第43話 声
誰かの声が聞こえる。
『勝手ながら、君の事情は前の先生から教えてもらった。大変だったな』
『ハッキリ言うと、俺はお前が心配だ。事情が事情だし、ちゃんとした学校生活を送れているのか不安だ』
誰の声だったか。
そうだ、馬場だ。
春に指導室に連れ込まれた時の言葉だ。
思えば、この時の会話はどこかおかしかった。
何かが噛み合っていないような、ズレているような。
そう、そうだ。
『事情』だ。
馬場の言う事情って、なんだ?
どうして俺は、『ちゃんとした学校生活を送れているのか不安』に思われるんだ?
◇
また、誰かの声が聞こえる。
俺の声も混じって聞こえる。
『ん、そっか。じゃあ夕飯はどうするか。帰ってくるの遅くなったら困るだろ』
『じゃ、じゃあ、私が作る。いままでお兄に任せっきりだったから、いい機会』
小百合との、会話だ。
確か、部活に入るのを相談した時の会話だ。
おかしい所なんてないようにも思えるが、やっぱりこの会話にもどこか違和感を覚える。
どれはどこだろうか。
多分……家事だ。
なんで子供である俺達が、家事をしているんだろうか?
◇
また、誰かの声が聞こえた。
俺の声も聞こえた。
『よっす』
『よっす。お昼中だった? ごめんね』
『いや、気にしないでいい』
『とういうかお弁当なんだ』
『あぁ、食費削減のために作ってる』
『自分で? すごいじゃん!』
いつかした、日並との会話だ。
いつのことだっただろうか。
まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも、どうして俺は食費削減をしているんだったか。
別に、学食で昼を買ったってよかったんだ。
お金はあるんだから……金?
どうして俺は、稼いでもいないのに金を持っているんだ?
◇
また、誰かの声が聞こえた。
『おとうさんと、おかあさん。まいごになっちゃった』
◇
色んな声が聞こえる。
内側で声が響いて、もう何を言っているのかすらも判別できない。
今思えば、違和感だらけだった。
どうして、どうして気が付かなかったんだろう?
俺の体験が足りない全ての要因は、それだったと言うのに。
学生らしい生活を送れなかった全ての要因は、それだったと言うのに。
どうして、今まで忘れていたんだろうか。
小学生の頃の楽しい記憶。
中学生の頃の同情の目をしたクラスメイト。
家事に追われ、遊ぶ暇もなかった生活。
妹の小百合の面倒を見なくちゃいけない日々。
高校入学。
何も変わらない日々。
そうだ。
俺はずっと、気が付かなかった。
気が付かないフリをしていた。
まともなフリをしていた。
まともなフリをするだけで精一杯だったんだ。
だって、しょうがないだろう?
七年前のあの夏。
小学五年生の夏休みに、親は、両親は。
この世を去ったのだから。
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