第34話 再挑戦

 それからというもの、テスト期間はあっという間に過ぎていった。

 部活休み期間の水、木、金は懇親会と同じメンバーで放課後に勉強会を行った。

 日並はごねたが結局俺から勉強を教わることになり、辰也と部長は小百合に勉強を教えながら自分でテスト勉強をこなしていた。

 辰也がやけに小百合と距離が近いように思えたので度々睨み付けた。

 それに気が付くと辰也は毎回呆れたように肩を竦めた。


 テスト期間の月、火、水は流石に集まらなかった。

 早帰りで余った時間はゆっくりと小説を読んだりして過ごした。

 途中で日並からオススメされた本を読破してしまったのでまた別のオススメを聞いて買った。

 それも読破する頃には採点するための臨時休校の木曜日を終えて金曜日になっていた。

 今日はテスト返却と終業式の日で、夏休み前最後の学校の日だった。


 軽くホームルームを終えると、テスト返却が行われた。

 自分としては当然なのだが、返ってきたテストの点数は悪くはなかった。

 終業式前、体育館移動の時に辰也と点数を比べようとしたのだが、辰也は俺の点数を聞いた瞬間に渋い顔をして口を利かなくなってしまった。

 色々と察した。


 終業式が始まり、全校生徒で蒸した暑い体育館にギチギチに詰まって体操座りをする。

 体の半分ほどある大きさの扇風機を何台か体育館の端で回してはいるが、正直焼け石に水だった。

 いい加減体育館にも空調付けろよ、と俺は思った。


 教師のよくわからない挨拶だったり要領を得ない話を他所に、じんわりと汗をかきながら夏休みはなにをしようか、とぼんやり考える。


 この前書いた”夏に体験するべきこと、したいこと”をするのは当然だが、普段はどうしようか。

 プールだったり海だったり花火大会だったり祭りだったりはいつも行けるというわけでもない。

 普段、何も予定がない時はどうしようか、と考えていた。


 まぁ、適当に日並か辰也でも遊びに誘おうか。

 あいつらに予定があって行けなかったら小百合でも連れてどこかに行こう。

 水族館、もしくは動物園。

 適当に映画を見に行くのもいいかもしれない。


 そんな考え事をしていると、気が付けば校長の長話を最後に、終業式は終わりを告げていた。


 体育館を出る時、長ったらしい式にみんな気怠そうに肩を落としていた。

 まるで夏に入りたての俺みたいだ、と思ってしまい吹き出しそうになった。


 ホームルームも無事に終わって、明日からはいよいよ長い夏休みが始まろうとしていた。



「はいこれ夏休み中の部活の予定表」

「ありがとうございます」


 辰也に別れを告げて文芸部の部室に入ると、部長から予定表を渡された。

 一枚にプリントされた予定表を眺めると、大体週に一回。

 夏休みが終わる間際の一週間は文化祭前ということもあり、週四回の部活動が記載されていた。


「結構独断で決めっちゃったけど大丈夫だった?」

「大丈夫です」


 俺は部長の問いに頷きながら自分の席に着いた。


 今のところ、この日にこれをやるかどうかなどはまるで決まっていない。

 実質予定は無いに等しいのだ。

 独断で決めてもらった方が楽だった。


「あぁー!夏休みだぁー!」


 バタン、とけたたましく扉が開かれると、日並がよろよろとした足取りで部室に飛び込んできた。


「やっと夏休みだよぉ」


 情けない声を出しながらソファーに倒れ込んで顔を埋めた。

 日並はソファーが激烈に臭いことを知っているはずだが、それなのになぜかソファーに倒れた。

 そんなに疲れたのだろうか。

 やめた方がいい、と言おうとしたが、そんな暇もなかった。

 俺と部長は顔を見合わせた。


「あぁっ、クッサ!!!」


 案の定、数十秒も経たないうちに日並はそう叫ぶと、ソファーから転がり落ちて床にうつ伏せになったまま動かなくなってしまった。

 あまりにも情けない姿で思わず笑いが吹きこぼれそうになった。


 まぁ、そのまま床に寝転がっているのもよくないだろうと思い、俺は席を立って日並の傍にしゃがみ、肩を人差し指で突いた。


「なにやってんだ、日並」

「終業式、長すぎ。もう無理」

「わかるけど、なにもあのソファーに寝転がるのはないだろ」

「最初から床に寝っ転がればよかった」


 そうじゃねぇよ、と心の中で突っ込んだ。

 口に出さなかったのは言っても無駄そうだったからだ。


「ほれ、夏休みの文芸部の予定表」


 俺は予定表で日並の頭をぺちぺち叩いた。

 すると日並は顔だけを上げて床に顎を付けると目を細めてこちらを睨み付けてきた。

 まるでアザラシみたいな格好だな、と思った。

 口にはしなかった。

 目の前に予定表をかざしてやると日並はため息を吐いてゆっくりと起き上がった。

 

