第40話 やたらとデカいパフェは奢り
「一昨日はすまなかった」
「もー、まだ気にしてるの?」
「そのための奢りだ」
「まぁ、有難くいただきますけど、あんまり気にしないでね」
「あぁ」
昨日は結局、一日中寝て過ごした。
それ以上に言うことがないほどに空虚な一日だった。
しかしそのおかげか体調は元に戻った。
元気になった俺は日並に連絡を取り、土曜日のお詫びを込めて、日並が前から行きたがっていたカフェへと彼女と共に赴いていた。
一時間ほどの順番待ちを乗り越え、くたびれながらも店内へと入ると、日並は反して上機嫌そうに笑った。
「来たかったんだー、ここ」
そう言った日並に対して、炎天下の中一時間も順番待ちをしていたのになんで疲れてないんだろう、と不思議に思った。
「なんでこんなに人気なんだ、このカフェ」
思わずぼやくと、日並は素早く反応した。
「口コミなんだけど、ここのパフェがすっごい美味しいって話題でね? 他にも───」
なんだそれ。
この店は最寄り駅近くにあるのだが、そんな話は聞いたことがない。
情報源も口コミらしいし、女性特有のネットワークによるものなのだろうか。
帰ったら小百合に聞いてみよう。
俺は店内を改めて見やった。
こじゃれた植物の装飾が施されたベージュ色の壁に、シックな雰囲気を持つ木製のカウンター。
今座る椅子も、机も、葉っぱと茎をモチーフにしたような切り抜きが施されており、店内との調和がなされている。
まぁ、女性受けしそうなおしゃれな店だな、と俺は思った。適当だが。
だって俺は女性受けしそうな店がどんなのかを知らないのだ。
適当だった。
そして、見渡す限りの席には女子、女子、女性に淑女達。
俺以外に男なんか居なかった。
男がいる空間ではないな、と少し額を抑えた。
日並は俺の気まずさを察することなく、「で、何注文する?」と案内された席に座ってメニュー表を差し出した。
眉を竦めながらもそれを受けとる。
ペラペラとメニューを捲ると、可愛らしいパフェやパンケーキ、かき氷に見たことのないお菓子が目に映った。
うーん、なんだろうこれは。
本当に食べ物なのだろうか。
メニューを捲った最初の感想はそれだった。
「私は、さっき言ったパフェにするけど」
彼女が指を差した先には「期間限定」と大きい文字で書かれたやたらとデカいパフェが映っていた。
パフェは全体的に茶色い。
チョコレート味っぽそうだ。
そしてクッキーやらイチゴやら何やらが盛大に盛られている。
おおよそ女性一人が食べられる量ではないと思うのだが、日並は食べきれるのだろうか。
「それ、一人で食べれるのか?」
「え、うん」
一応聞いてみたが、日並は平然と答えた。
表情も「なによ当然のことを」と語っていた。
デザートは別腹理論だろうか。
彼女は俺が黙って顔を見つめていたのに気が付くと、ビックリしたように目を見開いた。
「あっ、もしかして食い意地張ってるって……思った?」
「……いや」
「溜めあった!溜めあったよね、今!」
「違うって」
「嘘だぁ」
「女子が食べる量の基準が俺の中じゃ小百合のしかないんだ、そんなに食べられるのか気になったんだよ」
「むぅ……ともかく、これ普通だから」
「わかったわかった」
日並はそっぽを向きつつ答えると、一瞬首をかしげて訝しむようにこちらを見た。
「って、女の子の友達とか居なかったの?」
「……悲しいこと言うなよ」
「あっ」
俺は自分を鼻で笑った。
そう、俺は中学生時代に女子の友達なんか居なかった。
と、言うか男でも友達と言える存在も居たか怪しいものだ。
友達というよりクラスメイト、クラスメイトというより知り合い。
そんな感じの人間関係を中学生時代は続けていた。
それに小学生時代に関しては思い出せもしないし……となんとなく記憶を手繰ったところで、俺は違和感を覚えた。
なぜか小学生時代のことが少しだけ思い出せたのだ。
そうだ、低学年の頃は男も女も関係なく、友達がそこそこ居たような気がする。
