第43話 声

 誰かの声が聞こえる。


『勝手ながら、君の事情は前の先生から教えてもらった。大変だったな』

『ハッキリ言うと、俺はお前が心配だ。事情が事情だし、ちゃんとした学校生活を送れているのか不安だ』


 誰の声だったか。

 そうだ、馬場だ。

 春に指導室に連れ込まれた時の言葉だ。

 思えば、この時の会話はどこかおかしかった。

 何かが噛み合っていないような、ズレているような。

 そう、そうだ。

 『事情』だ。

 馬場の言う事情って、なんだ?

 どうして俺は、『ちゃんとした学校生活を送れているのか不安』に思われるんだ?



 また、誰かの声が聞こえる。

 俺の声も混じって聞こえる。


『ん、そっか。じゃあ夕飯はどうするか。帰ってくるの遅くなったら困るだろ』

『じゃ、じゃあ、私が作る。いままでお兄に任せっきりだったから、いい機会』


 小百合との、会話だ。

 確か、部活に入るのを相談した時の会話だ。

 おかしい所なんてないようにも思えるが、やっぱりこの会話にもどこか違和感を覚える。

 どれはどこだろうか。

 多分……家事だ。

 なんで子供である俺達が、家事をしているんだろうか?



 また、誰かの声が聞こえた。

 俺の声も聞こえた。


『よっす』

『よっす。お昼中だった? ごめんね』

『いや、気にしないでいい』

『とういうかお弁当なんだ』

『あぁ、食費削減のために作ってる』

『自分で? すごいじゃん!』


 いつかした、日並との会話だ。

 いつのことだっただろうか。

 まぁ、今はそんなことはどうでもいい。

 それよりも、どうして俺は食費削減をしているんだったか。

 別に、学食で昼を買ったってよかったんだ。

 お金はあるんだから……金?

 どうして俺は、稼いでもいないのに金を持っているんだ?



 また、誰かの声が聞こえた。


『おとうさんと、おかあさん。まいごになっちゃった』



 色んな声が聞こえる。

 内側で声が響いて、もう何を言っているのかすらも判別できない。

 今思えば、違和感だらけだった。

 どうして、どうして気が付かなかったんだろう?


 俺の体験が足りない全ての要因は、それだったと言うのに。

 学生らしい生活を送れなかった全ての要因は、それだったと言うのに。

 どうして、今まで忘れていたんだろうか。


 小学生の頃の楽しい記憶。

 中学生の頃の同情の目をしたクラスメイト。

 家事に追われ、遊ぶ暇もなかった生活。

 妹の小百合の面倒を見なくちゃいけない日々。

 高校入学。

 何も変わらない日々。


 そうだ。

 俺はずっと、気が付かなかった。

 気が付かないフリをしていた。

 まともなフリをしていた。

 まともなフリをするだけで精一杯だったんだ。


 だって、しょうがないだろう?


 七年前のあの夏。

 小学五年生の夏休みに、は、は。

 この世を去ったのだから。

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