「ありがと」と口を尖らせながら予定表に手を伸ばしてきたが、俺はそれを静止させた。


「待った。ちょっと動くなよ」

「んえ?」


 日並のシャツをよく見ると、肩や腕まくりした裾に埃やゴミが付いていた。

 床を転がった時に付いてしまったらしい。

 いつも洗濯やアイロン掛けをしている手前、細かい汚れが気になって仕方ない。


 軽くはたいて埃を落とす。

 両肩、腕まくりした裾をポンポンと払う。

 あ、スカートにも埃が付いてる。

 こっちは流石に触れるのはまずいな、と思ったところで俺の身体は硬直した。


 待て、俺は今なにをした?

 めちゃくちゃナチュラルに日並の身体に触れてしまった。

 異性だぞ?

 小百合にだって滅多なことがない限り身体には触れないようにしていたのに、すごく気安く触れてしまった。

 ピュアかよ、と思われるかもしれないが、異性に身体を気安く触れられて嬉しい人間なんて少ないだろう。

 ヤバイ、と思いながら日並の顔を正面から見た。


 日並は、バツが悪そうに目を逸らしていた。

 口は見事なまでにへの字に曲がっていた。


「ご、ごめん。嫌だったよな」

「い……いや、別に。謝らなくても」


 なんだか妙な雰囲気になってしまった。

 怒ってはいないように見えるが、日並は目を逸らしたままで動かなかった。


「……ほら、スカートのところも埃付いてるから、自分で落とせよ」

「あ、うん。ありがとう」


 ポンポン、とスカートをはたくと、日並は恥ずかしそうに自分の席に座った。


 妙な沈黙が降りる。

 なんだか気恥ずかしくてソワソワしていた。


「あの」


 唐突に声を掛けられて俺と日並はビクッと肩を震わせた。


「……ごめん。お邪魔して悪いんだけどさ、夏休みの文芸部の話したいんだ。いいかな?」

「す、すいません」

「は、はい」


 二人揃ってなぜか恐縮してしまった。


「じゃあ夏休みの中の文芸部の活動だけど」と部長は予定表を俺達に見せるようにして用紙を指差した。


「基本的には部誌用の小説執筆に充てるね。君は完成してるからいいとして……ヒナちゃんは頑張ろうね」

「あ、そっか。──君は書き終わってるのかぁ。じゃあ、私一人だけ……?」


「そうなるね」と部長は目を瞑った。

 そういえば俺は既に小説を完成させていたな、と二週間前のことをまるで遠い昔のように思った。


「でも大丈夫。今度はちゃんと私も書き方教えたり、手伝うからさ」

「……ん? えっ? でも部長できないって……」


 部長の言葉に日並は驚いた様子で眉をハの字にしていた。

 その驚きは当然だろう。

 俺だってその言葉に驚いたのだから。


 部長は俺を一瞬チラリと見ると、口元を綻ばせながら再び日並の方へと向いた。


「もう大丈夫。ちゃんとできるよ」


 優しく語り掛ける部長の表情は、とても晴れやかだった。

 俺はその言葉を聞いて、どうしてか肩の力が抜けていくのを感じた。


 部長は言っていた。

 『もう、小説の書き方を教えるのがトラウマだったんだ』と。

 それなのに彼女は、再び歩みを進めようとしている。


 俺の”証明”が理由なのか、そうじゃないのかはわからないが、実際に行動に表そうとしてくれた。

 それだけで俺は、嬉しく思えた。

 俺の努力は無駄じゃなかったんだな、と。


「部長、それなんですが」


 だから俺は、口元を緩めながら言った。


「俺も書き直します。小説」


 部長が目をパチクリさせて俺の方を向く。


「えっと、それは全然いいんだけど…あの小説は使わないでいいの?」

「部長……俺がどんな小説書きたかったのかは知ってますよね」

「あぁ、うん。そうだね。そうだったね」


「俺がやっぱ書きたいのは、鮮やかで、爽やかな夏ですから」

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