学校の校庭で、ワイワイと鬼ごっこをして遊んだ記憶がある。
「あ、いや、でも……小学校の頃は……居たような気がする」
「なんでそんな曖昧なのよ」
「低学年の頃の記憶なんてそんなもんだろ?」
「わからなくはないけど、それにしては曖昧過ぎだよ」
そうだろうか、と俺は頭をかしげた。
「まぁ、それは置いといて。結局、──君はなににするの?」
日並はそう言って、改めてメニュー表を差し出してきた。
そうだ、まだ何を食べるか決めていなかったんだった。
俺はメニュー表に目を落とした。
もう一度捲ってメニューを見てみるが、イマイチ食べたいと思うものが見つからない。
どうしよっかな、と思いつつも最後のページに手を掛けると、一つの品に目を奪われた。
「これにするわ」
「メロンソーダ?」
「うん」
俺が指差したメロンソーダに、日並は怪訝な顔をした。
「いや、もうちょっとこう特別なもの食べるとかさ。ないの?せっかく一時間も待ったんだし」
「いや。まぁ、うん。昔から食べてみたかったんだよ」
「ふーん?」
注文をした後、雑談をしているとそれぞれの品がテーブルに並べられる。
向こうにはやたらとデカいパフェが一つ。
こちらには緑色の液体に白いクリームが乗った飲み物が一つ。
「いただきます」と手を合わせて、お互いに口に運んだ。
「ん!おいひい!」
日並はパフェを一口咥えると、そう言って嬉しそうに頬に手を当てた。
「皆が美味しいって言うのがわかるね」
「そんなにか」
「うん。食べてみる?」
「え?」
日並はパフェを少し掬うとこちらに向けてきた。
自分がやっている事に本人は自覚あるのだろうか。
俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、いいよ」
「あ、そう?」
「奢りだからな、味わって食べてくれ」
「うん」
美味そうに食べるなぁ、と関心しながら、俺も手元にあったメロンソーダを手に持った。
鮮やかな緑色に、炭酸の気泡がパチパチと弾けて、薄黄色をしたアイスがちょこんと浮かんでいる。
容器を掲げてみると、その雰囲気はなぜかどことなくブルーハワイを思い出す。
共通点なんで炭酸の気泡が弾けているのと色が鮮やかなところしかないのに。
しかし、ふと思う。
俺はさっき、なぜ『昔から食べてたかった』と言ったのだろうか。
なんとなく気になったから選んだだけで、それは口から出た誤魔化せのようにも思えるが、どうにもそんな気がしなかった。
まぁいいか、と気にしないで一口啜ってみる。
そこで俺は「ん?」と声を出した。
初めてのはずのメロンソーダの味に、妙に覚えがあったからだ。
「なんか……ブルーハワイと味似てるな」
そう口にした俺に、日並は「え?」とパフェへと向かうスプーンを止めた。
「なんか似てないか?」
俺がズイ、とメロンソーダを差し出すと、日並は未開封のストローを取り出して遠慮がちに啜った。
「うん。似てる……ような気がする」
俺と日並は顔を合わせた。
「あ、かき氷のシロップって、全部同じ味って聞いたことある」
「えそうなの? いや、だけどそれが事実として、だ。メロンソーダってかき氷シロップ使うのか?」
「うーん……多分、使わないよね?」
二人して、首をかしげる。
「そもそも……メロンソーダ味ってなんだ……?」
「た、確かに……なんだろう? メロンの味じゃないよね」
馬鹿みたいな話題にゲシュタルト崩壊を引き起こしながら、なんだかんだでカフェでのひと時を楽しんだ。
勿論会計は俺持ちだ。
日並とはまた遊ぼう、と適当に約束をして別れた。
炎天下の道路の元、俺は手を振りながら去っていく日並を見つめる。
楽しかった。
いい体験になった。
有意義だった。
だけど俺は、日並とのやり取りにどこか違和感を覚えた。
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