第42話 違和感と相談
連日続いた違和感に、何も考えなかったというわけではない。
一日中寝て目を覚まそうと風呂に入った時、その後再び寝ようとベッドに寝転がった時、朝ご飯を作っている時、洗濯物を干している時、炎天下の道路で日並を待っている時、辰也との待ち合わせの時。
あれは何だったんだろう、と時間があればそればかりを考えた。
だけど結局、あまりわからなかった。
精々わかったことと言えば、この違和感の始まりが日並とショッピングモールに行った時の頭痛が起きてから、ということくらいだ。
ではその頭痛の原因はなんなのか? とも考えてみたが、やはりさっぱりわからなかった。
心当たりがあるのは迷子の子と会ってから頭痛が発生したということだけだ。
しかしそれだけの情報で何がわかるというのだろうか。
いい加減考えることにもウンザリし始めた俺は、文芸部の夏休みの部活の日に己が内をぶちまけてみることにした。
「部長」
「ん、なんだい?」
「ちょっと相談に乗って欲しいんですが」
「珍しいね」
「まぁ、ちょっと自分じゃ解決できそうになかったので。お願いします」
「うん、わかった。後輩に頼まれちゃ、断れないからね」
「ありがとうございます」
因みに日並は既に文芸部を後にしていた。
約束していた部長の小説書き方講座のスパルタ教育が余程効いたらしい。
疲れた様子で部室を出ていくのが印象的だった。
まぁ、丁度よかった。
日並と一緒に遊んだというのに、どこか違和感を覚えた、なんて言ったら心配されるに決まっている。
あまり日並には聞かれたくない話だった。
話し相手に部長を選んだのは、なんだかこの人なら答えを導き出せそうだと思ったからだった。
部長は大机から立ち上がると、一席余っていた普段は使わない机を俺の机にくっつけ、向かい合うように座った。
「じゃあ、お悩み相談室と行こうか」
ゆっくりとした動作で手を組んで、部長は優しげな笑みを浮かべた。
俺は緊張でゴクリと喉を鳴らした。
「……最近、とてつもない違和感が俺を襲ってくるんです」
「ふむ」
俺がそう言うと、部長は面白そうに眉を動かした。
「具体的には、その、説明できないんですが……なんだかこう漠然とした違和感があるんです。こう……何かがおかしい、と言うか」
「中々難しいね。うーん……例えばそれは、どんな時だったとかはあるのかい?」
口にしてから思ったのだが、俺は随分と突拍子もないことを言っているのではないだろうか。
俺が部長に提示した情報は、違和感がある、というだけで本当に雲を掴むような相談事だ。
だけど部長は、茶化すことも、馬鹿にすることもなく話を真面目に聞いてくれているようだった。
俺は部長がしてくれた質問に、しっかりと考えてから答えた。
「昨日、辰也とカラオケに言って友達についてはなした時。一昨日、日並とカフェで昔の記憶についてはなした時。三日前に、体調を崩して小百合と飯についてはなした時……だと思います」
「ふむ……」
部長は顎に手を当て、考える素振りを見せた。
そして小声で絞り出すように呟いた。
「違和感を覚えるのは、会話の時……か」
「会話?」
「あ、うん。君が違和感を覚えることに、なにか共通点があるんじゃないかと考えてみたんだけど、どうにも会話が共通点みたいだ」
確かに、言われてみればそうだ。
違和感を覚えたのは、全部が全部会話をした時だった。
すごい、流石部長だ。
少ない情報から更に情報を引き出してしまった。
「なにかその会話内容に違和感の正体があったりするんじゃないかな」
「なるほど……」
「なんだっけ。友達の話と、昔の記憶の話と、ご飯の話? こっちはよくわからないけど……」
「えっと、詳しく話しますね。中学の頃、俺友達居なかったんですけど、辰也がおかしいって」
「友達居なかったんだ」
「悲しいことに」
「私と同じだね」
お互いに乾いた笑いが出た。
「昔の記憶は、俺が小学生の頃のこと全然覚えてないってことで」
「どのくらい覚えてないの?」
「もう、本当に全然覚えてなかったです。でも、最近はちょっとずつ思い出せるようにはなっていて」
「……不思議だね」
「それでご飯の話は、俺が体調崩して。小百合が作って言って、違和感を」
一通り説明を終えると、部長は「ふーむ」と言って腕を組み、考え込むようにして首を捻っていた。
「なんで体調崩したの?」
部長は目線だけをこちらに向けて聞いてきた。
「四日前に日並とショッピングモールで買い物してて」
「……デート?」
「買い物です。それで迷子を見つけて親を探してあげたんですけど、その時に頭痛が酷くて体調まで崩しまして」
「あぁ、そう。迷子ねぇ……それに頭痛……」
再び考え込んだ部長は「別に会話内容が違和感の正体ってワケでもない、のかな」と呟いた。
「違和感を覚えたのって、その四つだけ?」
「え? あぁ、はい。なんか頭痛が起こった日以降に、違和感を覚え始めたので」
「……頭痛が起こった日の前とかは? 違和感を覚えたりはしなかった?」
「うーん……ないとは、思いますけど」
少し思い返してみるが、違和感を覚えたような記憶はない。
俺が答えると、部長は少し残念そうな顔をした。
そしてその表情に、今度はどこか既知感を覚えた。
それがトリガーだったのか、脳のシナプスが繋がったかのような感覚が襲った。
「いや、でも……」
なにか、思い出せそうだ。
考えずに、もう、そのまま言葉にしよう。
「違和感を覚えた記憶はないんですけど……」
「うん」
「今思い返すと、過去におかしいな、と思うような……会話をしたような、気がします」
「ほうほう」
そうだ。
当時の俺はまるで違和感を覚えなかったが、今になって思い返してみると、所々に違和感を覚えるような会話が過去にいくつかあったような気がする。
それは夏に限った話ではなかった。
夏の前からだ。
今年の春からもう既におかしい、と思うことがあったじゃないか。
どうして今まで気が付かなかったんだ?
思い出そうと、思考を深く巡らせる。
記憶を手繰る。
ふと、声が聞こえた。
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