第37話 迷子と共に行く
腹ごしらえを終えると、俺と日並はゲームセンターコーナーに向かった。
パスタを啜っている際に「学生らしく遊ぼう!」と日並が言ったのが発端だった。
しかし日並は水着、服、サンダル、そして昼飯と結構な散財をしている。
俺が「お金は大丈夫か?」と聞くと「まぁ、たまにはね」と日並は苦笑いをした。
まぁ、日並はバイトもしてるし大丈夫か、と気にしないでおいた。
ゲームセンターコーナーにたどり着くと、俺はその光景に驚いた。
なんだかコーナー全体が薄暗くて、箱が色とりどりにギラギラ輝いている。
噂に聞くゲームセンターコーナーはこんなところなのか、と唖然とした。
記憶の限り、俺はゲームセンターコーナーに来るのは初めてのはずだが、どうもそうではないらしい。
昔……小学生の時に来たような、そんな気がした。
よくは思い出せないが、似たような光景を目にした記憶が漠然とあった。
自分の記憶を不思議に思いつつも、俺は日並が苦戦していたクレーンゲームに五百円を入れた。
彼女が欲しがっていたぬいぐるみが取れるまで、二千円ほどかかってしまった。
「ありがとう」
日並はシロクマのぬいぐるみを胸に抱きかかえながら言った。
俺が「買った方が安かっただろうね」と言うと、「雰囲気台無し」といつどやと同じように怒りつつも笑った。
「──君はもう少し、風情を大切にした方がいいと思う」
「そうは言われてもな」
困ったものだ。
どうにかできるならすぐにでもしたいくらいだった。
俺は頭を掻きながら、千円札を両替した。
「ねぇ、あれ……」
両替を終えてクレーンゲームに戻ろうとすると、日並が途端に俺のシャツの裾を掴んだ。
なんだろう、と目を向けると、彼女の視線と人差し指の先には、幼稚園児くらいの子供が歩いていた。
「迷子かな」
子供の周りを見渡してみても、親らしい人物はいない。
クレーンゲームの間を行ったり来たりしている。
日並はそんな様子を見て、心配そうな顔をしてこちらを向いた。
彼女の性格的に、迷子は見過ごせないのだろう。
俺は目配せをして頷いた。
「こんにちは。どうしたの? きみ、ひとり?」
日並は迷子の子に近づくと、挨拶をしながらしゃがんで目線を迷子の子に合わせた。
子供と会話をする時は目線を合わせるといい、とはよく聞くが、自然体にそれができるのは凄いな、と思った。
迷子の子は、少し戸惑ったように周囲を見渡してから日並の問いに答えた。
「おとうさんと、おかあさん。まいごになっちゃった」
迷子なのは君だよ、と心の中でツッコまずにはいられなかった。
だが反して日並は「そっか~、お父さんとお母さん迷子になっちゃったか〜」と迷子の子に同意を示していた。
オイオイ、とも思ったが、日並の言葉で迷子の子はすっかり警戒心を解いたのか「だから探してる」と言って日並にブイサインを向けた。
すげぇ、あの一瞬で信頼を獲得してしまった。
俺が「子供の扱い慣れてるの?」と日並に小声で聞くと「子供って言わないの!」と怒られてしまった。
「バイト先の本屋の近くにね、幼稚園があるのよ」
「あぁ、そういえば」
「たまに通りがかってくるときに相手することあって……」
なるほど。
普段から接する機会があったらしい。
子供の扱いが得意なわけだ。
しゃがんだままの日並と、後ろで立ったまま喋っていた俺達を不思議に思ったのか、迷子の子は俺を指差して言った。
「だれ? かれし?」
最近のガキはマセてるらしい。
呆れながらも日並を横目で見ると、彼女はびっくりした様子で固まっていた。
どうしたもんか、と頭を掻きながら、俺も迷子の子に目線を合わせた。
「ともだち。遊んでたんだ」
「へー」
ぶっきらぼうに答えた迷子の子は信用してなさそうな顔をしていた。
まぁ、別に今はそんな話はいい。
俺は無理矢理に話を変えた。
「それより両親が迷子になったんだってな」
「うん」
「一緒に探そう」
「うん!」
なるべく笑顔を心掛けて優しく語りかけると、迷子の子は嬉しそうに頷いてくれた。
おぉ、日並の見よう見まねだけど効果あるんだな、と感心した。
「ほれ、日並」
「ほえっ」
しゃがんだまま固まっていた日並の肩を突っついて元に戻す。
日並は取り繕うように首を振ると、「じゃ出発だ!」と腕を上げた。
「お父さんお母さんを探すぞ!おー!」
「おー!」
掛け声と共に、ふと視界が揺らいだ。
「……?」
頭の奥から少し痛みを感じる。
なにかがおかしい、と違和感を覚えたが、気にしないようにして日並と迷子の子の後に続いた。
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