く、辰也が言うには部屋に戻ると話も聞かずにタオルケットに包まってさっさと寝てしまったらしい。


「まぁ、疲れてたんだよ。悪かったって」

「……そういえば電車でも寝てたな。なんかしてたのか?」

「小説」

「なるほど」


 辰也は深く頷いたが、さっきの言葉は嘘だ。

 疲れていたのは半分ほど本当のことだが、両親の死の原因が自分にあることで悩んで寝れない日々が続いていた、などとは口が裂けても言えなかった。


 あぁ、だけど、久しぶりにぐっすりと寝たおかげか気分は幾分か良くなっていた。

 少なくとも、昨日のような閉鎖感は今はない。

 障子から溢れる光と小鳥たちのさえずりが心地よい、清々しい朝だった。


 正直、これでいいのだろうか、という疑念はまだ尽きない。

 俺にはまだ、わからないことだらけだ。

 だけど今は。

 そう、今は。

 草薙家にお世話になっているのだから、その恩は返したい。

 自然とそう思えた。


 着替えてから一階に向かうと、大量の朝ご飯が俺達を出迎えた。

 草薙家の朝食はまたまた豪華だったのだ。


 ご飯に味噌汁に昨日の残ったおかず、焼き魚にサラダに目玉焼きにハムに納豆にハッシュドポテトだ。

 朝だというのに、食卓には昨日と同様に溢れんばかりのおかずが彩られていた。

 ちょっと気合い入り過ぎではないだろうか。


 繰り返しになるが俺達兄妹の朝飯は細い。

 いつもパンと何かあればそれで事足りる腹には、中々に重い朝ご飯だった。

 美味しかったけれども。

 腹はキツい。


 なんとか出された分の朝食を食べ終わり、皆が各自で食卓から解散していく中、俺は重い腹を抱えつつ久恵さんに食器洗いの手伝いを申し出た。

 久恵さんは「あらやだいいのに」と断っていたが、「お世話になってるんですからこのくらいはさせてください」と俺が言うと、久恵さんは嬉しそうに笑って「じゃあお願いね」と頷いてくれた。

 ソファーに寝っ転がってブラウン管のテレビを見ていた辰也は、俺と久恵さんのやり取りを横目で見ていた正志さんに「お前も見習え!」と頭にげんこつを食らっていた。


 その後は辰也の提案で草薙夫妻の農作業を手伝うことになった。


 家の裏手にはこれまた大きな庭に、大きな大きな畑があり、トマトだのトウモロコシだのキュウリだのが色々無造作に植えられていた。

 こちらは本業の稲作とは違って趣味らしい。

 趣味にしては随分と沢山実っている野菜の収穫と草むしりを、四人でお昼になるまで手伝った。

 炎天下の中の収穫と草むしりは、運動不足な人間にとっては結構堪えた。


 昼飯は収穫した野菜をたっぷり使った冷やし中華だった。

 皆で縁側に腰掛けて、風鈴の音色を聞きながら並んで麺を啜った。

 シャキシャキとしたキュウリ、新鮮なトマト、甘く味付けされた錦糸卵。

 醬油タレがそれぞれの味を引き立てて、とても美味しかった。


 小百合はゴマダレを欲しがったが、市販の麺に付属していたタレが醬油ダレしかなく多少ごねた。

 だけど結局は醬油ダレも気に入ったのか、渋々だった顔は食べていくにつれてほどけていった。


 皆が冷やし中華を食べ終わると、お皿を床に置いた丁度その時、ひときわ強い風が縁側を吹き抜けた。

 風鈴が一層激しい音色を奏でて、自然の、山の匂いが鼻孔をくすぐり、見上げた空に浮かぶ雲はいそいそと風に流されていた。


 隣を見やると、日並が麦茶の入ったコップを片手にその明るい茶髪を揺らしていて、その向こうには、妹と辰也と正志さんと久恵さんが続いて並んでいて、皆食後の爽やかな風に気持ちよさそうにしていた。


 夏だというのに、その光景はとても爽やかなものだった。

 まるで心が洗い流されるようで、胸が軽くなったような感覚がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る