第38話 謎の頭痛

 日並は迷子の子と手を繋ぎながら話をして情報を聞き出していた。

 俺は口下手だし迷子の相手は日並に任せでいいだろう、と思って後ろで歩きながら子供を探している様子の大人がいないかを見渡していた。


「ゲームセンターの前にはどこに居たの?」

「お洋服」

「服屋さんかな? どこのだろう……」


 このショッピングモールには、服屋が少なくとも六店舗もある。

 迷子の子が居たゲームセンターコーナー付近でも三つほどだ。

 闇雲に探すのは得策ではなさそうだった。


「なぁ、迷子センターに行った方がいいんじゃないか? 親も多分探してると思うし、だとしたら迷子センターに行くだろ」


 俺が日並にそう提案すると、迷子の子は耳を澄ましていたのか不機嫌そうに「迷子じゃない」と口を尖らせて足を止めてしまった。

 ここで反感を買うのはまずい。

 俺は「ごめんごめん、そうだったな」と謝った。


「迷子じゃないもん」


 これでは迷子センターには行けそうにない。

 骨が折れそうだ、と俺は額を抑えた。

 するとなぜか頭痛がした。


「……? ちょっと、大丈夫?」

「ん、なにが?」

「なにがって、なんかちょっと顔色悪いから……」

「大丈夫だよ」


 俺は笑って誤魔化した。

 なんだかさっきよりも頭痛が酷くなっている気がするが、別に行動に支障がでる程じゃない。

 今は迷子の子を親元に届ける方が大事だ。


 ……親?

 そう、親に。

 当たり前だろう。

 頭痛がした。


「俺だけ迷子センターに行ってみるのはどうだ?」


 俺は頭の痛みをシャットアウトするように日並に提案をしてみた。

 迷子の子は迷子センターには行きたがらない。

 なら、手が空いている俺が迷子センターに行って、この子の親が迷子センターに来ていないかを確かめればいい。

 そう思ったのだ。


「まぁ、確かにいい案かもしれないけど……」


 日並は俺の体調が気になるのか、歯切れが悪かった。


「全然大丈夫だって、行ってくるよ」


 再び誤魔化すように笑って迷子センターの方向に行こうとすると、視界の奥に人を探しているような大人がいるのがわかった。

 その大人二人は、人に何かを聞いたりしている。

 目を凝らしながら、俺はその人達の方向を指差して迷子の子に訊いてみた。


「あれ、もしかして君の親じゃないか?」


 日並と迷子の子は俺の方ににじり寄り、同じように目を凝らした。

 しばらく同じ方向を見つめると、迷子の子がパァっと目を輝かせた。


「おとうさんとおかあさんだ!」


 迷子の子はそう叫んで、バタバタと両親かと思われる人達の方へ向かって走って行った。


「み、見つかったってことでいいんだよね?」

「多分」


 俺が頷くと、日並は胸をなでおろした。


「ほ。意外と早く見つかってよかった……」


 迷子の子は両親と抱き合うと、こちらを指差してきた。

 日並が手を振ったので、俺も同じように振りかえすと、迷子の子の両親らしき人達は頭を下げながらこちらにやってきた。


「すいません。ありがとうございます」

「いえいえ、見つかってよかったです」

「なにかお礼を……」

「いいですよ、そんな!」


 迷子の子の両親は丁寧な人だった。

 ペコペコと頭を下げて繰り返しお礼を言っていた。

 日並は困ったような笑みを浮かべていた。

 頭痛が酷くなったような気がした。


「ところで、そちらの彼氏さんは……」

「かれっ」


 日並は動揺して上擦った声を上げた。

 あわあわと慌ただしくしていたが、ご両親の顔を見ると静かになった。

 なんだろう? と思っていると、「大丈夫ですか?」とそんなことを言われた。


「え?」

「顔色が優れないようですが」


 日並、迷子の子、ご両親に顔を見られる。

 俺は今、そんなに変な顔をしているのだろうか。

 一応、取り繕う。


「あぁ、大丈夫ですよ」


 そう言うので俺は精一杯だった。


「あんまり、むりしないでね」と迷子の子に言われて、俺は苦笑しながら手を振りながら迷子親子と別れた。

 子供にすら心配されるとは、情けない限りだ。

 日並は迷子の子と俺を交互に見ながら手を振っていた。


「ごめんね。今日はもう帰ろっか」

「なんで謝るんだよ」


 俺は再び苦笑した。

 なんだかさっきから苦笑しかしていない気がする。

 苦笑いが顔に張り付いたらどうしようかと、変なことを思った。


「むしろ、謝るのは俺の方だ。買い物途中だったのに」

「うぅん。私、──君が体調悪かったのに気が付けなかった」

「本当に急に来たんだ。別に日並は悪くない」


 なんだか前にも似たようなやり取りをしたな、と記憶を手繰ってみるが、頭痛がそれを邪魔した。

 俺は心の中でため息をついた。


「荷物、持ってくれてありがと」


 日並はそう言いながら俺の手から荷物を取った。


「……ねぇ、本当に大丈夫? 送ってく?」

「大丈夫だよ」


 俺が笑うと、日並は何度もこちらを振り返ったりしながら、ショッピングモールを出て行った。

 手を振りながら俺は日並を見送った。


「ふぅ」


 頭痛のせいか息が漏れる。

 正直なところ、平気なふりをするのは限界だった。

 少し休憩してから帰ろう、と近くの椅子に腰掛けた。


 額を抑えながら、ぼんやりとショッピングモールを見渡してみる。

 人、人、人。

 人が溢れている。

 昼が過ぎたこともあり人が午前よりも更に増えている。

 ざわざわとした声が反響していた。


 それに、家族連れが多い。

 夏休みの、それも土曜日だからだろうか。

 子供を連れた二人の大人が何組も目の前を通り過ぎる。

「お父さん!お母さん!」と楽しそうに呼ぶ声が聞こえる。 


 頭痛に響いて、俺は目を細めた。


 果たして、この頭痛の正体はなんなんだろうか。

 どう考えても普通の頭痛ではない。

 なにがトリガーに引っかかって、それが原因で頭痛が起こっている。

 そんな気がする。


 でも、考えてもわからない。

 頭痛が邪魔して考えられない。

 椅子に座っていても全然休まらない。


 ……もしかしたら、この場所がいけないのかもしれない。

 そう思い、俺はゆっくりと立ち上がった。

 のろのろと、歩みを進める。


 ショッピングモールを出ても、家に帰っても。

 しばらく頭痛は治らなかった。

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